小さな旅&日記


中野ブロードウェイ・純喫茶「クラシッック」
2/26<土>

新聞を読んでいたら、夏目房之介さんが中野の喫茶「クラシック」のことを書いていた。
現在の中野サンプラザの位置に、中野刑務所が高い高い石塀に取り囲まれて存在していた頃の話。
場所は中野ブロードウェイを入ってすぐ左手の路地を入って左にあった。
夏目さんが通っていたと同じ頃、私も時々顔を出してた記憶がある。
1967年ごろは、すでに階段は傾ぎ、中二階へあがると、ギシギシミシミシッと崩れ落ちそうな音がする。
勿論、手すりもグラグラ微妙に揺れるから、誰も絶対に触れない。

壁には、埃だらけの大きな柱時計が掛けられていた。
クッションの悪い小さな椅子と古ぼけたテーブル。
そして不味いコーヒーを啜りながら、二時間や三時間はざらで、
クラッシック音楽を聞きながらの読書や居眠り。
コーヒー一杯の値段は八十円とやけに安かった。

すでに、サイフォンやペーパーフィルターも登場し、本格派の喫茶店も続々オープンし始めていた。
値段も本格派だけあって倍近くして学生の分際にはちと高い。
阿佐ヶ谷には、本格派のコーヒー店「ポエム」もひっそりと小さな店を構え始め、
通いつけた漫画家・永島慎二の漫画にも描かれた。
やがて、「ポエム」は一大チェーンを展開し始め、「珈琲館」も誕生し、チェーン店が華やかにオープン。

新宿には世界中からやって来た、俗に言われるヒッピー族の溜まり場「風月堂」があり、
店内は、煙草の紫煙で、二メートル先も曇るほどの猛烈さだった。
喧喧諤諤、芸術論やら政治論争で疲れた時は、道路を挟んで対面の喫茶店「らんぶる」へ。
奥の部屋のどでかいスピーカーの前に、ドカッと深く座ってクラシックの鑑賞兼居眠り。
まだ、純喫茶「滝沢」は一軒しかなかった。

そして、夜中には懐かしのゴーゴークラブ。
歌舞伎町には「マックス」ベトナム帰りの黒人がたむろする「チェック」
大久保方面には「ノアノア」
朝までみんなで踊り明かしていたもの。
疲れた時は、新宿フルーツパーラー高野の近くにあった喫茶「プランタン」
駅近くの「マイアミ」で、朝まで時間つぶし。

ここは、十二時を過ぎると、コーヒー以外に、何か一品食事をとらねばならなかった。
コーヒーも不味くて高いのだから堪忍してよと言いたくなるが我慢。
さらに輪おかけて不味くて高い食事は、それはねーだろって思いながらも仕方なく注文。
なお腹立たしいのは、少しでもウトウトすると、ご丁寧にも起こしに来るから癇に障る。
ゴーゴークラブは無くなったのはもとより、多くの喫茶店は潰れた。
中野の「クラシック」あれからもだいぶ頑張ったようだが、勿論今は無し。

でも、日本は高度成長に向かい元気になりだした頃。
まだまだ新宿の街ものんびりしていた。
「クラシック」が、もし現在も存在していたら、危険極まりなく不潔な店として、
マスコミで叩かれ、強烈な社会的な制裁を加えられるかもしれない。
現代はなんとも怖い、幼稚な時代に向かっているような気がする。

映画と落語の楽しい一日
2005.2.13<日>

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今日は下北沢のシネマ・アートンまで出かけねばならない。
シナリオ・ライター井上たかしさんの自主制作映画「LIVE SHOW」の上映会がある。
この前、劇団「ポツドール」の芝居を観に下北沢に来たのは、去年の夏ごろか。
昔の下北沢を知ってるものには、今の賑わいは嘘のようだ。
駅前には丸井デパートがあり、線路向こうには、映画館のオデオン座が一軒あったくらい。
あとは、線路沿いにへばりつくように、スナックやらバーやら小さな飲み屋が密集していた。
そして、私達には少し格式の高いジャズ喫茶「まさこ」があった。

勿論、文化的で芸術の香りのする劇場なんて、夢のまた夢。
今は本田劇場は勿論のこと、小劇場やらライブハウスが犇き、若者の街、芸術の街に変貌している。
地図を頼りに、目的地まで三時までに行かねばならない。
早く出てきたつもりだが、やはり今回も時間一杯になりそうだ。
途中で、お客さまの今井さんに会う。
妹さんと一緒に観に来てくれたようだ。
パンフレットをあげたら、ちゃんと観に来てくれるのだから嬉しいかぎり。
こんな時、すごく人を信じられる気持、すこしハートがじんと来る。

目的地に到着。
なんと、シネマ・アートンって、「すずなり劇場」の隣だったのだ。
無料とはいえ、受付に女性が何人もいて、パンフとアンケート用紙を貰い階段を上る。
狭い2階のロビーは人でごった返している。
なかのホールに入るとすでにほとんど座席は塞がっていた。
私とママはかろうじて残っていた座席に別々に着席。
偶然にも「サンズマーケット」のボーカル・謙吾さんにばったり。
昨年の怪我のことを聞いたら、一ヶ月も入院していたようだ。

でも、みんなから聞いていたよりは酷くなくて、今は完治しているようで一安心。
開演のブザーがなる。
制作スタッフが壇上に上がり、紹介と挨拶が始まる。
何となく照れくさそうで、本当に手作りの映画なんだなと実感する。
場内のライトは落ち映画が始まる。
知っている人が作った映画だと思うと、何故かドキドキ、ハラハラ、ワクワクするのが可笑しい。
映画は構成もしっかりして、きちっと出来上がっている。

上映時間は39分、あっという間に過ぎてしまった。
それだけ、作品が充実していたと言うことだろう。
観る者も制作するものも一体となったこの狭い劇場空間、若者たちの熱い鼓動が伝わるようだ。
今は多くの若者達が彼方此方で、自主制作映画を作り上映している。
映画を作る者が、限られた一部の映画人だけではなく、
映画好きの若者達が自主制作映画を作り、映画の裾野を広げているのは嬉しい限り。
やがては、この中から、未来の大監督が誕生するのも、決して夢ではないだろう。

私達の本日の第一部が終わった。
劇場をあとにして、何処かで食事でもと捜すのだが、以外にこれという食べ物屋がない。
取り敢えずは、鮨好きのママに合わせて、回転すしの「天下寿司」へ。
一皿120円だがネタも新鮮で旬の握りも結構豊富。
生ビールでもグビリといきたいところだが、これから落語を聞きに日本橋まで行かねばならない。
私は六枚、これでも何時もよりは多い枚数。

隣のママは皿が結構積みあがっているから驚き。
何枚かはママ本人に、機会があったら聞いて下さい。
寿司屋を出て、いよいよ日本橋まで出かけねば。
小田急線と地下鉄を乗り継ぎ、日本橋三越前まで。
駅を出て五分もしない所に「お江戸日本橋亭」はあった。

今日は日曜、ビル街はすでに暗くひっそりしていて物寂しい。
まだ、開演までには30分はある。
何処か喫茶店でもないかなと捜せど、日曜のせいかまったく在る気配なし。
角の「プロント」も閉まっている。
万事休すと思いきや、「ジョナサン」があった。
やっとの小休止ができる。

本当はコーヒーを飲みたいのだが、できれば美味しいやつが飲みたい。
まー今日のところは諦めて、バニラ・アイスクリームにしよう。
ママも不思議なことに、チョコレート・パフェなんぞを食べている。
もう開演まで時間がない。
「ジョナサン」を急いで退店。
席亭の回りも華やいできた。

入り口近くで、今日の花形三遊亭あしかちゃんとばったり。
粋に着物を着流し、さすが噺家、きまってる。
後ろには大きな和歌の山関を従えている。
私とママは関取を紹介され記念写真をパチリ。
会場は大いに賑わっていて、ほとんど満席。
いよいよ落語が始まる。
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まずは前座、大きな身体の三遊亭小まささん。
ヒョウヒョウトしてぎこちなさのなかに愛くるしさがあってなかなかよろしい。

二番手は林家彦丸さん。
黒々とした頭をポマードで固めたように、ビシッとオールバッで決めている。
黒服を着て店に出れば、ホストでも勤まりそうで、なかなか色気が在る。
落語は「権助提灯」
声にも張りがあり、しっかりと語り好感が持てる。
そして紅一点、三遊亭小円歌さん。

三味線を小脇に抱えて登場。
本人も曰く、かつては宝塚に間違えられたものと言うように、
すらりとして小股が切れ上がった辰巳芸者の様とは少し言いすぎか。
緩急をつけ、達者な喋りとユーうモア、辛口の楽屋落ちのネタ話。
席亭は爆笑の渦だ。

あんなにも先輩諸氏を、面白おかしくおちょくってもよいものかと、こちらが心配するほど強烈なジョーク。
やはり、笑いと人情が売りの落語界、きっと洒落で通るのだろう。
厳しい芸道の中にも、ぎちぎちせこせこ細かいことは捨てておける、優しい人情の世界なのだろう。
テンポといいリズムといいとても小気味良く切れ味も鋭く、それでいて話に毒がない。

そしていよいよ本日のトリ、三遊亭あし歌ちゃんの登場。
演目は「品川心中」
あし歌ちゃんがしゃなりしゃなり現れた。
枕で軽く交わしながら本題へ。
さすが、自分にあった演目を選ぶもの。
そつなくこなして一話は終わり休憩。
席亭はギッシとうまり満席。
ママは休憩室に。

私は別にすることもないので、何を見ることもなく辺りに眼をやる。
和歌の山関はニコニコしながら周りの人と歓談している。
強面そうだが明るくて好人物のようだ。
かつて、私の店に来ていたお客様の親父さんが、武蔵川部屋のたにまちをしていたので、
武蔵川部屋の関取の話は結構聴いていた。
武蔵丸が優勝して祝いの限定焼酎も一升瓶で貰い飲んだもの。

武蔵丸のハワイの親父さんの畑で獲れたキャッサバ芋を、
鹿児島の焼酎メーカーが仕込んだ焼酎「横綱の涙」。
サツマイモとはまた違った味わいの、柔らかくてふくよかで、ほのかに甘味を感じさせる旨酒だ。
武蔵川部屋の何時も聞く話しは、武蔵丸を筆頭に皆好人物で、
好感が持てるような感じだったが、今日で納得。
休憩も終わり最後の演目「紙入れ」が始まる。
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着物も羽織もピンクに替えて、一段と色っぽさが引き立つ。
あし歌ちゃん、なかなか快調に淀みなく話はすすむ。
大店の間抜けでお人よし旦那と浮気者の女将。
女将にかどわかされた取引先の気の好い間男の色話。
声にも艶があり響きもあって、気持ちよく話しが聞けて楽しい。
落語ってやっぱし楽しくて面白い。
そして、古典落語は好く出来ているなと感心しきり。

永い時間と時代の波にのまれれこともなく、厳しい取捨選択の嵐にも挫けず、
生き残り磨かれてきたものの素晴らしさが古典にはある。
二時間余りの時はあっという間に過ぎ去った。
楽しく心地よい時は光陰の如く過ぎ去る。
あし歌ちゃんに打ち上げに誘われたが、今日のところは辞して帰路へ。
本当のところは、私一人でもお供したいところだが、ママと一緒だし、
これから行くところも決まっているので、此処で別れることにした。