猿ヶ京&吾妻渓谷

2007.11.11(日)ー12(月)


関越から望む、朝靄に煙る山々
先週は愚図ついた天気。
土曜日は雨。
雨模様の日曜日、群馬県・猿ヶ京へ、紅葉狩り&温泉旅行。
ママが計画した最初の目的地、「吹き割れの滝」へ。
私はかつて、聞いたこともない。
日本にはたくさんの滝がある。
私などが知っているのは、ほんの僅か。
行って見れば、どこも、想像を絶する素晴らしさに驚く。

関越道を沼田インターで降り、国道120号を進む。
遠くに、朝靄に霞み、雲海が漂う、日本アルプスの山々。
どうやら、今日は、予想に反して、晴れのようだ。
やはり、普段の行いがなせる業か。
善なるかな、善良な市民の我ら、天も救い給う。
さらに、ずっと、進めば、目的地に到着するはず。

吹き割れの滝へ
しかし、どうした事か、何処かで、道を間違えたらしい。
標識には、迦葉山・玉原。
だんだんと、民家も少なく、道も狭くなる。
もと来た道を、大幅に引き返したら、高速の下り口近く。
良く見れば、国道120号の表示がある。
今度こそは、間違いなし、自信を持って進む。
やがて、「吹き割の滝」の表示があった。
表示に従い進むと、そこは目的地。

吹き割れの滝、入り口近く
まだ時間は早朝の9時。
昨日からの天気が、嘘のように快晴。
空は青く広く、雲海が朝の陽光に耀いている。
土産物屋のおばさんが、車を誘導してくれた。
「うちは駐車代、無料だよ。他はみんな有料」
その言葉にひかれて、駐車場へ。
他に、車が2台くらい停めてあった。
車を降りると、おばちゃんが、滝への入り口を教えてくれた。
そして「戻ってきたら、缶ジュースでも、コーラでも何か買ってね」

損して、得を取れの心意気。
駐車料金を払えば、そのまま帰るかもしれない。
ただでは帰らないのが、男の礼儀。
何か買ったり食べたりしなけりりゃ、男がすたる。
ついついほだされ、余計につ買ってしまうのが人情。
お店の人に見送られて、滝へ。
狭い滝への下り坂を進むと、眼下、雑木林の向こうに、渓流が見える。
さらに、進めば、水量の豊富な滝。
水飛沫を上げながら、崖下の滝壷へ迸り落ちる。
柵もないない崖下を見渡せば、滝壷はエメラルド色に耀いていた。

ここが、「吹き割の滝」と思いきや、本物はもっと先だった。
清流沿いの細い道を行くと、前方に、幅の広い一面の滝。
滝の真ん中が大きく割れ、川幅の広い清流の水が、迸り落ちる。
遠くには、紅葉した山々。
広く高い空は、何処までも青く、どっかりと居座った雲海が耀く。
滝に近づけば、飛沫があたるほどだ。
私の想像を絶する、滝の威容には驚愕した。
さすが、東洋のナイアガラの滝と言われるだけのことはある。
思わぬ所に、凄い絶景もあるものと感心しきり。

「吹き割の滝」へ行く途中、最初の滝
素晴らしい景色のポイントには、大勢のカメラマンがいた。
最近は、何処へ行っても、初老のカメラマンが多い。
とくに、女性の本格派が目に付く。
子育てを終え、還暦を過ぎ、いよいよ、自分の楽しみの道へ。
自由に使える時を、写真を撮ることで、
豊かな時を創造しているのだろうか。
残された時を、有意義に、創造的に行為する事は素晴らしい。

どうやら、今日の天気は旅行日和。
さらに、川沿いの遊歩道を進めば、
彼方に大きなアーチを描く、吊り橋があった。
急傾斜の階段を進むと、片品川に架かる吊り橋に到達。
眼下を見渡せば、先ほどの渓谷。
山々は満艦飾。
朝の陽光に照らされて、川面はきらきらと煌めく。
橋を渡り、さらに進むと、お堂があった。
小さなお堂の中に、
金色の観音様と、その左に、木彫の観音様が鎮座。

参道を掃き清めていた、茶店のおばちゃんが説明してくれた。
正面、左の観音様は、かの名工・左甚五郎作だと。
お賽銭を、賽銭箱に、静かに投げ入れ、鰐口を鳴らす。
神妙に、手を合わせる。
おばちゃんに、川向こうの散策道を尋ねる。
先に進めば、30分程で、
「吹き割の滝」の入り口近くに、到達すると教えてくれた。
だが、何となく不安になり、来た道を戻る。

「吹き割の滝」
すると、ぽつぽつと雨が落ちてきた。
空を見れば、先ほどの晴天が嘘のように、
空はどんよりとかき曇り、灰黒色。
このあたりは標高900メートルといえど、やはり、山の天気。
なんとも変りやすい。
女心に秋の空、そして山の天気。
遊歩道散策も、足早に切り上げる。
来た道の途中、
近道らしき坂道を登ると、土産物の店と駐車場に出た。
その向こう何軒か先に、
私達の車を停めさせてもらった、土産物屋さんがあった。

すでに、雨足はかなり強くなる。
傘を持たない我ら、足早に店へ。
店の中に入ると、おばちゃん達が出迎えてくれた。
日も落ち、生憎の雨模様。
昨日、想像した通りの天気。
さすがに、日がなければ、山間の土地、冷気が増す。
私達は、味噌田楽を注文。
店のテーブルで休む。
ママはソフトクリームも買い、美味しそうに食べてる。

吹き割れの滝の奥の吊り橋より
やがて、熱々の田楽がテーブルへ。
サービスで、自家製の沢庵2種類と、お茶も運ばれて来た。
ほのぼのとした、心あるサービス。
昔懐かしい、しわしわの白と、薄黄色の沢庵が、こりこりと美味しい。
雨は本格的に降り出してきた。
雨が降る前に、滝めぐりが出来たのは、不幸中の幸いと言えよう。
土産物を買って、そこそこに店を後にする。

今日のこれからの予定は、新潟県・苗場で、ゴンドラに乗るそうな。
しかし、この天気、せっかくのゴンドラからの眺望も、期待はできまい。
苗場行きは中止にするか。
しかし、ママは何故か、苗場まで行きたいみたいな様子だ。
群馬県と新潟県の国境、雨に煙る三国峠を越えるのも一興。
取り敢えずは、苗場行きを決行する。
雨の三国街道。
往古から、群馬と新潟を結ぶ険しい往還。

上り勾配の街道は、雨に咽び、山々の木々の紅葉は鮮やか。
遠くの山々は、心なし霧に包まれ、
灰色の薄墨を流したような雲が流れる。
新潟までは、180キロ近くもあるようだ。
苗場へは、20キロ足らず。
新潟はやはり広い。
ここから、東京への距離より遠いのだ。
蛇行しながらの上り坂、小さなトンネルをいくつか越すと、三国トンネル。
まっすぐ伸びるトンネル、1812メートル。
あっというまに、トンネルを抜けた。

吊り橋の奥のお堂
抜けた瞬間、新潟県に変った。
景色も変り、どこか侘しげな風情。
群馬県側の紅葉は鮮やかだが、新潟側は赤錆びて、華やかさを失う。
国境のトンネルを越しただけで、景色がこれほど変るとは、自然のマジック。
くだり勾配は緩やかに、そして、苗場の町に到着した。
勾配のきつい上り道の連続、ガソリンが寂しくなった。
スタンドで給油して、さらに進む。

やはり、今はシーズンオフなのだろう。
閉まっている店も多く、町が活気を失い、ゴーストタウンのような佇まい。
時より、忘れたように、開いているレストランや小洒落た店。
でも、開店休業のような寂れた風情。
さらに、起伏のない真っ直ぐな道を進むと、
苗場プリンス・ホテルがあった。
時間は12時間近。
ホテルでランチと洒落込むことに。
がらがらな、広大な駐車場に車を停める。

頓挫したゴンドラ計画。
やはり、雨交じりでは、乗る人もいなく、閑散としていた。
売店にも、両手で数えるほどの観光客で侘しい。
食事処の案内があった。
渡り廊下を進むと、大きな食事の広場。
そして、足湯のサービスもあった。
しかし、広場には、私達以外、誰もいない。
1軒の店を残し、あとはすべて閉まっていた。
その店も、「蕎麦・うどん・カレーライス」の何処にでもあるタイプ。

ホテルの人に、他に食事処はないものか、聞いてみた。
すると、食事処を教えてくれた。
そして、人気ないがらんとしたホテルの通路を進む。
確かに、食事処はあるようだが、
エレベーターは止まっていたり、電気は消えていたりの迷路同然。
やっと、明るい駐車場に面した長い通路に出た。
通路伝いの店は、勿論閉まり、電気も消えていた。
やがて、やっとの事で、ホテルのロビーに出た。

しかし、ここも閑散として、人っ子一人いない。
はたして、食事処は何処に?
これからさらに、迷路の探索ごっこは御免だ。
ランチ計画は諦める事にした。
来た道筋を頼りに戻り、途方もない無駄足に終止符をうった。
外はまだ、小雨模様。
苗場で昼食を諦め、三国街道へ。

シーズンオフの苗場
きっと、スキー・シーズンは賑やかで、華やかな装いの町になるのだろ。
広いゲレンデには、苗場の大きな文字が、
雨に打たれtながら、寂しげに浮かび上がっている。
きっと、苗場は、冬のシーズンまで、眠っているのだろう。
そして、冬が到来し、
白一色のの雪原とともに、煌びやかに耀きを増すのであろう。
雨は強くもならないが、いっこうに止む気配も無し。
国道17号を戻り、三国峠へ。

法師温泉近くの清流
赤錆びた新潟の山々は、何処か寂寞として、寂寥感さえ漂う。
三国トンネルを越すと、三国街道は下り道。
遠くの山々は、鮮やかな紅葉で燃えている。
この街道をひたすら進めば、やがては、赤谷湖に出る。
そこの湖畔の宿が、今日、宿泊する予定のホテル。
しかし、時間はまだ1時。
なだらかなくだりの街道を降りてきたあたりに、法師温泉の表示があった。

別に、急ぐあてもなし。
右に折れて、法師温泉まで出かけてみることに。
狭い道をぐねぐねと進む。
日が落ちれば、寂しく、夜ともなれば、月の灯だけが頼りの道。
深い山、切れ込んだ谷、そして、生い茂る木々。
一人で、この道を辿れば、きっと、ぞくぞくと、肌寒い霊気を感じるだろう。
やがて、白骨温泉郷に出た。
左手には、清流が流れる長閑な山里。

そしてさらに、山深き、険しい、蛇行の連続の山道を進む。
道路には、枯れ落ちた、黄色や赤銅色の枯葉が落ち、
車に轢かれて、路面に、不思議なな文様を描く。
広葉樹の木々は、色とりどりの鮮やかさで燃えている。
緋色、朱、黄、橙、黄緑、褐色、赤紫。
さまざまな色が渾然と混じりあい、山全体が、膨れ上がっている。
とうとう、1車線の山道。
車がすれ違うことも難しい、曲がりくねった道を進む。
その終点に、一軒宿の「長寿館」がった。
駐車場には、かなりの車が駐車している。

法師温泉・長寿館
まだ、この時間、チェックインには早すぎる。
きっと、連泊のお客さまなのだろうか。
法師温泉は、昔から、人伝てに聞いていた。
さすがに秘湯。
此処まで来れば、さぞや、温泉の霊験は押して知るべし。
機会があったら、ぜひとも、たっぷりと味わってみよう。
秋色濃い山道を戻ると、道路のガードレールに、赤ら顔の猿がいた。

「たくみの里・長寿庵」の蕎麦
人懐こそうに、こちらを見ている。
車を降りて近づくと、さすがに、深い山の中へ逃げた。
逃げた方角を見渡せば、がさごそ、何匹かの猿の気配。
きっと、この辺りには、たくさんの猿が、棲息しているのだろう。
それほどに、このあたりは山深いのだ。
紅葉の秋は美しい。
しかし、厳冬期は、厳しい生活を強いられる事だろう。
どんな場所にも人は生きている。
人間とは、もともと、とても逞しい生き物なのだ。

赤谷湖
沢沿いの細い一本道を下り、国道17号に戻った。
旅館の夕食までには時間がある。
やはり、何処かで昼食を摂らねば。
すると、ママが「たくみの里」で、蕎麦を食べようと提案。
私達の宿泊予定の赤谷湖を通り過ぎ、
しばらく行くと、「たくみの里」があった。
意外や意外、駐車場は何処も満杯。
「たくみの里」のメーンストリートを進む。
さまざまな工房が道の両脇にあった。

赤谷湖岸の湖城閣
思っていたよりは、「たくみの里」は広く、全部回れば半日がかり。
工房体験していれば、軽く一日は過ぎてしまうだろう。
駐車場は見当たらず、
「たくみの里」の入り口近くの駐車場で、のんびりと順番待ちをする。
やっとの事で、車を駐車。
そして、ママがすでに検索済みの、蕎麦屋「長寿庵」へ。
何とか空き席があり、私は生ビールを注文。
ここの蕎麦粉は地元産で無農薬、そして、有機栽培。

名物の「しょうぎ蕎麦」三合と、舞筍と野菜の天麩羅を注文。
竹で編んだ笊をしょうぎと言う。
そのしょうぎに、たっぷり、3人前はあろうか、かなりのボリュームの蕎麦。
天麩羅はぼってりと衣も厚く、揚がりはいまいち。
蕎麦は田舎蕎麦ほどではないが、かなりの太目。
そば粉がぎっしり詰まった感じで、色はねずみ色。
そばつゆは辛め。
おろし山葵を溶き、小口切りの葱を入れ、蕎麦をずずっとすする。
歯ごたえ充分。
ぶちっと噛み、もぐもぐと味わう。

ホテルの露天風呂
蕎麦の香りが、ほのかに立ち昇るようで嬉しい。
しょうぎに盛られた、充分な量の三合。
蕎麦の合間に、口休め、山葵を嘗めたり、葱を含んだり。
天麩羅を摘みながら、知らず知らずの内に、蕎麦を食べきった。
食事を終わり外へ出ると、小ぬか雨は上って、薄日がさしていた。
ホテルのチェックインは2時からOK。
すでに、時間は2時を回っていた。
湖畔の宿「湖城閣」へ直行した。
ホテルは、かの戦国武将、
上杉謙信も立ち寄ったと言われる山城の跡に建っていた。
まさに、背面は赤谷湖の絶壁。

チェックインを済ませて、3階の部屋に入る。
部屋の前の林は、見事な紅葉。
その木の間から、湖が陽光に耀いていた。
まずは、無事到着、ビールを冷蔵庫から。
窓の外の木立から、はらはらと、紅葉した、色とりどりの葉が、
蝶が舞うように、からからと音を立てながら舞い散っていた。
木々の紅葉も美しいが、枯葉舞う姿も風雅。
やはり、自然が作り出すものは芸術。
一休みして、早速、露天風呂に出かけた。

露天風呂からの眺め
1階のロビーを抜け、さらに階下へ連なる廊下を行くと大浴場。
そして、反対側へ行くと、露天風呂へ続く廊下。
ひんやりと冷たい冷気を浴びながら進む。
すると、そこに、大きな露天風呂があった。
この時間は混浴。
さすがに、昼下がり、女性はいない。
女性専用時間が決めてあった。
朝の4時から7時。
そして、夜の8時から10時。
勿論、更衣室は別々にある。

服を脱いで、風呂場に行くと、すでに、先客が2人いた。
まずは、広い岩風呂へ。
風呂の中には、落ち葉が沈んでいる。
そして、湖上から吹き渡る風に、舞い散る落葉。
はらはら、ひらひら、風呂の中に舞い落ちる。
色鮮やかに紅葉した木々の向こうには、赤谷湖が陽光に煌めく。
そして、湖の彼方の山々も、雅な色に燃えあがっている。
遠くでは、野鳥の鳴く声。
風呂を覆う大木には、ムササビの巣が造ってあった。
冬場には、カモシカも顔を出すそうな。

朝日が射し込む露天風呂
他にも、大きな樽風呂。
たぶん、日本酒を仕込む大樽で、造ったものだろう。
そして、釜風呂。
これも、酒米を焚く釜だろう。
樹齢何百年の木を刳りぬいた、寝風呂の「長寿風呂」
ドラム缶のような「五右衛門風呂」
さまざまな風呂が此処かしこに点在する。
少し高台にある「大樽風呂」
温めの温泉に足をのびのび伸ばし、樽に両手を乗せての寛ぎ。

部屋からの眺望
翳り始めた日に、木々の色鮮やかに色づいた葉裏が透け、葉脈が耀く。
少し熱めの「美肌の湯」に、どぼんと浸かると、身体がほてる。
そして、温くて優しい根風呂に横になり、吹き渡る風をかぐ。
空からは、色とりどりの落ち葉が舞い、竹やぶの竹が、さわさわと音をたてる。
紅葉に包まれて、やわらかな温泉に抱かれて、猿ヶ京への旅は無事に終った。
日本の秋の夕暮れ、なんとも豊かで雅だ。
そして、露天風呂を出て、大浴場へ。
大浴場も、すべて、掛流しの温泉。
身体を洗い、風呂へ。

広い一面の窓の向こうに、赤谷湖が広がり、
空は青く晴れ上がり、山々は秋色の耀き。
風呂場に湧き上がる飲用の温泉水を、カップでごくりと飲み込む。
かなり熱く、飲み込むと、
ごろんごろんと、胃から腹へ、そして、大腸を転がり落ちるようだ。
旅の疲れを吹き晴らすように、
身体にピーンと、一筋の糸を張ってくれるようで、気持が良い。
温泉で疲れを癒し、温泉水を飲み込み、食欲も倍化。
6時からの夕食が楽しみだ。
6時丁度に部屋に料理が運ばれる。
何処の旅館やホテルへ行っても感心するのは、サービスの質の高さ。
さり気なく、そして、心がこもっている。
買い求めた、日本酒「純米吟醸・尾瀬」を飲みながら、夕食を頂く。
外は暗く、広葉樹の葉が、ぱらぱらと舞い落ちている。

食事が終わり、連絡すると、食事をかたしに来てくれた。
そして、布団係の人が、布団を敷いてくれた。
窓際の椅子に座りながら、日本酒を飲みながらの眺め。
彼方の赤谷湖岸に、灯がともっている。
ママは横になりながら、テレビを見ている。
猿ヶ京の夜は、深々と更ける。
女性専用の露天風呂タイムは、午後10時で終る。
私は夜の露天風呂へ、出かけることに。
10過ぎれば、混浴タイム。
ほろ酔い機嫌で出かけることにした。

吾妻渓谷の紅葉
さすがに、ホテルはしーんと静まり帰っている。
廊下から、1階のロビーを抜けて、通路を地階へ。
露天風呂に続く、下り廊下を進む。
先ほどの露天風呂へ到達。
脱衣所で浴衣とどてらを脱ぎ、まずは、温めの岩風呂へ。
先客が1人、寝風呂で、ゆったり、半睡状態。
天を仰ぎながら寛いでいた。
猿ヶ京の深夜、晩秋と言えども、みしみしと音を立てるほどに冷え込む。
湖上からの風も冷たい。

熱い「美肌の湯」の釜風呂へ、どぶんと浸かると、ざぶーんとお湯が溢れ出る。
熱い湯で、肌が一気に上気、身体の芯が膨らむ。
熱い湯は長湯が出来ない。
身体全体が火照った頃、隣の寝風呂が空いていた。
足を伸ばし、萱の木だろうか、
老木を切り抜いた風呂桶に頭を乗せ、空を見上げる。
空はどんよりと暗く、竹林がさわさわと音を立てる。
木の葉は、冷風に吹かれ、葉音をかさかさと鳴らしながら、舞い落ちる。
紅葉の樹木が、夜の照明に耀く万華鏡。
湖上には、湖畔の宿の灯、そして、車のヘッドライトが耀く。

すでに、広い露天風呂には、誰もいなくなって貸切状態。
さすがに、このロケーション、自然に包まれた開放感は贅沢の限り。
しかし、鬱蒼と茂る木々と竹藪。
露天風呂を除けば、周りは、真っ暗で、灯一つ無い。
枯葉ががさごそ、竹林はさわさわ、たっぷんと湯樋の音。
からからと水車は回る。
露天風呂の明かりは、薄ぼんやりの半照明。
やはり、一人では薄気味も悪い。

吾妻渓谷から、国道146号へ
すると、腕に刺青をした若者が入って来た。
そして、岩風呂へ。
私からは、「美肌の湯」の釜風呂で、丁度死角になる。
やがて、女性の脱衣所から、
若い女性が、バスタオルで前を隠して、岩風呂へ。
どうやら、若者の連れのようだ。
女性の白い背中には、立派な彫り物があった。
岩風呂から、2人の楽しげな会話が聞こえる。
星も月も見えない、どんよりと重たい雲が垂れ込めた空を、うつらうつら眺める。
柔らかく身体を包み込む温泉が、身体も心も解きほぐしてくれる。

やがて、若者達が立ち去った。
またもや、私が1人だけになった。
そろそろ、退却するかと思いきや、熟高年の男女4人組がやって来た。
大樽風呂に、どぼんと浸かった。
私の勝手な想像では、幼い頃の同級会か何かの宴会後か。
お酒の後のほろ酔い気分。
仲よく混浴と洒落込んでいるのだろう。
どこか、大人気なくはしゃいでいるのも、可愛らしくも微笑ましい。
日本の温泉場の混浴風呂、これは日本の世界に誇れる文化だろう。

服を脱捨て、温泉に浸かれば、老若男女、身分も地位も関係ない。
すべて、平等で対等。
裸と裸の肌の触れ合いから、心の交流が生まれる。
かなりの長風呂、湯あたりしないうちに、4人を残して、私も退散した。
湯を上り、浴衣を着て、どてらを羽織って部屋に戻った。
ロビーも廊下も、しーんと静まり返っていた。
部屋で、仕上げのビール、そして、日本酒で一日を締めた。

翌日、目を醒ますと、驚いたことに、太陽が煌めいていた。
朝食は8時、まだ時間がある。
早速、露天風呂へ出かける。
これで、露天風呂は朝、昼下がり、深夜と浸かる事になる。
我ながらの風呂好きにあきれる。
空気は清涼、ひんやりと、冷気が凍みる。
がらりと戸を開け、露天風呂への通路を渡る。
すでに、脱衣所には、脱捨てた浴衣がある。

軽井沢へ行く途中、薄の原
浴衣を脱ぎ、中へ。
落ち葉が浮き沈みの岩風呂へ。
やわらかな湯が身体を、ゆったりとほぐしてくれる。
湖上には太陽の陽射しが反射して、銀鱗の耀き。
木々の紅葉が、陽光に照り返され、葉裏が金や鮮紅に煌めく。
湖上から渡る風に、葉がゆらゆらと裏表の雅。
はらりはらりと、金彩、紅彩の葉が舞い落ちる典雅な風情。
岩風呂の中まで、陽光が射しこみ、木々の陰翳も深い。
それぞれの湯を楽しみながら、まったりと時を楽しむ。

瞬く間に、癒しの時は流れ行く。
惜しみながらも、露天風呂を出て、脱衣所へ。
脱衣所からの展望、ことのほか見事。
紅葉した木々の彼方、湖は光り、山々は燃え、空は限りなく高く青い。
天気は極上の晴天、心身はまさに晴朗。
朝食に向けて、食欲は満点。
部屋には、すでに、朝食が用意されていた。

テレビを眺めながら、朝食を摂る。
そして、食事のあと、ゆっくりと休み、ホテルを10過ぎにチェックアウト。
朝の冷気を楽しみながら、吾妻渓谷に向かった。
猿ヶ京温泉は、とても身体に優しかった。
身体の中にたまった、積年の滓が、すべて洗い流されたようだ。
赤谷湖の湖畔沿いの道の国道17号を進み、
やがて、湯宿あたりで国道145号へ。
険しいのぼりの峠道を進むと、新治村。
そして、中之条町を通過して、しばらく行くと、
今日の目的地、吾妻渓谷に到着した。
時間はまだ11時過ぎ。
我々の行動も、だいぶ健康的で、フットワークが軽くなったものだ。

一路、軽井沢
渓谷沿いの国道を進む。
遊歩道には観光客がそぞろに散策。
所々に配置された小さな駐車場には、車が停まっている。
我々も、中ほどまで進んだ辺りに、車を停め外へ。
太陽は燦々と降り注ぐが、さすがに、深い渓谷、空気が冷たい。
そして、吹く微風さえも肌を刺す。
遊歩道には、三脚を構えたカメラマンたち。
此処にも、還暦過ぎの本格派のカメラ親父や小母さんたちがいた。

軽井沢
木々の紅葉はさすがに見事。
晩秋の強い陽光に照り映え、まさに王朝の雅。
西陣織りの緞子の耀き。
かさかさと散り舞う枯葉。
木々の遥か下には、渓谷の清流。
水面はきらきらと銀鱗の耀き。
渓流に掛かる橋を渡れば、
やはり、向こう岸にも遊歩道があるようだ。
そして、吾妻渓谷の異なる景色を楽しむ事ができる。

横川SA「峠の釜めし」
しかし、それほどの時間の余裕もない。
どこかで、食事でもと捜すが、これはと思える店もなし。
吾妻渓谷に別れを告げて、軽井沢へ向かう。
そして、お昼は軽井沢銀座辺りで取ることにしよう。
山深い長閑な里、六合村から、国道146号へ。
秋の日を浴びた山々は紅葉に染まり、清流が長閑に流れる。
車の窓を開け、美味しい空気をいっぱいに吸いながら、里の道を進む。
山々を包むように、高い空が真っ青に広がり、雄大な雲が銀色に耀く。

そして、一路、軽井沢へ。
昼食の後、碓氷峠を抜け、妙高の奇岩郡を眺めながら、横川へ。
今回の旅、甲信越の2大峠、三国峠と碓氷峠を抜ける事になった。
横川では、昔懐かしい、名物「峠の釜飯」を買って、東京へ帰ろう。