春先、芝桜見物に出かけて、まだ、数ヶ月なのに、新しい店がかしこにオープン。 原っぱだったところに、巨大な複合ショッピングセンターも出没している。 ほんの僅かな期間だというのに、街道沿いの景色が一変しているのには、目を瞠る。 すでに、1時間半は経過したであろうか。 川越市街に到着。 去年立ち寄った酒屋で、お土産の芋焼酎と、自分が飲む、今晩の吟醸酒を購入。 そして、この酒屋には、工場直送の生ビールの量り売り、瓶詰がある。 瓶代300円、ビールを800ccつめてもらい、〆て800円なり。 ビールはタンクから唯今直詰め。 瓶もヒヤヒヤで霧がかって冷たそうる。 車に戻り、出発進行。 運転できない我、何時もに脳天気な気ままな旅。
柔らかいビロードのような泡の口当たり。 ほのかに麦芽の香。 口に含むと、深いホップのほろ苦さ。 窓外の麦畑は、風に吹かれ、遠くには、秩父の山稜が輝く。 開け放たれた、窓から、夏の野の風が、心地よく吹き込む。 夏の日を浴びながら、 グビッと飲むビールは、最高の美酒。
川辺には、たくさんの、キャンプのテントが張られている。 秋になれば、一面の紅、マンジュシャゲの見事な花園。 二年前に出掛けた時は、その燃える紅の花々の見事さに、圧倒された。 いよいよ、これから日高へ。 なだらかな山間の登り勾配の傾斜道をすすむ。
折り重なるように、小高い山々。 街道に沿い流れる川は、さらさらと清冽な音を微かに響かせ、遠くでは、山鳥の声。 昔ながらの街道を、山里を縫うように、蛇行しながらすすむ。 対向の車線は、何故かかなりの渋滞。 人間、やはり、意地悪な動物。 他人の不幸や切なさに、何処か快感を覚える自分が悲しい。 すでに、東京へのUターンが、始まっているのだろうか。 まだ、太陽は、山の上に輝く。 すでに、5時は過ぎている。 正丸峠の1.9キロあまりのトンネルを抜ける。 飯能市にさよならをし、秩父市に入る。 いっそう、緑は濃く、街道沿いの夏草は風に揺れる。 翳り始めた日差しの中、車は元気にエンジン音を響かせながら進む。 なだらかに登りの、緩い蛇行道を登りつめると、そこは横瀬。 今年の見た芝桜は、想像以上に美しかった。 帰りに寄った「美の山公園」 生憎の天気だったが、絶景のスポットだった。 快晴ならば、展望台から、関東の山々が、すべて、眺望できるはず。
今年は、秩父神社の夏祭り「川瀬祭り」に出かける予定だったのだが。 冬の夜祭、夏は川瀬祭り。 川瀬祭りは、川に神輿が入る勇壮な祭りだ。 勿論、町には、屋台や山車も出る。 冬が大人のお祭りならば、夏は子供のための祭りだそうな。 秩父人の朴訥で、熱い子供への心が伝わる。
車窓から吹き込む風も、べたついて、むせ返るようだ。 すでに、夏の日も落ち、薄暮の中、勇壮な武甲山の威容。 何時見ても、何処か、我われの心を、和ましてくれる山だ。 落ちる日に、武甲の山容が光、夏の雲が残照に輝く。 武甲山を背中に、抉り取られたように、深く流れる荒川に掛かる鉄橋を渡ると、そこは小鹿野町。 荒川に沿いながら進み、右に折れると、森閑とした、昔ながらの峠道。 急傾斜の道を、登って、そして、下った先に、ママの故郷がある。
山々には影がさし、緑は深く濃く、薄暮の黄昏。 遠くで、微かに、ヒグラシの蝉の声が、悲しげに、消え入りそうに響く。 それにしても、ヒグラシの数の少ない事。 かつては、山の彼方から、煩いほどの、ヒグラシの声の大合唱だった。 やはり、自然界にも、ひしひしと、異変が起っているのだろか。 山と緑に抱かれた、ママの実家はすぐそこに。 今年こそは、あまり、飲みすぎず、程ほどに。 大人の綺麗な酒を楽しむ事にしよう。
朝、8時過ぎに目がさめる。 酒さえ飲みすぎなければ、朝の目覚めは早い。 秩父の朝は爽やかで涼しい。 夜、、部屋の中、冷房など入れなくても、夏蒲団では寒いほど。 早速、歯を磨いて、髭を剃る。 昼夜の逆転した毎日を送る東京の生活。 早起きは、何か得をしたようで、善行をつんだような気になる。 居間に出かければ、すでに、朝食の用意。 熱闘甲子園でも観戦しながらの食事。 朝ごはん、ましてや、昼ご飯さえ食べない事も多い我、朝ごはんが美味い。 朝の味噌汁、漬物、サラダ、焼き魚。 外食ばかりで、滅多に食べる事のない家庭料理には、心の温もりがあるからから嬉しい。
近くの夕霧沢を渡ると、町村合併の前には、荒川村の標識があった。 今は秩父市に合併されている。 太陽の日差しは強く、山々を照らし始めた。 深い木々に包まれた道、ひんやりと冷たい朝の冷気が心地よい。 蝉の声も、ミーンミーンミーンと、遠くで鳴き響く。 街道沿いには、夏の草花が色とりどりの華やかさ。 小さな山里の集落。 そこは、昔からの鉱泉郷、柴原鉱泉がある。
「柳屋旅館」の昔からの、木造3階建ての建物には風情がある。 私が、最初に泊まったときから、20年以上は経過しているだろうか。 何十年の歳月に耐え、大切に、磨かれ、手入れをされていた建物には、風雪の重さ、歴史の深さを感じたもの。 でも、その辺りを最後に、「柳家旅館」の旧館は現役を退いたようだ。 外から見ても、今は、廃墟のようで寂しい佇まい。 日本建築の良さを理解し、そして、日本の文化を大切に感じる心が、薄れ始めているのだろう。 何時の日か、この建物の復活の日が来る事を、楽しみにしていよう。 日本全国、津々浦々、このような建物が、たくさん、存在するのであろう。 たしかに、古い日本建築旅館は、今の若者には、使い勝手が悪く、不便で、不気味な気配もあるかもしれない。 でも、近代建築による旅館やホテルにはない、木肌の温もりのある日本建築の心は、我々の遺伝子に組み込まれている。 そこに泊まれば、体の細胞が、芯から癒されるはずだ。 来た道をもどり、居間で一休みの後、お昼過ぎ、「薬師の湯」へ出かける。 小鹿野の市街地を抜け、両神村へ。 去年は、両神山荘まで出かけた。 山荘までの道々、あまりの山間の険しさと深さに深い驚き。 人間の生命力、生活力に感動さえ覚えた地。 その、入り口にある両神村の中心から、少し入ったところに、「両神温泉・薬師の湯」があった。 ゆっくり、温泉に浸りながら、この半年のリフレッシュをしよう。 600円の入湯料を払い中へ。 広い板敷きの廊下の先に温泉はあった。 早速身体を洗い、温泉へ。 湯は柔らかく、さらさら、つるりとして気持が良い。 頭から温泉をかぶる。 フッ素イオン、メタオウ酸の泉質。 何処か、柔らかいハーブの香。 たちのぼる湯には、深い森の苔の香、微かなミントのささやき。 足をゆったりと伸ばしながら、広い一面のガラス越しに、両神村の鄙びた山里の風景が広がる。 湯あたりしないほどに、休みながら、水を被りながらの温泉三昧。 日本の山里の景色は美しい。 ただ、ガラス越しに見えるのは、小高い、こんもりした、日本の何処にでもある風景。 何を考えるでもなく、ただ漫然と見る景色の内に、日本の里の情景の心がある。 今日は旧お盆。 さぞかし、温泉は混雑しているのだろうと覚悟してきたのだが。 意外にも、空いているので、ゆったり、のんびりの温泉浴を楽しむ。
窓外の両神のパノラマは、夏の強い日差しが、まだまだ輝いている。 空には、もくもくと大きな入道雲が銀灰色に輝き、抜けるように真っ青な空とのコントラスト。 山々は変化にとんだ緑の交響曲。 体に溜まった都会の半年の滓や毒素が、すべて洗い流されたようで気持が良い。 十二分に、薬師の湯は堪能した。 はてさて、待ち合わせの時間までは余裕がある。 大広間で、生ビールでも飲み、一休みしよう。 やがて、約束の時間。 玄関には、ママたちが迎えにきていた。 いまだ、快晴。 近くにある薬師堂に寄り道。 秩父13仏の一つらしい。 200メートル足らずで到着した。 飾り気のない、ほのぼのとした、古い歴史を感じさせる山門。 両脇には、木の格子越しに、金色に目をむいた、逞しい像がそれぞれ一体づつ。 この薬師様が、目に効く尾薬師様というのも頷ける。 山門を潜って中へ。 手水場で手を清め、お堂の階段を登る。 何百年の時の流れを感じさせる木造のお堂。 ガラーン、ガラーンと綱を引けば、静かな境内の静寂を破るように、低くこだまする。 お賽銭を投げ入れ、何を祈るでもなく、手をあわせる。 無心に手を合わせる。 都合のよい時、都合のよい場所で、都合のよい祈りごとをするのは、あまりにも勝手すぎる。 でも、それが許される、おおらかさを持っているところが、日本の神・仏様の素敵なところ。 お堂の、木の木目がくっきりと浮き出た回廊を一回り。 境内を渡る風が、堂宇を爽やかに通り抜ける。 風に乗って、里山の草木の香をのせて渡り来る風。 子供の頃、母親の実家、新潟で吸って嗅いだ、あの香を思い出す。 古き良き日本の里の匂い。 両神村の澄んだ空気は美味しい。
木々の緑は深く、道は蛇行しながら進む。 山の木々の深さのなか、蝉の声が近く遠くに響く。 道はくねくねと、秩父鉄道・三峰口方面へ進む。 小さなトンネルを抜けると、いよいよ、三峰口に近づく。 叢林の向こうに空が開く。 はるか彼方、眼下に、集落が見える。 三峰神社と秩父を結ぶ街道に出た。 荒川の深い渓流沿いの街道を進むと、柴原鉱泉に続く道の大きな鳥居に。 この赤鳥居を潜り、一車線の細い山道を登り、下るとそこは柴原鉱泉。 さらに、少し行くと、ママの実家、長留がある。
バーベキューと花火大会。 すでに、ガレージの車は退去。 実家のお兄さんが手作りの焼き台をセット。 シートには座布団とテーブル。 日も暮れて、外の熱気も冷め、だんだんと空気も落ち着いてきた。 バーベキュー台の炭も、真赤に焼け始めた。 秩父夜祭・本町「ぎり回し」役の昌志さんが、大量の酒と、貴重なホルモンを用意。 去年、夜祭で最高の観覧席を提供してくれた、「あさひ診療所」の院長・堀さんは大量の花火の持込。 昔からの付き合いの浅草橋で、ダンボール一杯買い込んできたみたいだ。 台所からは、次々と焼肉の材料。 焼き役は、お兄さんと息子の勇也さん。 私は、軽く、ゴミの処理や焼きあがった料理の手渡し。 勿論、食べて飲むのは、得意中の得意だ。
お兄さん手作りの特性のタレに、たっぷりと、肉を付けて、ハフハフしながら食べる焼肉は格別。 あたり一面、バーベキューの、甘ったるい煙が広がり、もうもうたる風情。 夜も更け、灯りをともす。 でも、不思議な事に、照らされた照明に、虫が集まってこないの如何した事か。 昔、バーベキューをしたと時、カブトムシや蝉、招かれざる蛾や、様々な虫たちの乱舞。 灯りに誘われて、ウジャウジャ飛び交ったもの。 やはり、奥秩父の山里にも、様々な、生態系の変化が起っているのだろうか。
数え切れない程の星々が青く輝く。 これからが、一大イベント、恒例の花火大会。 お祭り男の昌志さんと堀院長の真骨頂。 ダンボール一杯の花火に次々と点火。 バーン!バーン!バーン!と、夜空に、打ち上げ花火の極彩色の花が咲く。 夏の夜の宴の主役は、やはり、夜空に咲く大輪の花火。 月と星が煌めく、高い漆黒の夜空に打ちあがる、花火の饗宴は、行く夏への賛歌。
綱に張られた、数え切れない程の花火に、一気に、堀さんが手早く点火。 若いときから、ボランティア活動で鍛えただけの事はある。 手際は見事で無駄がない。 バチバチバチバチと点火された花火が、一斉に輝き、さながら、光の滝の協奏曲。 あたり一面に、煙を吐き出しながら、花火の花の鮮烈な輝き。 森閑とした空気を、一気に、幻想の世界に誘う。 幾つになっても、花火と戯れると、人は童心に帰る。 そんな魔力が花火にはきっとあるのだろう。 様々な花火を、それぞれ、思いのまま、手に取る。 そして、火を点け、瞬時に輝く光の世界に遊ぶのは、幾つになっても楽しいもの。
さて、これからは、今宵の仕上げのカラオケ大会。 夕方から始めて、すでに、時間は11時を過ぎているのだろうか。 お兄さんの拘りのカラオケルーム。 大きな高性能のスピーカーにカラオケセット。 殆どの新曲も完備している。 さらに、バーコーナーもあるから嬉しい。 それぞれ、好きな酒を手に手に、カラオケ大会が始まる。
まずは、トップバッターは、ホスト役でお疲れの兄さんから。 本格派の演歌。 特に、五木ひろしの哀調は、何時聞いてもさすがの一言。 次々に、マイクが渡され、私も、ママのリクエストでアンルイスの曲など。 カラオケは、1年に一度か二度、あるかなきか。 それでも、点数が93点も出たのには吃驚! きっと、機械が間違えたのだろう。 相変わらず、堀さんはレパートリーが広い。 私の知らない曲をたくさん歌っていた。
高音域の声の響きには、何時もながら感心。 きっと、医学部時代、そして、研修医、大学の勤務医時代、先輩に鍛えられたのだろう。 医者の世界の宴会、先輩後輩、年功序列で体育界的だ。 それに、きっと、賑やかで、楽しい、宴席やお祭りが、性格的に好きなのだろう。 ママと私のデュエット、秩父の兄さん夫妻のデュエットありで、カラオケ大会は大盛況。 何時もなら、最後の最後まで、尽きることなく飲み続けるところだが、今日はさくっと退去する。 昼間の温泉と、バーべキューとたくさんのお酒。 そして、秩父の美味しい空気と、あたたかい秩父の人情。 今日はぐっすりと眠れる事だろう。 明日は、秩父を離れて、東京へ。 リフレッシュした体と心。 後半戦、頑張って、実りある一年で締めくくろう。 |