小さな旅&日記

根津神社のつつじ
2006.4.30(日)
   
根津神社のつつじは今が盛り。
たしか、一昨年出かけたときは、すでに遅しで、僅かの名残のつつじで寂しかった。
今年こそはと出かけてみた。
さすがに、昔ながら、下町の花見遊山。
大勢の見物客で溢れかえっていた。
屋台の店も、参道狭しと、犇きながら開店している。
テキヤのお兄さん、お姉の客引きの声。
賑やかでお祭り気分。
   
  
祭りには、やはり、テキヤの危うさ・怖さの粋の良さが似合う。
まずは、権現様へのご挨拶。
なんと、参拝の列が2列で連なっている。
我々も列の後ろへ。
10分ほどで最前列。
お賽銭を投げ入れ、参拝。
つつじの山は色とりどり。
傾き始めた、春の陽光を浴び、賑やかに、楽しそうに笑っている。
200円の入場券を払い、庭園の中へ。

日の出の雲 トコナツ(クルメツツジ) キリン(クルメツツジ) 月光の曲(クルメツツジ)
黄レンゲ(レンゲツツジ) 筑紫紅(クルメツツジ)
手入れの行き届いたつつじが、桃色、珠、黄色、白の様々な色で咲いている。
つつじの花に誘われながら、なだらかな上がり勾配散策の小道を進む。
小山の山頂から眺め渡せば、つつじ山の向こうに、権現さまの山門が見える。
つつじ山は、親子ずれ、若いカップル、初老の夫婦たちで和やかな雰囲気。
あちらこちらで、つつじを背に写真を撮っている。
花に包まれ、花に誘われ、花の風趣に酔うのは楽しい。
春から初夏への時の贈り物。
つつじの花は初夏への賛歌。
   

今年も   

城ヶ崎と大室山
2006.4.16(日)ー(月)

網代の料理屋から見た、網代漁港
日曜の朝早く起き、伊豆へ向かう。
早くといっても、家を出たのは11時は回っていた。
昨日までのぐずついた天気。
今日はどんよりとして少し肌寒い。
まあ、雨が降らないだけましだろう。
東名から厚木小田原道を通り、熱海ビーナスラインの美しい海岸線を、
我がおんぼろ車で疾風。
 
城ヶ崎海岸
相模湾は、何時もの煌めきもなく、薄墨を流したような群青。
空は、重く垂れ込めた灰白混じりの暗い雲おおう。
やがて、熱海で国道135号線に出る。
とろとろと海岸沿いの湾曲した道をひたすら進めば目的地には着く。
すでに、昼時は過ぎ、2時近く、網代に着く。
海岸沿いの料理屋で遅い昼食をとる。
  
リアス式の城ヶ崎の断崖絶壁 門脇吊り橋
日曜のこの時間、見晴らしの良い一階は満席。
二階のだだっ広い部屋に通される。
他にお客様は誰もいない。
窓からは、網代の漁港が見渡せる。
ママは刺身の定食。
私は天重にしめ鯖。
  
程なくして、料理は上がってきた。
さすが、網代だけあって、刺身は新鮮。
しかし、天麩羅の揚がりがいまいち。
衣は厚く、油の切れが悪い。
もともと、天麩羅は棒揚げで、花も咲かせない。
せめて、衣は薄めで、さくっと揚げて欲しい。
しめ鯖は、薄い昆布と酢の〆具合も良く、透き通るような光沢。
あとで分った事だが、旅行雑誌の特集で、網代で美味しい海鮮丼部門で2位の店だった。
  
食事を終えて、ゆっくりと目的地へ。
湾岸135号はなだらかにカーブ。
相模湾は穏やか。
海にはたくさんのサーファーが波乗りをしている。
遠くには、大きく湾曲しながら半島が海に突き出している。
道はだんだんと微かな登り。
小さなトンネルを幾つも越す。
この道、去年から今年にかけて、何回往復した事だろ。
伊豆の道は、何処もかしこも風光明媚。
海があり山があり花がある。
  
やがて、城ヶ崎の標識が見える。
すでに、時間は3時を回っていた。
遊覧船はもう間に合わない。
細い道の登りカーブ。
森の樹木も深く、新緑に色ずく。
木々の彼方に、広い海が広がる。
程なくして、城ヶ崎に到着。
駐車場には、県外のナンバーの車が、たくさんという程ではないが駐車していた。
  
ヒメユズリハの群落の中で 星野哲郎の歌碑
車を置いて、案内図を見る。
少し歩けば、吊り橋に出るようだ。
城ヶ崎に向かう門脇吊り橋。
海面から23メートルの高さに吊られた全長48メートルの橋。
押し寄せる波、引く波、群青の海面が躍っている。
橋は、風に、人の重さで、微かに、ゆらーっゆらーっと揺れている。
  
城ヶ崎展望台にて
橋を渡り終えると、大きな岩場に。
岩場には観光客がそぞろに。
私たちも岩場の鼻先へ。
相模湾に突き出た岩礁。
岩に砕け散る泡波と波飛沫。
下を見下ろせば、今にも吸い込まれるようで、ぞくぞくっと恐ろしくなる。
このまま飛び込んだら、人は死ぬのだなと、ふと変な妄想を起こすから不思議だ。
人間には、潜在的に、どこかに、自殺願望があるのかもしれない。
だから、あまり、危険なところには、近寄らない事に限るのだろう。
  
門脇吊り橋にて
岬のはるか先の岸壁にも人がいる。
海へ突き出した絶壁に、怖さ知らずにのりだしているみたいだ。
私たちも、崖ずたいの散策道を進む。
木々の幹は細く、あまり高くない、温暖な海辺の気候独特なヒメユズリハの群落を抜ける。
温暖な海辺に特有のこんもりとした、様々な木々の織り成すさまは楽しい。
何処からか、鳥の声が響く。
がさごそと、愛嬌のある尻尾を立てながら、野生のリスが枝から枝へリズミカルに渡る。
  
森を抜けると、遠くから見た岸壁。
私たちも、恐る恐る先端へ。
今来た道を振り返る。
知らず知らずのうちに、かなりの道のりを歩いたようだ。
長い年月、太平洋の荒波が削り取った岩は、垂直に海に迫り出している。
数え切れない程の歳月が、少しずつ少しずつ侵食して描き揚げた絶景。
雄大な自然の前に立つと、人間の存在の微小なことを思い知らされる。
人間は自然からの恵みによって生きている。
  
自然に対して、畏怖と尊崇と畏敬の気持を失った時、自然に逆襲される。
岸壁から、砕け散る激しい波音が聞こえる岩場に降りる。
海風は強く、波頭の彼方、広大な相模湾が広がり、うっすらと、大島の島影が見える。
太平洋に向かい、大きく息を吸い込み、シコをどすどすと、左右10回づつ踏みしめる。
大地を踏みしめる足の裏に、自然の霊力が伝わる。
やはり、人は、自分の足でしっかりと踏みしめ動かなければいけない。
遠くには、城ヶ崎の白亜の灯台が見える。
私たちは、下り勾配の散策道を歩く。
懐かしい、木々の霊気が、ミントのように身体を包み込む。
身体の中に蓄積した、様々な滓が、森の霊妙な精霊により洗い流されているようだ。
木々は新緑の装い。
海風は爽やかに吹き抜け、海は群青色で果てしなく無限の輝き。
門脇吊り橋を渡り、高さ24メートルの灯台に。
入場料は無料だった。
  
城ヶ崎灯台にて
狭く急な階段は結構きつい。
日頃、相撲のシコを踏み始めたせいか、今までになく、快調。
やはり、人間、何事も、まずは足腰。
ママはだいぶきついようで、途中で休み休みで何とか、最上階に到達。
やはり、旅行の良いところは、知らず知らずの内に、かなりの運動量をこなしてる事だ。
先ほどまでいた、城ヶ崎のリアス式の切り立った岩礁と入り組んだ奇岩群が遠くに見える。
悠久な時が創造した海と岩と空の絶景。
人間が安易に手を加えてはいけない。
自然はそれだけで美である。
 
港屋旅館から見た朝日
灯台を出る頃、日も傾き始めていた。
土産物の売店で山葵ソフトクリームを食べながら、駐車場へ。
三毛猫や黒ブチ猫やらの猫たちが、こちらを恨めしそうに見ている。
ソフトクリームをあげると、おっかなびっくり、警戒しながら近づいてきた。
やはり、食い気には負けたのだろう。
ぺろぺろと美味しそうに、そして、忙しなく食べている。
さて、これから、八幡野旅館へ向かわなければならない。
 
おご鯛の磯盛りとカサゴの空揚げ
旅館に着いたのは予定のチェックインぴったしの6時。
三階の部屋に。
窓からは相模湾が見渡せる。
まさに、旅館のうたい文句通り、「海が庭」
すぐ前には桟橋があり、漁船が何隻も船体を横たえている長閑な景色。
浜石のごろごろした磯の向こうには、富戸の岬が霞む。
海には日が落ち始めている。
夕暮れ時の漣が、沈みはじめた陽光にきらきらと照りかえる。
海の洛陽は何時見てもロマンチック。
  
遊覧船乗り場の堤防にて
屋上の広いパノラマの展望風呂にゆっくりと浸かる。
相模湾の彼方、大島がうっすらとかすみながらも、真正面に見える。
その右手には式根島が微かに消え入るように浮ぶ。
すでに、人気ない風呂で、私一人の眺望を楽しむ。
海上には日が落ち、黄金色に輝く様は、まさに、江戸時代琳派の輝き。
やがて、海の群青は暗く深い藍色に。
何時しか、海上の残光も消え、薄墨を流したような雲に覆われ始めた。
暗い海と重たく垂れ込めた雲が、はるか海の彼方で混じり合う。
桜が満開 入り江に停泊している漁船 遊覧船
心地よい旅の疲を癒せば、あとは食事。
程ほどの運動、そして、温泉が食欲増進作用。
部屋サービスされながらの食事のひと時。
熱きもの熱きうちに。
冷たきものは冷たいうち賞味が料理の基本。
丁寧に、料理が一つづつ運ばれてくる。
そして、さり気ない説明入りの親切は嬉しい。
  
遊覧船にて
刺身の磯森。
おご鯛、鯵、まぐろ、金目鯛などが、豪華に扇面皿に盛り付けてある。
蛸のサラダ。
いか、くらげ、カニの黄身酢和え。
金目鯛と筍と椎茸、枝豆のオーラデーズ風ソース。
甘鯛の黄金焼きの土筆の蒸し焼き。
さざえのつぼ焼き。
カサゴの空揚げ、ポン酢添え。
胡麻豆腐。
デザート。
カニの味噌汁、赤味噌仕立て。
ご飯。
  
遊覧船から見た、城ヶ崎海岸
食事を終わると、窓の外はまさに漆黒の世界。
窓を開け放てば、浜辺に打ち寄せる潮騒の音が、単調な調べを奏でる。
岸壁の小さな灯台の灯が力なく点滅する。
空には星が一つ、小さな豆粒ほどに輝く。
自然が繰り広げるはるかなロマンチックなドラマ。
旅をして、都会の喧騒を離れ、人は異郷にあって、自然に癒される。
静岡の酒「花の舞・純米・吟醸・生酒」を飲みながらのほろ酔い気分。
何時しか、星ひとつの寂しい空に煌々と満月が輝く。
海面には、月に照らされた光の道が一条、遙かなたに続く。
海上の光の道はきらきらとさざ波に揺れ、永遠の時を紡いでいる。
  
城ヶ崎海岸と門脇吊り橋
翌朝6時に起床。
早速、露天風呂へ。
やはり、風呂は貸切状態。
窓を開け放すと、朝風にのって、磯の香が心地よく香る。
浜の遠く、岬の陰影を濃く、さざ波は陽光にきらめき、空は高く晴れ上がっている。
両足を伸ばし、肩まで浸かり、胸いっぱいに深呼吸。
磯の香をいっぱいにのせた清涼な空気が、鼻から咽喉を通り、腹の中までしみいる。
眼前に広がる伊豆の島々。
波は穏やか、空の雲海も光の化粧。
  
城ヶ崎灯台
たっぷりの温泉とのまどろみ。
朝風呂を楽しみ、亭主の心のこもった朝食を済ませる。
9時前にはチェックアウトを済ませ、城ヶ崎の遊覧船へ。
まだまだ、のんびりとした135号線を伊東方面に戻り、富戸から城ヶ崎の船着場へ。
春うららの陽気に誘われるように、八重桜が見事に満開。
乗船券を購入し、急な勾配の階段を下り、入り江の細道を歩き桟橋に出る。
出航時間は10時。
今はまだ9時30分。
最近は、時間ぎりぎりに追われる事がなく、何時も余裕で嬉しい。
  
遊覧船にて
時間まで、堤防に登り日光浴。
真っ青な広い相模灘。
桟橋には、大破小破が打ち寄せる。
太陽も中天に輝き始め、灘の海面のゆらめきがきらきら輝く。
海風は優しく、太陽の暖かな陽光が身体を包み込む。
雄大な自然と悠久な時のシンフォニーは最高の安らぎ。
桟橋には、そぞろに観光客も集まってきた。
私たちも、船着場へ。
乗船が始まる。
  
遊覧船から見た、大室山
二階のタラップから乗船する。
私たちは部屋には入らず、外の甲板のデッキへ。
まもなく、どんどんどんとエンジン音。
とも綱が外され、船は入り江を旋回し、相模灘へ。
エメラルド色の入り江を抜けて進むにつれて、海の色は深い群青色に変わる。
海面を吹き渡る風を切りながら突き進む遊覧船。
白く泡立つ航跡を残しながら、船は大きく上下に揺れる。
左手には、霞みながらも、大きな大島が洋上に横たわる。
そして、伊豆の島々が遠望される。
  
大室山の景色
右手を見やれば、昨日歩いた城ヶ崎の奇岩と絶壁。
船はますます城ヶ崎に近づく。
白亜の灯台も優美な姿をみせる。
門脇吊り橋も見える。
波飛沫高い岸壁では、こちらに向かい手を振っている。
海にそそりたつ城ヶ崎の岩礁群と相模灘の繰り広げるドラマは圧巻。
岩場から眺める景色と、海上から眺望する景色のさまの違いは楽しい。
  
大室山にて
穏やかな波静かな相模灘。
伊豆の愛くるしく小高い山々。
大室山がぽっかりと中央に、えへんと偉そうに鎮座している。
山々は緑に芽吹き初夏の装い。
しかし、海を疾走する遊覧船の揺れは、想像以上に激しい。
上下動しながら沖に出て、船は来た航路を引き返す。
岸壁の灯台、吊り橋、岩礁を通り過ぎ元の入り江に着く。
所要時間30分ではあったが、なかなか見応えのある遊覧であった。
桟橋へ降りると、甘い磯の香が我々を迎えてくれる。
太陽はさらに輝きを増し始めている。
  
大室山のリフトから
さては、これから、海上から遠望した大室山へ。
狭い1車線の道をくねくねと進み少し広い道に出る。
行きあたりばったりの気ままドライブ。
道に迷うが感で進んで、伊豆鉄道の富戸駅の踏切を越し、なだらかな登り道。
何とか、、135号線に行きつく。
やがて、大室山の看板。
右にハンドルを切る。
さすがに名所。
観光バスが行き交う。
道のあちらこちら、右左に博物館が多いのに驚く。
そして、観光バスに引かれるようにして、大室山に到着。
  
サボテン公園やら大室山リフト乗り場やら、平日だと言うのに、観光客で混雑していた。
往復420円のリフト券を買ってリフトへ。
タイミングよく乗って、標高581メートル山頂へ4分ほどで到着。
海から吹き寄せる風は冷たい。
晴れていなければ、この服装では風をひきそうだ。
だんだんと、山頂は近づき、相模湾は遠く広がり、眼下の世界は、おもちゃ箱に小さい。
頂上につき展望台へ。
擂鉢のように抉られた山頂。
5000年前に噴火した噴火口跡には、アーチェリーの広場と小さな浅間神社。
なだらかに傾斜した、樹木もない殺風景な景色で、かろうじて、若草が薄く短く茂っている。
  
大室山からの眺望
山稜つたいに、道が登り勾配で続く。
足元ははるか下まで、急な山の斜面。
木も生えない、芝草に覆われた禿山。
足を踏み外せば、底なしで500メートル下まで転げ落ちる事になる。
想像するだけど、いささかぞっとするが、何もないかのように登るから不思議。
太陽は燦々と降り注ぎ、相模湾から吹く風は肌をさす。
八重桜咲く伊豆の小高い山々、洋上に浮ぶ伊豆七島。
初夏を迎える伊豆は穏やか。
 
大室山のお地蔵さん 大室山の山頂にて
道の頂上、そして下り坂。
とろとろと、海を背に坂を下る。
途中に観音様が4体鎮座していた。
長い間の歳月、風雪に晒されていたのだろう、目鼻立ちがぼやけている。
お賽銭をあげて、無心に手を合わせる。
遠くの山々、新緑の装い、八重桜が咲き誇り、山々が楽しそうに笑う。
リフト乗り場近くの売店で、伊豆名物の山葵ソフトクリ-を購入。
初夏の訪れを楽しみながら、まだ寒い風に吹かれながら、食べるぴり辛のソフトが美味しい。
 
一碧湖にて
下りのリフトで麓へ。
思わずの急斜面。
するすると降下。
新緑に芽吹く山々の向こうに、相模湾が何処までも青く、銀色に輝く雲海と空の澄み切った青。
我々の次の目的地、一碧湖も、山に静かに抱かれていた。
リフトは無事到着。
そして、なだらかな伊豆高原を爽やかに、薫風に吹かれながら、20分くらいで一碧湖に到着。
湖はひっそりとしていた。
湖岸の散策道を一周すると、1時間30分の湖畔散策道。
時間に余裕もないので、湖岸のベンチでしばしの休息。
一点の曇りない快晴なら、遠くには富士山の秀麗な姿。
湖面にには、天城連山を映し出し、「伊豆の瞳」と呼ばれるらしい。
月曜日の平日、湖上でボートを漕ぐ人もいず、湖は蒼く静謐。
やがて、空が急に掻き曇り怪しくなってきた。
土産物売り場の二階の食堂で遅い昼食をとる。
  
帰路、立ち寄った熱海。ツツジが満開
観光地なのだけれど、お店の人は親切で優しい。
料理は期待しなかったのだが、思いのほか美味しかったので嬉しい。
何処へ行っても、伊豆の人たちは、親切で穏やか。
暖かい心配りに触れることが多く、観光地特有のがさつさがなく、伊豆は楽しい。
伊豆の温暖な気候、穏やかな海、豊かな山の幸、海の幸がそんな人柄を育てるのだろう。
  
間寛一とお宮の銅像 お宮の松

東京タワー
2006.4.9(日)
 
今日はゆっくり起きて東京タワーへ。
昨日来店したお客様が、東京タワーへ久々に行ってきた話を聞き、なんとわなしに出かける。
東京タワーの下あたりで働いたり、食事をしたりはしたが、ついぞ、登った記憶はない。
東京で生まれて育っているのだから、きっと、何かのおりには、登っているのだろうが。
首都高ででくるりと、銀座線からお台場へ。
かなたに、東京湾 増上寺と名残の桜
ママさんがお世話になった病院も、今はお台場に引越し。
見違えるほどに綺麗になった病院の中をくるりと一回り。
二度と入院はしてもらいたくないが、お世話になった大切な病院。
どこか、ママは愛着のような、信頼関係のようなものを感じているのだろう。
お台場は知名度のわりに、面白いところ、美味しい食べ物屋があるわけでもない、意外と殺風景な場所。
レインボーブリッジを抜けて芝公園へ向かう。
  
近くに来ているのだが、不思議なことに、あのでかいタワーが見えない。
道を進めど何処にも見えないのは不思議だ。
サイドミラーに目をやる。
後ろ正面に、驚くほど大きな東京タワーが聳えたっていた。
来た道を戻り、慶応大学の前を通過すると、そこは東京タワー。
駐車場に車を止め中へ。
 
展望台への入場券¥850を払いエレーベーターへの列に並ぶ。
やはり、東京タワーは人気スポットなのだろう。
長い列が出来ていた。
並ぶ人たちの会話は様々な国の言葉。
外国からの観光客も多いのだろう。
エレベーターに乗り込む。
数秒で125メートルの展望台に着く。
 
見渡す東京のパノラマ。
青空の下、高層ビルがあちこちに屹立している。
はるか彼方には東京湾がエメラルド色に広がる。
灰色をおびた雲海は太陽に反射しながら、銀色に光りかがやく。
春靄にたなびく穏やかな春日。
澄み切った晴天なら、遠くには富士山が見えるはずなのだが。
東京タワーの下、以外にお墓が多いのに驚く。
展望台の喫茶店から
隣には、芝の増上寺もある。
芝公園の桜も、すでに名残の桜。
公園では、櫻見物やら桜の宴会で賑わっていた。
展望台でパノラマを楽しみながら、階段で階下へ。
一階下だけというのに、景色の見え方が違うようで可笑しい。
少しづつ日も傾き始め、空は黄金色に輝き始める。
朝昼夜、自然界の一日はまさに、太陽が織り成すドラマ。
  
展望台の喫茶店で休憩しながら、窓外に見渡す景色も美しい。
この東京の空の下、一千万人以上の人たちの人生の悲喜こもごも。
昔はこの東京タワーのような、おおきな東京の屋根の下、人々は肩を寄せ合い、助け合いながら生きてきた。
心と心を通わせながら、貧しいなりにも楽しく生きてきたもの。
高度経済成長、社会は豊かに繁栄した。
しかし、その代償として、社会は拡散し、人間の優しい心、思いやり、いたわりの心を失ってきたような気がする。
LOOK DOWNと書いてある。透き通しの床窓に立つ。意外にスリリング

千鳥が淵の夜桜
2006.4.2(日)
ぶらぶらと桜見物へ。
朝まで仕事してたので、起きるのは昼過ぎに。
ゆっくりと出かける。
途中、池袋のビックカメラで、パソコン用品を購入。
明治通りを下り、目白に向かう。
雑司が谷を過ぎ、神田川にかかる千登世橋、面影橋。
昔ながらの情緒ある名前には歴史のロマンを感じる。
川沿いには、見事な桜が咲き乱れる。
そぞろに歩く桜見物の人々。
車窓越しに見る薄桃色の桜は美しい。
やがて、車は目白の田中屋さんに到着。
店で使う、お酒とチーズを買い込む。
酒屋さんに行くと、ついつい楽しく、時間の経つのを忘れる。
あれやこれや財布任せに、ついつい余計に買いすぎる。
外に出れば、すでに、日は落ち始めている。
早く行かねば、椿山荘の桜が見れなくなる。
生憎、雨が降り始めてきた。
ホテルの駐車場に車を止め、中へ。
フォーシーズンから、椿山荘へ。
内庭の遠く、三重の塔がライトアップされ、金色に輝く。
雨にけむり、照明に照らし出された、満開の桜花の老樹が雨に霞み幻想的。
ホテルの喫茶店に入り、私はカプチーノを注文。
ママはブレンドとクロワッサンのハムサンド。
窓外には、遠くに噴水、そして、桜が雨に濡れながら妖艶な佇まい。
さて、これから、早稲田、飯田橋、そして九段へ。
すでに、すっかりと、街は夜の装い。
ネオンが輝き、街灯には火が灯る。
お堀沿い、インド大使館近くに車を止め、外へ。
微かに、雨模様。
お堀端の遊歩道、そぞろに歩く見物客。
雨降りの夜、まだまだ、大勢の人の数。
桜の回廊をぷらぷらと、人の流れに任せながら歩く。
時おり、桜の木から垂れ落ちる雫が、ぽたりと肌に冷たい。
街路灯に照らされた桜の花々は、匂い立つような華やぎ。
お堀に枝垂れ落ちる桜の老木は幽玄な面持ち。
漆黒の堀の水の上、散り落ちた桜花の絨毯が、微かに風に揺れ、薄桃色の漣。
色とりどり、白、薄桃、桃、黄色、薄紅の桜花。
みごと、絢爛、王朝の雅。
桜は日本人の魂の花。
桜が満開といえども、まだまだ夜気は冷たい。
すでに、時間は8時半を回っている。
桜花に誘われながら歩いた距離、どれ位あるのだろうか。
知らず知らずの間、私たちは結構な距離を歩いていたようだ。
まだ、道路向かいの靖国神社は明るい。
広く、人影も疎らな参道を進む。
そして、ママさんの戦死した叔父さんの冥福を祈る。
叔父さんは、生前、天皇家のお召し列車の運転士をしていたらしい。