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January 2003.01



2003.1.30(木)

29日、日本相撲協会は、満場一致で、モンゴル出身の朝青龍の横綱昇進を、決定した。
弱冠22歳の若者が、己の力で68代目の横綱の最高位へ、
相撲界に入門して、たかだか、5年足らずで登りつめたとは見事である。
さらに、今場所は一階級を覗いて、外国勢が全て優勝した。
大相撲が、外国人に門戸を開放した時から、何時かは予想した事態が、
今場所、くしくも現実化したのかもしれない。
日本の伝統大相撲が、外国人勢力に凌駕されたことに、
異論を挟む気は、毛頭もない。
ながい歴史をもつ相撲界に、新しい血を注ぎ、より素晴らしいものになるなら、
もろ手をあげて、大歓迎したいもの。
しかし、日本で生まれ育った伝統ある相撲道は、まず日本人が守らなければならない。
日本の相撲に魅せられて、日本の相撲界で活躍する外国人力士への、
揺ぎ無い大きな壁になり、目標にならなければならない。
日本の国技とされる相撲の根幹は、日本人の力士がまずは、支えなくてはらない。
そして、外国人が切磋琢磨して、日本の相撲に挑戦し活躍することにより、
日本の相撲も発展的に継承し、より素晴らしいものに昇華される。 

その時こそ、日本の相撲が、世界のSUMOUになるときかもしれない。
ナショナルを確立しない限り、インターナショナルはありえない。

2003.1.29(水)

アメリカ合衆国の新年の祭典、
第37回NFLスーパーボールが、26日、サンディエゴ行われた。
初出場のバッカニアーズが48−21で、レイダースを破る。
勝利者グルーデンは、昨季まで、レイダースで監督を務めたのも、何かの因縁。
監督は39歳、スーパーボール制覇の、最年少記録の快挙を成し遂げた。
バッカニアーズは27年目にして、初めてNFLの王座につく。
ティームが、プロになるだけの抜きん出た能力力を持った、選手の集合体であるならば、
一人の有能な指揮官によって、ティームは飛躍的に変貌するのかも。
歴史も、一人のカリスマを持った為政者により、良くも悪しくも作られるものかも知れない。

更新

2003.1.27(月)

そろそろ、一月も終わり、節分もすぐそこまで来てしまった。
最近は、季節の祝い事や、祭り事がぼやけてきた。
もともと、一月15日は「小正月」という、村人達にとっては、
新年の元旦より大切な、村人の大切なお正月であった。
村の幼い男の子供達は、村の道祖神のお札を持って、
村の家々をたずね、お札を届ける。
村人はお祝いに、子供達にお賽銭をあげる。
子供達は、ワクワクしながら、セッセと家々を回り、お賽銭を集める。
滅多にない現金収入に、心をときめかし、
自分達の分け前の多寡を、ドキドキしながら想像する。
一月15日、それはそれは、子供達にとっては、
待ちどうしいハレの、待ちに待った一日であった。
決して、成人式のための15日ではなかったはず。
しかし、成人式の祝日さえもが、変則的になり、
もともとの小正月の祝いも、何処かに流されてしまった。
村という共同体と、村人達の共生関係が崩れ始めた時に、
文化自体が薄っぺらなものになってくる。
村の祭りが崩れ始めた時から、日本の伝統と文化は、
力なく、よろよろとよろけながら、崩壊するのかもしれない。
長い年月の間に熟成されてきた、
民衆の逞しいフォークロアが支えてきた文化を、
我々はもっともっと、大切にしなければならない。
一度失われたものは、二度と戻ってはこないのだから。

2003.1.23(木)
明け方から雪が降る。
昨日はなんとなく、寒さが厳しくなかったのだが、
お客さまが、「マスター、明日は、雨か雪ですよ」なんて、
何人かの人が言っていたので、「ホンマかいな」と、
半信半疑で聞いていたけど、最近の天気予報は、当たりますね。

元巨人軍の松井選手が、いよいよアメリカに出発です。
是非とも、縦縞のヤンキースのユニホームを着て、大活躍して貰いたいですね。
かつて、松井選手が語っていたことを、思い出します。
「私の目標は、全試合に出場することです。私を見に、
わざわざ、遠くからやって来たのに、私を見れなかったとしたら、とても可愛そうです。
その子にとって、野球見物は、たったのその一回だとしたら、
その子に対して、大変に申し訳ないことですから」
この松井選手の言葉を聞いたときから、彼のことが好きになりました。
若くても、本物のプロ選手に出あったようで、とても清清しい気持ちになったものです。
時間が掛かったとしても、きっと素晴らしい成績を、
大リーグで残してくれることを期待してます。

2003.1.20(月)

花粉症の人達には、辛い季節がやってくる。
例年より、一週間ほど早く、2月5日から11日位にかけて、
スギ花粉が飛び始めるらしい。
日本の高度成長の時代、杉の木は飛ぶように、高値で売れた。
山を持つ人々は、こぞって杉の木を伐採し、杉の植林をした。
しかし、経済も停滞した今日、杉の木はただ同然になる。
誰も、杉山に手を加えるものはいず、山は荒れ放題。
危機を感じた杉の木は、種族保全のため、
一つでも多くのスギ花粉を撒き散らす。
わがまま勝手、厚顔無恥な、我々の現代文明に、
杉の木たちは、怨念を込めて、逆襲し始めたのである。

2003.1.15(水)

昨日、小泉首相が総理大臣として、公的な立場で、靖国神社に参拝。
靖国神社は、明治時代より今日にいたるまで、
日本国のために殉死したた御霊を祀ると共に、
第二次世界大戦のA級戦犯をも合祀している。
政教分離、思想信条の自由など、日本国憲法と抵触し、
色々と複雑な問題を抱えた神社でもある。
東アジア情勢が緊迫し、一触即発の危機さえ孕んだこの時期に、
一国の総理が参拝するなど、軽挙妄動甚だしいこと。
有言不実行の首相は、スタンドプレーが多すぎる。
強い意志と、崇高なビジョンを持って、
日本の将来の舵取りをする政治家としては、なんともお粗末。
ライオンどころか、容貌魁偉で醜悪な、
品位の無い人相になってきたものだ。

2003.1.13(月)成人式

今日は成人式、駅のホームには、大勢の着物姿のお嬢さんたちがいた。
何処か、付け足しの姿で、かえってういういしくまぶしい。
女性の着飾る姿は、至るところで散見するが、男達の華やかさは何処へやら。
生きのいい躍動的な若い男達は、何処へ行ってしまったのだろうか。
現代は、女性の時代のようである。
元気で活発で頑張っている女性達が目に付く。

テレビで、大相撲を見た。
今場所、復調を期待される、横綱貴乃花と雅山の一戦を観戦。
立ち上がりは五分五分。
貴乃花は、雅山を土俵際に追いつめる。
追いこまれた雅山は、苦し紛れに、貴乃花の首をかいなで巻き込み、
貴乃花の左足に、雅山の左足を掛け、かいしんの二丁投げ。
貴乃花の身体はくるりと一回転、背中からドスンともんどりうった。
行事の軍配は、勿論、サッと雅山に上がる。
雅山、してやったり。
あまりにも見事に敗れた横綱、悔しさは微塵もなし。
文句なしの完敗。
しかし、此処で、不思議なことに、物言いがつく。
そして、「同体、取り直し」の判定が下される。
九死に一生を得た貴乃花、なんなく雅山を押し出し、目出度しめでたしで終わった。
貴乃花が敗れたのは、誰の目にも明らか。
かつて、初代の若乃花が、己の目の中に入れても痛くないほど、可愛い甥っ子達のために、
恥も外聞もかなぐり捨て、妄執のままに、双子山部屋と藤島部屋を、強引に合併させた。
時の権力者の初代若乃花のやる暴挙に、相撲協会は誰も反対せず、節操もなく黙認をした。
我欲の固まりに落ちた、一人の馬鹿者の恣意と傲慢さが、大相撲を駄目にし、現在の凋落を招いた。
今日の公正さを欠く判定は、おおいに問題である。
人気力士の貴乃花の復活と大相撲の人気回復の為に、何が何でも、ただ一人の
日本人横綱、貴乃花の人気に頼りたいという、相撲協会のせつない気持ちはいたくわかる。
しかし、強者劣敗の勝負の世界に、不公正と恣意と情は必要ない。
勝負の論理は、強いものが勝ち、弱いものが負ける。
今日の勝敗は、これからの相撲協会のあり方を暗示しているようで、
ひどく痛ましい気持ちにさせさえする。

愉快な仲間を更新

2003.1.11(土)鏡開き

今日で正月は終わる。
厳粛な気持ちで、ドキドキワクワクしながら、
家に飾った鏡餅とも、今日でお別れ。
少し寂しいような、切ないような不思議な気持ちになる。
我が家でも鏡餅でお汁粉を作った。
久しぶりに食べるお汁粉は、また格別である。
鏡餅は、古来から、切ってはいけないものとされて来た。
武士が「切る」ことを、ことの他、忌み嫌ったのである。
正式には、斧か鉈で、叩き割らなくてはいけない。
しかし、我が家の鏡餅は、シッカリと合成樹脂で包まれている。
とてもじゃないが、カチ割るのは不可能。
だいたい、鉈も斧もあるはずが無い。
せめて、使うのならカナズチというところか。
仕方なく、包装の樹脂を外し、包丁で切り分けた。

独り言更新

2003.1.9<木>

江戸開闢400年、山本周五郎、小津安二郎の生誕100周年。
今年は画期的な年なのかも知れない。
市井の人間の機微を、同じ目線で、優しい眼差しで表現した、2人の巨匠。
頑なにまでに、細部にこだわりながら、何故か、押し付けがましくなく、
私達の心を、ググッと惹きつける職人技に感激。
何時か、そんなバーテンダーになりたいものだ。

イベントを更新

2003.1.7<火>

松飾も今日まで。
元旦を迎えたと思えば、もう松飾も、明日には外して、
お宮さんで炊きあげてもらわなくてはいけない。
鏡開きもすぐやってくる。
焦らず、ユッタリとした気持ちで、
大切に一年を過ごしたいものだ。

愉快な仲間を更新

2003.1.4<土>

正月は秩父に行ってきました。
元旦は酒びたりで、夜はグッスリと寝込む。
去年一年の疲れが出たのか、夢を見るどころか、
ただひたすら、きっとグーグー鼾でもかいて、
寝入っていたのだろう。

朝、パッと目が覚める。
我ながら、驚くほど目覚めが良い。
今年はこのせんで行かなければと、感無量。

雨戸をサーッと開けるや、外は一面の銀世界。
粉雪が千々吹き乱れている。
ガラス窓を開けると、パーッと下から舞い上がるように、
柔らかくわた雪のように白く、絹のように光る粉雪が吹き込んできた。

幻想的な銀世界、大切な自然の贈り物。
秩父に来て、ほんとに良かったと感動する。

呟き日記更新


2003.元旦<水>

いよいよ平成15年の幕が、
除夜の鐘を合図に、華やかに切って落とされた。

いつもの事で、今年こそはと、新年の年頭の誓いも新たにする。
人間、強い意志と高尚な願いをもってことに当たれば、不可能はない筈。

強い気持ちをもって、大切にシッカリと、なおかつ楽しく、一年を過ごしたいものだ。
焦らず、ユックリ、楽しみながら、そして、決断すべき時は、
ズバリと行動する勇気を持ちながら。

一年を、充実した時間の連続に、是非ともしたいものだ。
一年が経ち、、思い返してみれば、
アアア〜、ヤッパリ今年もかと、溜息はつきたくないものだ。

本年も、ピーポッポのHPと仲良く付き合って下さいね。
そして、暇を見つけて、ぜひとも、お店にもきてください。
心よりお待ちしております。


2002.05-12