小さな旅&日記
水戸の偕楽園&鹿島神宮へ
3/4<日>ー5<月>


常盤神社の鳥居と境内
4日の早朝、水戸へ向かう。
偕楽園には6時頃に到着。
まだ、人気ない駐車場、車の中で一休み。
一眠りしていると、車の中に朝日が射し込む。
目を醒ますと、駐車場も賑やかになっていた。
車を出ると、観光客も増え始めている。
常盤神社の大鳥居を潜り、参道を歩く。
まだこの時間、露店は閉まっているところも多い。
境内へ続く参道へ出る。
真正面に、常陸神社が見える。

常盤神社の能楽殿と参道
参道も境内も、まだまだ、人出は僅かで閑散としている。
手水舎で、古式にのっとり、左右左と手を漱ぎ、柄杓の水を左手に受け、口を清める。
神社にお賽銭を投げ入れ、2拝2拍手1礼。
人が少ないので、恥ずかしがらずに出来るのが嬉しい。
そして、心の中で祝詞を唱和する。
境内に射し込む日脚は長く、人々の歩みも穏やか。
神社から続く道を進むと、そこは偕楽園。
すでに、観梅客が梅見を楽しんでいる。

水戸の偕楽園
さすがに、歴史のある梅園。
一面の梅の古木に、紅白の梅花の饗宴。
梅木の古木の枝ぶり、典雅で流麗な舞姿。
庭園内にも露店が、賑やかに店開き。
そぞろに歩くと、何処からともなく、艶かしい梅の香り。
花に鼻先を近づけると、とろけるように匂う梅香が漂う。
たくさんの老若男女、梅花に誘われながら、梅香に酔うような歩調。
太陽は中天に昇り始め、澄み切った空には白雲がたなびく。

梅園の奥に進み、 古風な木戸「一の木戸」を潜り、階段を下りると、竹林と杉や檜の寂びた林。
常緑の林の静謐な霊気に、身体が洗われるようで清々しい。
なだらかな下り道を下りきると、今度はゆるやかな登り道。
坂道を上がり切り、梅園に続く下り階段を下りる。
すると、擦れ違いざま、ママの名前を呼ぶ人がいる。
はっと振り向くと、私の静岡に住む姉夫妻がいた。
偶然とは恐ろしきかな。
親父の法事いらい、2年ぶりの再会である。
姉夫妻は、静岡から、観光バスで出かけてきたのだ。
偕楽園から飯岡へ向かい、明日は袋田の滝見物に向かうそうだ。

私達はここで別れ、逆のコースを進む。
風もなく、啓蟄近き、まさに花見日和。
咲き乱れる梅花は優雅。
庭園の梅花の下では、敷物を敷いて、花見の宴で賑わう。
だいぶ周遊した私達、太い丸太の木柵に坐り、しばしの休憩。
大きく深呼吸をすれば、妖しく梅香が匂う。
うららかな春日の一日、梅香の匂いたつ庭園。
今年の冬も終わり、雪の降ることもなく、暖かな春を迎えそうだ。

園内と竹林に続く「一の木戸」
時間は正午過ぎ。
ますます、庭園は賑わいを増す。
ぶらりぶらり、陽光を浴び、清涼な空気を吸いながら漫遊。
急斜面の崖淵に、斜めに植わる梅木に咲く梅の花。
その梅を読んだ正岡子規の句碑も建つ。
上りのなだらかな坂道を登りきると、広場に出た。
大勢の観梅客で溢れている。
その向こうに、素晴らしい眺めの仙奕台(せんえきだい)。
そこからは、彼方に、水戸の里山、千波湖が一望できる。
山々の木々は膨れあがり、湖面は陽光に輝いている。

ぼんやりと、陽光にまどろみながらの眺望。
ふっと、何気なく横を向くと、またしても、姉夫妻がいた。
お互い、あまりの偶然に噴出してしまった。
今度こそ、再度の別れを告げて分かれた。
きっと、天国の親父とお袋が教えてくれたのだ。
兄弟や親戚とは、何時までも仲良くしなさいよと。

竹林の中
偕楽園を出て、千波湖へ。
長い橋を渡る。
橋の下の川では、のんびりと太公望が釣り糸を垂れる。
川を見れば、大きな真鯉たちが、すいすいと気持よさそうに泳いでいる。
橋を渡りきると湖があり、湖岸には梅祭りの広場があった。
地元の名物を売る店の数々。
ステージでは、拡声器から流れる曲にあわせて、地元の芸妓衆の日本舞踊のお披露目。
湖では、ボートが湖面を緩やかにすべる。

姉夫婦との偶然の遭遇
ゆったり、ゆっくり、まどろみの昼下がり、時間は1時を回る。
私達は、ぶらりと、駐車場へ。
庭園はますます賑やかさを増し、見晴らしの良い好文亭は長蛇の列。
閑散としていた駐車場も、観光バスや車で一杯である。
ホテルのチェックインは3時。
その前に、何処かで食事をして、それからホテルへ行こう。
ホテルに行く途中に、料理屋さんがあった。
前の駐車場に車を止め中へ。

奥の部屋には大勢の団体客。
みんな、黒い礼服姿で精進落しのようだ。
靴を脱いで、玄関脇のお座敷に坐る。
春日の好日、生ビールは美味い。
ジョッキをで咽喉を湿らせて、まずは注文。
お店のお奨めは、大島沖のカツオのお刺身。
初物だけに、この時季の初カツオは旨味が乏しい。
小ぶりなカツオから取った刺身には、ほっくリ、もッちりの食感がない。
やはり、たたきで、濃純な味を加えた方がよいだろう。

白子のポン酢。
氷を盛り込んだ竹網に、レタスなどの野菜を敷く。
その上に、つるりと白く、ぷっくりとした白子が盛り込まれている。
真っ白に照り輝いた白子を口に入れると、つるりと滑らかな口あたり。
ぷちりと歯で噛むと、凝縮された、白子の甘味が、口内に充満。
溢れた白子の蜜を飲み込む。
さては日本酒といきたいところだが、まだ、これから先がある。
生ビールを追加。

花蜜を吸う小鳥
山独活のお刺身の酢味噌和え。
たっぷりと盛り込まれているのは嬉しいのだが。
冴えた腕の料理人なら、この量の半分で、充分で華やぐ盛り付け。
最後に、ふぐの唐揚げ。
ほっくリとした白身。
ほくほくはふはふ、熱いのを我慢しながら食べる。
だが、衣についた味付けが少し濃い。
折角のふぐの繊細な味を、殺してしまうのはもったいないかぎり。
夫婦二人での切り盛り。
一生懸命、働いている姿に文句も言えまい。

長閑な梅見
軽く腹ごしらえも終わると、2時半を回っている。
チェックインには、ちょうど良い時間だ。
それから、ホテルへ直行。
ホテルは、懐かしい磯前神社、大鳥居のまん前にあった。
駐車場に車を入れてチェックイン。
私達の部屋は6階。
窓の向こうには、無辺広大な海が広がる。
彼方の海は陽光にきらきら輝き、浜辺には、大きく尖った波が押し寄せている。

千波湖の黒鳥と鯉
さっそく、9階の大浴場で一風呂を浴びる。
広い大浴場には人気なはく、一面のガラス窓には、太平洋がパノラマのように広がる。
広い湯船に、のびのびと足を伸ばし、大きく深呼吸をする。
今日、一日の旅は終わった。
風呂を出て、部屋に戻る。
海は果てしなく広く、陽光は翳り始めていた。
波頭も高く、波も大きくうねり、岩礁を洗う波の飛沫も激しさをます。
遠い昔、大己貴命(おおなむちのみこと)が降臨したと伝えられる、神磯の朱色の鳥居も、
波飛沫に洗われてる姿が、暗い海に、シルエットのように浮かび上がる。
窓辺の椅子に座り、冷蔵庫から、きんきんに冷えたビールをゴクリ!
風呂上りのビールは最高だ。

賑わいを増した園内
5時半から、ホテルのロビーで、鮟鱇の吊るし切りが見れる。
時間になって行ってみた。
16キロもある、大きな鮟鱇が、3本足の櫓に、口から吊るされている。
私達は正面に坐る。
やがて、案内役のホテルマン、そして、少し遅れて、副板長が登場。
板前さんの見事な包丁捌き、鮟鱇がすばやく解体され、骨だけになった。
鮟鱇鍋を食べるのも、今回の私達の旅の、目的の一つである。
去年、銚子に出かけたとき、残念至極、食べ損ねたのである。
3月は鮟鱇鍋の最後のチャンス。

千波湖
部屋に戻り、一休みの後、夕食は6時半。
時間に出かけると、すでに、大勢のお客様、ホールは一杯である。
自分の席に座り、運転役のママもやっとビールにありつけた。
私は大洗の地酒・月の井純米吟醸。
漁師町の酒にしては濃醇ではなく、すっきりとした旨酒。
静岡県・焼津の磯自慢のような濃醇・重厚な酒とは違う。
長手の皿の三点盛り、小柱、若布の酢の物、山葵豆腐の前菜。
深手の刺身皿には、まぐろ、ぶり、甘海老、いか、いくら。
真っ白な大根のつまに大葉をしいて、その上に盛り付けてある。
飾りには、赤と緑のとさか昆布。
あしらいに、菊の花。

水戸光圀公の銅像
固形燃料で焼かれた銅版の上には、納豆と豆腐の薄手の焼物。
火が通り始めると、微かに、納豆の芳ばしい香。
箸で切って、口の中へ。
納豆のぬるりとしたあたりに、豆腐の柔らかく、さくりとした食感が面白い。
少し薄味なので、刺身用の納豆醤油をさす。
すると、納豆が納豆の旨味を引き出すのか、濃く味がふくらみ、一味増すのが面白い。
そして、いさきの煮物、ほろ甘く、身もほろりと口の中へ。
淡白な白身が、煮汁に包まれ、上品な味わい。

初鰹と独活
やがて、待望の鮟鱇鍋も、ぐつぐつと煮立ち、土鍋から湯気が立ち上る。
あつあつの土鍋の蓋を開けると、閉じ込めていた蒸気が、一時にはじける。
神田須田町の「伊勢源」は醤油仕立て。
大洗の鮟鱇鍋は白味噌仕立て。
鮟鱇の七陳が、土鍋の中で踊っている。
アンコウの七つ道具、トモ(肝)、鰭、ヌノ(卵巣)、柳肉(身肉、ホホ肉)、水袋(胃)、鰓、皮。
白菜、ねぎ、椎茸、エノキ茸に抱かれながら、ことことと踊っている。
つるつるしこしこコラーゲン一杯の鮟鱇の皮や胃。
硬く尖った柳のような骨に付いた身を、箸で掴み、口でほぐすように食べる。
ころろつるりと食感も楽しい。

ホテルの前の大洗海岸
もっちりとした白身は、ずしりと重量感がある。
はふはふほくほく、口の中へ。
噛むと、ぽくりとほぐれ、柔らか。
ふかふかで、それでいて、そこはかとない旨味が口内を満たす。
地酒・月の井をぐびりとあおり、地物の肴・鮟鱇鍋は最高。
食事を終え部屋に戻る。
窓外に展開する太平洋は暗く、ホテルからの照射される照明で、海上の波が光る。
空にはくっきりと金色の丸い月が輝き、ゆったりと、寄せては帰す潮騒の音。
大洗の地酒・月の井を飲みながら、一日が終る。

鮟鱇の吊るし切り
7時頃、目が醒める。
海はどんよりとく青く光り、空には薄日がさす。
天気予報は雨だから、曇りでもありがたい。
食事は8時。
まだ、一風呂浴びる時間がある。
9階の大浴場はまばらだ。
一面のガラス窓の向こうには、太平洋の大海原が雄大に広がる。
ゆったりと足を伸ばす。
滅多に、この時間、起きる事のない生活。
早起きは、何か得をしたようで、爽快な気分。
今日は、食事のあと、ホテルの前の、磯前神社でお参りをして、ゆっくりと帰京しよう。

板前さんの見事な手捌き 落日の残照は茜色
8時から1時間、2階の食堂で、朝食のバイキング。
たっぷりと朝食を摂る。
そして、部屋に戻り、一休みして、10時にチェックアウト。
車で、磯前神社へ。
879年に完成した「文徳実録」によれば、斉衡3年(856年)12月に鎮座したとある。
国造りの神、医学の祖神(大己貴命(おおなむちのみこと)=大国主(おおくにぬし)を祀る。
そしてさらに、我々にも深く関係する、隣のひたちなか市にある、
酒造の酒列磯前神社(さかつら いそざき じんじゃ)とも結びつき崇敬を集める。
何時も、この神社に辿り着く時は、すでに薄暮だった。
大きな石の大鳥居を潜り、鬱蒼と茂る木々に囲まれた参道を上り切ると、駐車場がある。
この駐車場に、何回、車を停めたことだろう。
でも、何時も薄暗く、人気なく寂しい思いをした。
こんなに早い時間に来れて、何故か、ことのほかうれしい。
やはり、神社に漲る霊気は、早朝から昼時にかけて強く顕われるようだ。

磯前神社
古風な山門を潜り、手水舎で手と口を清める。
さすが、まだこの時間、境内には人気が無い。
本殿に進むと、中には、神官とお払いの中年とおぼしき夫婦が坐っていた。
神官がなにやら祝詞をあげている。
私達はお賽銭をあげ、拍手を打ち、一礼をする。
参道を戻り、急傾斜の階段の前に佇む。
はるか彼方、大洗の海が、薄日に照らされながら横たわる。

山門と拝殿
階段を下りて、道路を渡り、海岸に出る。
神磯の鳥居が、冷たく強い風に晒され、荒い飛沫を浴びている。
大洗の海の波涛が盛り上がり、岩礁で千路に飛び散る。
浜の石は、幾千年、繰り返す波で丸く、そして、平たく削り込まれている。
4年くらい前、この浜で貝殻を拾い、店に持ち帰った。
今日は丸い石、平たく反り返った石を持って帰ろう。
絶え間なく押し寄せる波が、浜を削り込むほどに強い。
浜を後にして、下りてきた階段を上る。

山門と急峻な階段
階段の傾斜は急峻。
途中で、ママは息切れ。
少し、踊り場で休む。
振り返れば、大洗の海が洋々と広がる。
そして、また階段を上り始める。
上りきった階段は92段。
境内に戻ると、観光客の一団が山門を潜っていた。

大洗の海岸
11時、磯前神社に別れを告げる。
これから、ゆっくりと、国道51号線を南下する。
海岸沿いに進む道は楽しい。
左手に、何処までも広がる太平洋。
彼方には、地図に書かれたままに、銚子の岬がおぼろげに霞む。
南下して1時間あまり、道の表示板に鹿嶋が現れた。
まだまだ、時間は十二分にある。
鹿島神宮へ寄ってみよう。
前回、行った時は、すでに、境内は真っ暗。
人気なく寂しい思いをした。
何時か出直して、鹿島神宮を、のんびりと散策しようと心に決めた。
今日は絶好のチャンス。

鹿島神宮の参道
程なくして、迷うこともなく到着した。
時間は12時半頃。
日差しは少し強くなり、穏やかな好日。
有料駐車場に車を停める。
境内へ続く参道は、閑散としている。
月曜のせいか、土産物屋や食堂も、締まったいるところが多い。

楼門と東郷平八郎揮毫の扁額
大きな石の鳥居から、真っ直ぐな参道。
綺麗な白砂の真ん中に,嵌め込まれた石の参道を進むと、
正面に、寛永11(1634)年、徳川頼房公が奉納した、朱色の楼門。、。
阿蘇神社、福岡県の箱崎宮と共に、「日本三大楼門」の一つと言われている。
潜り抜けると、境内に出る。
左手に社務所がある。
何人かの巫女さんが坐って、お札や御守りを売っている。
広い境内には、まばらな人でひっそりしている。
さらに進むと、宝物館がある。
ここには、日本一長い国宝の直刀(ふつのみたまのつるぎ)が展示されている。
武甕槌大神(たけみかつちのおおかみ)の御神刀と伝えられるこの刀、
刀身225cm、全身は270cmあるそうだ。
奈良か平安期の製作と伝えれている。
そして、鹿島神宮の正殿。
質実にして清楚、かつ簡潔。
そして、すっきりとして、無駄な飾りをすべて排した、日本社殿を表象している。
第二次世界大戦、ナチスの迫害を逃れて、高崎の井上房一朗の下に身を寄せた、
ドイツの建築家・ブルーノ・タウトが見たら、やはり、そこに日本建築の美を見出したであろう。

鹿島神宮の裏参道
社殿の前で、若者が呪文のように、真剣に祝詞を上げている。
しばらくして、若者は去り、私達も拝礼。
そして、そのすぐ後、年配の女性が真剣に合掌。
ここをお参りする人たちは、神様に向き合う姿勢が、尋常でなく熱いようだ。
静寂な境内を進むと、君が代に歌われる「さざれ石」があり、広い鹿園がある。
のんびり、たくさんの鹿たちが、大きな黒いつぶらな瞳で、何を見るともなく、寛いでいる。
鹿は神社には付き物、神様の使いでもある。
予定外の鹿島神宮の散策。
まだまだ時間にも余裕がある。
さらに、奥宮まで出かけることにした。

拝殿と奥宮への参道
200メートル位進むと、静かに、ひっそりと、奥宮があった。
徳川家康公が奉納した重要文化財。
煌びやかな飾りもなく、いたく質素な佇まい。
木々に囲まれて、静かに鎮座している。
さらに、奥宮の奥に、鬱蒼とした木立の中、裏参道が続く。
広い剥き出しの土の参道。
足裏に、懐かしい土の感触。
やはり、人間にとって、大地の温もりは、心を和ましてくれる。
真っ直ぐな参道は奥馬場とも呼ばれ、5月には流鏑馬の神事も行われる。
何百年もの風雪に耐えながら、生き抜いた樹叢から、木漏れ日が落ちる。

さざれいしと奥宮
参道にぽっかりと日溜り。
森閑とした、深い樹林のなかを進むと、「要石」があった。
土のなかに埋まり、ぽこっと、白い頭を出した、何の変哲もない石だが。
地震の元凶、大なまずの頭を押さえているといわれる霊石なのだ。
いくら掘っても堀り出せせないといわれ、「鹿島の七不思議」の一つでもある。
この先、まだまだ、たくさんの散策コースがありそうだが、道に迷うほどに鬱蒼としている。
来た道をぶらぶらと戻る。
参道の巨木を背景にして、木漏れ日を浴びながら、淡く消え入りそうに、薄き緑に咲く梅花。
可憐に咲く花を近づけて、香を嗅ぐと、妖艶な香が漂う。
水戸の偕楽園の典雅な白梅や紅梅とは異なる、寂しげに、日陰に咲く雅な梅花。

清楚に咲く、薄緑色の梅花
厳粛にして、清雅な樹叢の参道。
擦れ違う人もなく、森厳で霊妙な霊気を浴びながら、奥宮に戻る。
そして、茶店の脇の下り勾配の舗装道を下ると、茶店が2軒あった。
そして、そこには池があり、ゆったりと、鯉が遊泳していた。
大きな古木が、添え木に支えられながら、池の上を覆っている。
この池は「御手洗」、こんこんと湧き出る神水は尽きることもないと言う。
子供でも大人でも、この池に沐浴すれば、水面が、胸の高さ以上にはならない。
ここも「鹿島の七不思議」の一つでもある。
この池の霊泉で身体を清め、そして、神様に拝礼し、また、武芸に励むのだ。
茶店の縁台では、家族連れが、気持よさそうに、昼下がりの陽光を楽しんでいる。
時間はすでに3時。
私達の旅もここで完結。
東京へ着けば、大切な仕事が待っている。
今年は、熱海の梅園、湯島の梅園、そして、水戸の偕楽園で、梅見は完了した。