お客様の伯父さんの店「馬尻」が新聞に
2008年10月31日

今日の日経新聞の朝刊を読んでいたら、
麻生首相の一ヶ月に出かけたバーやレストランや料理屋が紹介してあった。
その中に、私が聞いている名前「馬尻」もある。
10年くらい前か。
私のお店によく来てくれた女性から紹介された名前。
その女性は私の店のすぐ近くに住んでいた。

ハワイの高校と大学を卒業して、今は外資系の会社で働いている。
ある時、「マスター、伯父さんが六本木にお店を開きました。暇な時に、出かけてみてください。
ソムリエの資格も持ってる奥さんのワインと料理の店です。看板は馬のお尻ですからすぐわかります」
その店の名前は、伯父さんの名前の一部を、ユーモアたっぷりにもじったものだ。
伯父さんはなかなかなか不思議な人で、今まで何度も伯父さんに関しての話を聞いた事がある。

それからしばらくして、彼女は引っ越して、今は実家のある神楽坂近くに住んでいる。
10年余の間に、首相がお忍びで、月に3度も訪れる店になるとはさすがですね。
不思議な縁で、伯父さんのお兄さんは、
私も付き合いのある噺家さんと、深い付き合いのある武蔵川部屋のタニマチをしている。
偶然にも、武蔵丸が優勝して、横綱になった時の幟も贈っている。

そして、優勝した時、関係者に贈った焼酎「横綱の涙」を一升瓶で一本、彼女は私に持ってきてくれた。
それは、武蔵丸のお父さんの農場で作られたキャッサバ芋を、鹿児島の焼酎メーカーで作られたものだ。
今でも私の店に、少しばかり残っている。
甘くふくよかな焼酎で、武蔵丸の誠実さと優しさが伝わるようなお酒だ。

保健所の更新は、あと何回かな?
2008年10月29日

今月は店の契約の更新やら、保健所の営業許可の更新で、
講習を受けたりで、なにかと忙しかった。
営業許可は、以前、東京都の管轄だった。
それが、区に移管された。
そして、私どもにはありがたい事で、3年から6年に延長された。

講習は家の近くで受け、先週、保健所の人が確認のために来店した。
何時もに比べて、かなり細かくチェック。
全てが規定どおりに収まっていたので、すんなりと許可された。
最近はノロウィルスのこともあり、特に厳しく検査しているとのことだった。
許可証は30日以降にいただけるようだ。

ことしで何回目の営業許可の更新だろうか。
ここでバーを開いて25年目。
保健所の方に冗談交じりに言った。
「あと、3回の更新は無理ですね。いいとこ、2回かな」
すると、保健所の方、笑いながら、「そんなことありませんよ。
80歳になっても、現役で、みなさま、頑張っていますから」
本当に、あと何回なんて、冗談でなく、数えられる歳になったのですね。


三代目・三遊亭歌橘真打披露興行、池袋演場にて
2008年10月27日

今日27日、三遊亭歌橘師匠の真打披露興行の最終日。
池袋演芸場へ出かけた。
演芸場には3時頃に到着。
入場券を2枚購入。
階段を降り会場へ。
丁度仲入りで休憩していた。

会場に入り、真ん中の少し後ろ辺りに、2席空いていた。
座席に腰を下ろしてしばらくすると、幕が上がる。
真ん中には、歌橘師匠が座り、じっと頭を下げている。
そして、真打披露口上が始まる。
最初に、兄弟子の三遊亭歌司師匠。
進行役も勤める。

順番に、テレビでもお馴染みの橘家円蔵師匠。
さらに、堂々とした体躯で、どすの利いた強面だが、
ユーモア溢れる落語協会会長・鈴々舎馬風師匠。
そして、歌橘さんのお師匠さんの三遊亭円歌師匠。
今日はさらに頭を綺麗に剃りあげ、紋付羽織袴の正装で身を包む。
さすがに噺家の大御所たち。
洒落や冗句を散りばめ、歌橘師匠への思いを語る。

やがて、口上も終わり、奇術、三遊亭歌司師匠の落語、
橘家円蔵師匠の落語、三遊亭円歌師匠の落語。
そして、紅一点、三味線を弾きながら、江戸のお色気満点、柳家小菊姉さんの俗曲。
そして、歌橘師匠の落語がはじまった。
「井戸の茶碗」。
曲がったことは死んでも出来ない、屑やの正直もの清兵衛。
そして、これまた、善良な貧乏人浪人と、融通の利かない好人物の細川家の侍。
金よりも人情と義に生きる、3人の繰り広げる人情噺。

堂々とした口振りと身振りとしぐさ。
舞台の上では、一段と大きく立派に映える。
声の響き、声の張りと力が漲る。
やがて、三百両の値段のついた「井戸の茶碗」も一件落着。
歌橘師匠、真打披露興行のトリを、見事に勤めました。

演じ終わり、会場の暖かい拍手の中、深々と頭を下げる歌橘師匠。
すると、舞台袖で見守っていた、
歌司師匠と円歌師匠も舞台に現れ、嬉しそうに感謝の笑顔。
一門の結束、一門の絆。
素敵な大団円を拝見させていただきました。
歌橘師匠、これからを大いに楽しみにしています。

傘をささない若者たち

2008年10月25日

このところ、愚図ついた天気が続く。
今日はかろうじて雨は止んでくれた。
だが、空いっぱいに抜けるように、
澄み切った青空が広がるとはいかなかった。
だが、雨降りに比べれば、これでも満足しなければならないだろう。

それにしても、この頃の若者は何故か、
雨が降っても、雨に打たれたままで平気で歩いている。
それも、男だけでなく女性もだ。
朝から雨が降っているというのに、
家を出るときから傘を持っていないようなのだ。
時には、男女で、傘もささずに、
雨に打たれながら、何事も無いかのように平然と歩いている。

日本にいる外国人など、雨降りにもかまわず、
ゆっくりと仲間と語らいながら歩く姿をよく見かけた。
やはり、日本人の感性とは違うのかなと思ったもの。
私などは、今でも、雨に降られれば、
たいして違わないのだが、ついつい足早に駆け出す。

雨が降れば傘をさし、夕立なら雨宿り。
そして、どうしても行かねばならぬ時は小走りに走る。
そんな日常の小さな変化も愉しいもの。

小さな旅&日記を更新
「日光・華厳の滝&中禅寺湖」
2008年10月24日

忘れ物は歳のせい?
2008年10月23日

このところ、何故か忘れ物が多い。
それを言うと、他人は即座に「歳じゃない!」
すると本人も、抵抗なく、「そうかな」と思ってしまうから怖い。
一昨日の帰り道、車の中ではたと気がつく。
「あれ!腕時計を忘れた」

まあ、たいしたことでもないので、そのままにして帰った。

その翌日,銀行へ出かけて預金を下ろした。
銀行を出て、駅近くで、「あれ!カードを持ってきたかな」
すぐに財布を出して調べるが無い!
やはり、カードを機械に差し込んだままだ。
慌てて銀行に行くが、すでに何処にもカードはなかった。

仕方なく諦めて電車に乗る。
たいして入っている口座じゃなし、
明日、電話でカードを無効にしてもらえばよし。
それでもやはり、気持ちが悪いことに違いなし。
でも、過ぎたことは忘れるに限る。
何時も通りゆっくりと新聞を読みながら、地下鉄で店近くの駅で下車。

翌日のお昼頃、銀行へ電話をかけて、カードの無効手続きをする。
すると、しばらくして、銀行から連絡があった。
カードが警察に届けられたと。
そんなこともあるかと思い、昼過ぎまで待っていたのだが。
もっと早ければと、虫のよいことさえ考えるあさましさ。

でも、世の中、まだまだ捨てたものじゃないと、
気持ちが少しきゅんとあつくなった。
殺伐として、我が儘勝手で、世知辛い世の中。
親切で優しい人情が生きていると思うと嬉しい。
それにしても、忘れ物には気をつけなくては。
切符を買って、改札口で切符を入れたまま、電車にのることもある。
コンビニで新聞を買って、お金を払い、新聞を忘れてくる。

だんだんと、そんなことが、多くなってきたように思うのは、やはり歳なのか。
「ママ、旅行に行ったら気をつけた方がいいよ。君を忘れてくるかもしれないから」
「あなたこそ、気をつけた方がいいわよ」
そうか、よく考えてみれば、私は車の運転が出来ない。
だから、忘れて置き去りにされるのは、間違いなく私の方だ。
くわばら、くわばら、置き去りにされないように気をつけなくては。


愉快な仲間たち」を更新
2008年10月22日

訃報をみて、時は短しを実感
2008年10月21日

日光紅葉狩りから帰り、たまった新聞を読む。
そして、やっとのことで、今日の朝刊に辿り着いた。
何時もの事で、まずは新聞連載小説を読む。
次に「私の履歴書」
さらに文化欄を読み終わると、一面に読み進む。

すると、訃報が報じられていた。
住友化学元社長・会長、経団連元副会長・土方武(93)
15日、急性腎不全のため死去。

私が演劇を止め、29歳の時。
短い間だが、国際経済を専門にする、
小さな業界紙のインタビュー記者をしていた。
その時、まだ、住友化学の東京支社長だった土方氏と、
インタビューを支社長室で行った。
やっとアポイントをとって、いただいた約束の時間は20分。
当時、国際化を推進していた、住友化学支社長の抱負を語ってもらった。

やがて、たまたま、私が文化論を話した。
演劇の事しか分からない、私の付け焼刃の経済知識。
詰まったところの開き直りが功を奏し、土方氏は興味を示してくれた。
私は得意げに、芸術の事を臆面もなく語った。

やがて、秘書が入ってきて、時間の経過を告げる。
しかし、土方氏は時間の延長を何度もしてくれた。
「いろいろな経済記者が来るけど、
君のように、芸術や文化を、熱く語った記者はいないね」
厚顔無恥にも熱弁をふるう、私を褒めてくれた。

そして、土方氏は自分の過去の経歴やら経緯を、色々と私に語ってくれた。
元々は東大の農学部を卒業したのだが、極度の経済不況。
就職先も見当たらないので、経済学部に入り直し卒業。
しかしまだ、就職戦線には冬日がさしていた。
そんな時、先輩が薦めてくれて、たまたま就職したのが、住友化学工業だった。
それが現在の住友化学。

冬の社長室。
にこやかな笑顔で、ソファーに深く腰を落としながら、
土方氏は演劇崩れの若造の私に、おおいに語ってくれた。
なんと、時間は約束の時間を大きく経過し、約1時間は経っていた。
あれからすでに30年以上は経過している。
それから私は料理屋の支配人をし、今はショットバーを経営して24年間が過ぎた。
振りかえれば、時の経つのは本当に短い。

古本屋と活字文化
2008年10月17日


私の店のある板橋区大山。
かつて、本屋さんが4軒、古本屋さんは4軒あった。
今は本屋さんが2軒で、古本屋さんは全部消滅した。

学生の頃、暇な時は、神田の古本屋街を歩き、
芝居をしている頃は、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻あたりの古本屋めぐりをした。
私達の世代にとって、古本屋は文化であった。

だが、最近はめっきり個人経営の古本屋さんは見当らなくなった。
無造作に積み上げられた本の山。
棚にもぎっしりと、水も漏らさぬほどに並べられた本。
蒸れたようで、すえた様な古本の匂いが、さらなる知への欲求を誘う。
帳場には、哲学者のような風貌のお爺さんが、なにやら難しそうな本を読みながら、
時おり、眼鏡越しに、上目使いで客を見渡す。

時には、思わず、掘り出し物を見つけ当て、喚起雀躍、万感の喜び。
財布をはたいて、購入した時の満足は至上。
家に帰り、ページをめくり、やったねとほくそえむ。
古本屋逍遥はそれほどに愉しく、古本屋は大切な存在だった。

だが、今は、中古CDショップの陰に、かろうじて、処を得ている。
それも、ほとんどが漫画に占領され、文学書などは片隅に、寂しげに置かれている。
最近は若者が活字を読まなくなったようだ。
本のページを繰る時の愉しみは、パソコンで読む活字とはまったくの別物。
紙媒体で活字を読む文化。
活字に肌で触れる文化は、大切にしないといけないだろう。

四つの小説
2008年10月16日

最近、平行して四つの小説を読んでいる。
二つは新聞の朝夕の連載小説。
連載の始めは、なかなかとっつきが悪いのだが、読み進み、
佳境に入るに従い、もっとたくさん、一気に読みたくなる。
しかし、当たり前のことだが、決まった量でぴたりと終わる。
そのぶん、明日の新聞を、わくわくしながら待つ楽しみがある。
それが新聞小説の醍醐味だろう。

さらに、今は、新聞を読み終わった後に、
有吉佐和子「華岡青洲の妻」と、家を出てからは、
永井荷風「フランス物語」を読んでいる・
さすがに、「華岡青洲の妻」は、骨格がしっかりして、
ずしりと小説の面白さを味あわせてくれる。
やはり、小説は物語性と文章の美しさだろう。

「フランス物語」は、永井荷風が、フランスに滞在した時の印象を、物語風に書き連ねている。
当時のフランスの文化や芸術、そして市井の生の姿が、流麗な文体で描かれている。
とくに、絵画や演劇の状況が、彷彿として浮かび上がってくる。
私達が、遠い歴史になりつつある、かつてのフランス文芸や、絵画世界が眼前に展開する。

昔は、小説や戯曲を読むときは、どこかで、知識として読む側面があった。
だから、何時も読みながら、もっともっと、たくさん読まなければという、
切迫感を感じながら読んでいた節があった。
だが、今は、小説一字一句を、心の中で、
声を出しながらゆうっくりと、味わいながら読むことにしている。

小説との一期一会の出会い。
すると、小説に描かれた世界が、絵のように鮮明に浮かび上がる。
小説を読むということは、文章を読みながら、作者が描き出した映像を愉しむ事なのだろう。
それにしても、早く起きて、規則正しい生活をしていても、時間が足りないから不思議だ。


深夜の家路、「コンドルは飛んで行く」を聴いて
2008年10月15日

深夜3時頃、店を閉め、家路につく。
あい変らずの小雨が降り続く。
車内のラジオからは、「コンドルは飛んで行く」について、ナレーションが流れる。

財宝を求めてやって来たスペインの軍隊に、蹂躙され征服されインディオたち。
険しくも切り立ったアンデス山脈。
繁栄を誇った王国の民の鮮血は流れ、王は惨殺され大地の灰となる。
やがて、その灰から王はコンドルとなり、紺碧の空に舞い上がる。
生き残ったアンデスの民の幸せと安寧と繁栄を、今も、見守りながら雄飛している。
そんな意味をのせた、インディオに古くから伝わるフォルクローレの調べが流れ始める。

雨の道。
行き交う車のヘッドライトに照らされる雨は、瞬時、金彩の耀き。
懐かしいフォルクローレの曲。
ところが、何時しか曲想が変わる。
はるけきアンデスの山々。
高く澄み切って抜けるように青い空に、哀しく切なくこだますような調べ。
今まで聞いたことのない「コンドルは飛んで行く」が続く。
家路への短いドライブ。

アンデスのインディオにはアジアのモンゴロイドの血が流れる。
インディオの調べ、フォルクローレは、日本人の心に染み入る。
サイモンとガーファンクルが歌ったのは、1部の「コンドルは飛んで行く」なのだ。
さらに、2部と3部があり、ほろ酔い気分、その2部と3部を始めて聴いたのかもしれない。
近々、CDをさがして、全曲をもう一度、聴いてみることにする。

スニーカーと革靴
2008年10月14日


最近の私の靴はもっぱら革靴だ。
昔はスニーカーも履いていたのだが、
あまりにも快適すぎるので履かないようにしている。
公園に散歩に行く時は、それはそれで、もちろんスニーカーを履く。

なぜスニーカーを履かずに靴にするかだ。
それも少し重めな靴を買い求める。
最近のスニーカーは、人間工学のもと、素晴らしい出来具合。
足や膝に負担がかからないように作られている。

そこで天邪鬼の私は考えたのだ。
人間の身体に限りなく優しく、そして健康的であるといううことは、
逆説的に考えれば、不健康という事にならないのか。

人間の潜在的な能力を、快適で機能的という美名のもと、
かえって、人間の能力を低下させているのでは。
なおかつ、退化させていることに、ならないのだろうかと考えたのだ。
その考えのもと、身体に優しく機能的であることは、
人間にとって、不健康ではないかと。

人間の体力を鍛えるには、日常性が大切。
少し重たい靴を履くことで、
ただただ歩いていさえいれば、足腰を鍛えていることになる。
体のトレーニングは、日々の生活の中で、鍛えるのが一番だ。
枯葉舞い散る秋の好日。
大いに思いブーツでも、履くことにするか。

「小さな旅&日記」を更新
2008年10月13日

24年への祝い酒!
2008年10月11日

「ショット・バー・ピーポッポ」の24周年も無事に終わった。
そして、昨日は美味しい酒とともに、25年は始まった。
そこで、自分への25年への祝い酒。
まずはグレンゴイン21年を、たっぷりのショットで。
次にポートエレン23年。
口代わりにエビスビールを一本。

お客様に、お祝いでいただいた日本酒、純米吟醸・飛露喜を冷で一合。
さらに、純米ひやおろし・招徳も。
仕上げには芋焼酎・白露をロックで2杯。
24年の深い味わい。
滋味たっぷり、たいへん美味しく頂きました。

さすがに最近の私には飲み過ぎだろう。
だが、規則正しくなった私の生活。
たまには、羽目を外す事も必要だろうと納得。
黄葉、紅葉、山肌は錦秋に染まる。
我、昨日は、美味き酒に酔いしれる。


最前列の恐怖!
2008年10月9日


駅で電車を待つ。
しばらくして、信号の遮断機の落ちる音とともに、電車がやってくる。
私はホームの最前列で、新聞を読みながら到着を待っていた。
そして、電車がホームに滑り込んできた。

すると、なぜか、異状に恐怖心を覚え、後ずさりしたくなった。
電車はすでに、ホームに到着していて、速度を急速に落としている。
恐怖心に負けて、下がるのも恥ずかしいので、じっと我慢した。

最近、ホームで電車を待つお客を、ホームから突き落としたり、
前方で待つ人を、後ろから、
電車に突き飛ばすような、信じられない事件が起きている。
だから、私も、ホームで待つ時は、後ろのほうで待機することにしている。
それが今日は、不用意にも、最前列で待ったいたのだ。

昔ならば、ホームから人が落ちて、
皆で助けあげたりの美談には事欠かなかった。
それが今では、
ホームで電車を待っているだけでも、こんな危険を感じる。
なんとも、浅ましい世の中になったもの。


本日はShotBarピーポッポの24周年!
2008年10月9日
本日、10月9日で、
ShotBarピーポッポは24周年を迎えました。
長い間のご愛顧を、ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。

小さな旅&日記を更新
「二人のふみ子の会」に出席して

博打はほどほどに
2008年10月7日

夕刻の4時半頃、三田線・高島平駅近く。
満員御礼状態の送迎バスが到着した。
弾けるように、小父さんの集団が降りてきた。
皆、表情は暗く、鉄仮面のように無表情だ。
名残惜しそうに、耳には赤鉛筆がはさみこまれ、
手には新聞が握られている。

駅に続く信号は赤。
一様に、無言で信号が変わるのを待っている。
すると、1人の老人が、下を向いたまま、道路を渡ろうとした。
直進する車がクラクションを鳴らす。
しかし、老人はまったく聞こえないかのように突き進む。

すると、青年が咄嗟に、老人に追い付き、
「おっちゃん、危ないやんか!」
老人の腕をつかみ、後ろに引き戻した。
老人は何事もなかったかのように、ただ茫然自失の態。
信号は青に変わり、老人は俯きながら、
駅の方へ、とぼとぼと歩いていった。

きっと、大変な金額を、戸田で開催されている競艇で、
すってしまったのだろう。
それも、何年越しにわたる負けの莫大な総額。
私の聞いたところでも、
山林田畑を売り尽くし、競艇で蕩尽した話を幾つも聞く。
8億、10億の大金を、湯水の如く賭け尽くし、
そして自殺の惨めな結末。


競艇は、全国で毎日のように開催されている。
そして、走る船は6艇。
競馬などに比べれば、当たる確立も高い。
人間、単純な博打ほど気持ちが燃える。
最たるものは丁半博打だ。

フランスの社会学者のロジェ・カイオワが言ったように、
博打は人間の四つの根源的な欲望の一つだと。
何事もほどほどが肝要。
単純な日常の中に、リスキーな刺激の博打もたまにはよいだろう。

だが、身を滅ぼすほどにのめり込むのは、愚の骨頂。
でも、身体に悪いと知りながら、酒飲みすぎのアルコール性肝障害。
点滴生活、6ヶ月を味わったことのある我が身だけに、
あまり大きいことも言えないのだが。


六十、七十は鼻たれ小僧
2008年10月5日

還暦を過ぎたせいか、寿命の事を少しだけ、本気で考えるようになった。
あと十年生きられるか、二十年生きれるやら分からない。
だから、残された時間を、自分なりに大切にしたい。
そう考えられるようになったせいか、深酒もあまりしなくなった。

私の場合、飲む酒の量と早起きは比例する、
飲む酒の量が少なくなれば、早起きになり、
多すぎれば、恥ずかしながら、ぐだぐだ睡眠になる。
だが、酒を飲まなければ、これまた、頭が冴えて眠れぬはめに。
多分、軽い酒依存症なのだろう。

私にとっての適量は、快適な睡眠を保障してくれる。
少なすぎると、目覚めが早すぎて、睡眠は浅くなる。
今は毎日が適量の日々。
午前の4時頃寝て、午前の10時頃には起きて朝刊を読む。
そして、時間があれば、小説やエッセイを読んだり。

最近は「デジカメ撮影術」の本を買ってきて、ぼちぼちと読み始めた。
そんなこんなでお昼時。
冷蔵庫にあるものでお昼を作り、ニュース番組を見ながらの昼食と相成る。
なぜ、こんなに簡単なで分かりきった事が、出来なかったのか不思議だ。
まあ、それが人生なのだろう。
分かった時が始め。
そこから始めれば良いことなのだろう。
生きている間が人生。

『六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは百から百から、
わしもこれからこれから』
107歳の天寿を全うした、日本の近代木彫界の巨匠、故平櫛田中翁の言葉だ。
私なんぞは、まだまだ鼻たれ小僧なのだろう。

前祝いの二本のお酒!
2008年10月3日

昨日、HさんとSさんがやって来た。
Sさんは会津若松の出身。
先日来店した時、近々、夏休みで帰省すると言っていた。
そこで、生まれ故郷の地酒、飛露喜の事を話した。
すると、「マスター、今度来る時、一本、持って来ます」と約束してくれた。
そして、昨日、約束どおり、一升瓶を持ってやってきてくれた。

「会津からじゃ大変だったでしょう」
ところが、会津の酒屋は、何処も売れ切れ。
なんと、偶然にも、川越の酒屋で見つけたそうだ。
物を探すのって、意外にそんなもの。
やがて、少し、遅れて、Sさんの同僚がやって来て、皆で乾杯となった。

すると、Hさんも、私に、伏見の酒、
「招徳・蔵出し・純米ひやおろし」を持って来てくれた・
Hさんは、先日、お父さんと二人で、京都に出かけた。
昔から懇意にしている、安倍晴明を祀る清明神社の清明祭に出向き、

そのついでの京都見物。
父と娘の確執と愛憎。
言葉に尽くしきれない親子の複雑な絆。
久しぶりの、父と娘の旅は、二人の心に響く記念碑になったようだ。
そして、わざわざ、私にお酒を届けてくれた。

二本のお酒。
秋の長夜。
そよぐ秋の涼風。
鈴虫の音を聞きながら、じっくりと、味あわせて戴きます。
10月9日は、我がショットバー・ピーポッポの24周年!
前祝いのお酒として、おおいに愉しみます。

美しき落日
2008年10月1日

仕事への道すがら、駅への歩道橋を渡る。
階段を登りきると、何処からか、金木犀の妖艶が匂い立つ。
台風15号も幸いなことに、太平洋上へ逸れていった。
この2、3日、肌寒く、雨模様のやるせない天気が続いた。

今日は雨もやっとあがり、よどんだ曇り日。
陸橋に漂う秋の匂いの金木犀。
はるか彼方を眺めやる。
すると、西の空は落日の耀き。
思わず足を停めて佇む。
曇り日の曇天と思いきや、
彼方の雲間には、真っ青に澄みきった青空が広がる。

その雲の切れ間から、燦然と陽光が金色に耀く。
銀灰色の雲は、瑞雲のように、金彩に染め上げられている。
あまりにも美しい落日。
きっと、明日は好天だろう。
今日一日、そして明日。
好日にならんことを、せつに願う。


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