小さな旅&日記

とうとう食べたね、グサーノ・ロホ'
04.3.12

上の写真
左より、謎のSEマタさん、メスカルを飲み干す主役田中さん、
思い出のジョニ赤をグビッ、タケちゃん。
上手に隠れたTOIECの天才、990ホルダーの超有名人と、
ポートワインをガツーッと大阪のゲンちゃん。

GUSANO ROJOーグサーノ・ロホは、メスカルで
マゲイ(植物学者のリンネはアガベと命名)は、
日本名で竜舌蘭を100%原料にする。
アルコール強度は38%。
一時製造中止になっていたが、最近復活したのは嬉しい限りだ。


グサーノ・ロホとは、竜舌蘭につく赤虫。
手前の赤い袋は、赤虫が竜舌蘭に残した排泄物が、メキシコのギラギラ輝く太陽に焼かれ、
干からびて、塩のようになったもの。
このエキスを舐めながら、ライムやレモンを齧りながら、
メスカルやテキーラをグビグビやると最高と言われている。
ワンショット45cc・・・・・・・・・¥800

「マスター、妹が言うんだけど、僕みたいな濃い顔は流行らないんだって。今時は、ソース顔がいけてるんだそうだ」
「酷いこと言うね。僕は田中さん、いけてると思うけど」
タケちゃんが、「マスター、田中さんに、誰か良い人いない?」
「僕が心配しなくても大丈夫ですよ」
「それが、大丈夫じゃないから、困っちゃうの。何か名案ないですかね」
「名案ね」
「マスター、頼みますよ。出来れば結婚したいですね」
「田中さん、こんなのはどうでしょうか。」
「何ですか?」
「メスカルのグサーノ・ロホを飲み、最期に残った赤虫を食べる」
「メスカルって何ですか」
「テキーらはハリスコ洲テキーラ村など、決められたところで造れたものだけを言い、
それ以外のものはメスカルといわれる訳。まあ、味はほとんど同じだから」
「何処にありますか?」
私は棚から取り出し、「これですよ、ほら、底に一匹虫がいるでしょ」
「ほんとだ、干からびた芋虫みたいな奴がいますね」
タケちゃん、「酒もあとわずかだね。田中さん、今日いっきに行きますか」
「いってもいいけど、食べるとどうなるの?」
「そこさ、問題は。最期に残った赤虫を食べると、幸運が訪れると言い伝えられてるのよ」
田中さん、タケちゃん、ちょっとマジに。

「昔、この話しを聞いた、鹿野さん、来る度に、毎回グビグビ飲んで飲みきって、最期にガツッ、グビッてやったね。
そしたら、6ヵ月後に、効果てき面。私の店に、彼女を連れてきた」
「ほんとうですか、マスター」
「私は、その6カ月語、2人の結婚披露宴の司会をしたのだから、本当さ」
居合わせた隣の大阪出身のゲンちゃん、「それは凄いことに成ってますね。
「それからが、さらに凄いの。結婚した2人が、或る日の事、早い時間に店に、お礼の挨拶にやってきた」
興味津々のタケちゃん、「そしたて、どうなったの?」
「その時、シノちゃんが現れ、アツアツ新婚ホヤホヤの鹿野さん夫妻に出っくわした」
「マスター、今日は散々、何か良いことないですか」
「どうしたのさ、シノちゃん」
「今日、デートしたんだけど、全然駄目、落ち込みますよ。パッといける酒、ください」
すると、幸せ一杯の鹿野さん、「マスター、アレですよ。彼に一杯奢ります」
「良い考えだね、いきましょうか」
「何ですか、それは」

鹿野さんは、グサーノ・ロホを飲んだことと、その後の幸せな経緯を、細かくシノちゃんに説明。
「マスター、いきますよ、グイグイいきますよ、今日から」
「まだ、だいぶあるよね、大丈夫?」
シノちゃん、大学の強豪ラクビー部の元レギュラー選手。
何回かで、あっという間に空けてしまった。
さすがお見事の一語。
「マスター、いきますよ。噛んで、飲めばいいんですね」
シノちゃん、グビリッといっきに噛んで飲み込んだ」
居合わせた一堂、拍手喝采。
「シノやったね、早かったね」

そして、やはり6カ月。
綺麗な女性と同伴でやってきた。
「マスター、あの話、本当ですね。僕の彼女です。スポーツ・インストラクターをやってます」
やがて、阪神大震災。
「マスター、長い間、お世話になりました。僕らは、神戸に帰って、結婚するつもりです」
「帰っちゃうんだ、寂しいね。でも、地元だし、何時かは親父さんの会社を継がなければいけないわけだし」
そして、神戸に帰り、結婚。
今は2児のパパ、年賀状には家族の幸せな写真が印刷してある。
勿論、鹿野さんも、今は3児のパパ、幸せな毎日。

田中さん、「マスター、6ヶ月ですか」
「今まで、失敗したためしがないですから」
ママさん、「女性も一人いたね、マスター」
「そうそう、シノちゃんが連れてきたね。会社の同僚の女性を」
ままさん、「赤虫の話をシノちゃんがしたの。そしたら、私も飲むって言うの」
「私は言ったね。まだ女性は経験してないから、未知数」
「それから、彼女は来るたびに飲むの。そして、時間は掛かったが、とうとう飲みきり、赤虫をゴクリ、凄かったね」
大阪のゲンちゃん、「それから、どうなったの?」
2年ぐらい経ってから、やはり結婚して幸せなそうだ。
田中さん、「マスター、6ヶ月ですね」
「そう、、6ヶ月です」
はたして、6ヶ月後の田中さん、楽しみですね。


3/15<月>
2月、柳瀬さんが、会社の旅行で四国の松山に行く途中、
飛行機の中から見た富士山があまりにも、
素晴らしかったので、機上から思わずデジカメでパチリ!
私の悲しい話しを聞いて、さっそく送ってきてくれました。
次回は是非とも、、キラキラと陽光に照らし出された、
神々しい霊山富士を眺めてみたいもの。

まだ見ず、幻の富士山
3/1<月>

2月21日(土)、春日がさし、静岡はとても暖か。
静岡市内の上足洗いの広い居間のソファーに座っていると、昨日から一睡もしてないせいか、
気持ちよさに誘われて、ついついウトウトとまどろんでしまう。
やがて、法要が始まる、私達も着替えねば。
お坊さんが見え、法事も型通り無事済む。
最近は、とんと正座をする事もないせいか、すぐに膝が痛くなり、
我ながら、情けなくなる事しきり。
やがて、近くの料理屋で精進落し、食事へ出かける段取り。
その間しばし雑談「静岡に来たのだから、何処からでも、
どでかい富士山を見れるのかなと思ったのですが、なかなかお目にかかれないものすね」

家の主「そうなの、静岡に来る人は、何処からでも、富士が眺められると思っているけど、
まったく見れない時も、珍しいことじゃないのよ。
取り敢えずは、二階の奥の窓から見られなければ、その日はやばいね」
その部屋は、私達が着替えた場所。
平服に着替える折、ガラッと窓を開け放して、遠くを見るが、まったく影形なし、
はるか彼方はうっすらと春かすみのように霞んでいる。
今日は、富士山を見るのは駄目かもしれないなと不安がよぎる。
料理屋に三々五々、うららかな陽をうけながら、故人のとりとめのない話しでもしながらでかける。

門構えのしっかりした日本料理屋さんだ。
トコトコと階段を上ると大きな間口の玄関に出る。
受付の仲居さんに通され、磨き上げられた広々した板廊下を抜け、予約の個室へ。
晒しのカウンターの向こうには、板前さんが何人も調理していた。
きっと、真ん中の年配の人が親方で花板なのだろう。
何となく、ワクワクしてきた。
個室に身内が集まり、会食が始まる。
まずは、お疲れ様で生ビール。
これから運転するママは勿論、可哀想だがノンアルコール。
次の宿泊地までは、残念至極お預けである。

お造りにはさより、薄く綺麗に削ぎ切りにした刺身が、こんもりと杉盛り。
いっけん少ないようであるが、サヨリ自体が細く小さな魚、
これだけ盛り付けるには、板前さんの腕も冴えるはず。
マグロの本場焼津はすぐとなり、まぐろの刺身はドカッとでかめにおろして、
ざっくりと厚めなやつを三貫くらい欲しいところだなどと、ぐだぐだ考えながら、冷酒を飲み始める。
静岡の地酒、黒龍の大吟醸、口に含むもコロコロと舌に転がるようでいて、ずしりと重く量感がある。
アレヤコレヤとりとめもなく語らいながら、次は喜久酔の大吟醸三合。
昔は「菊水」だったそうだが、楽しく長く酔えるという意味をこめて改名したようだ。
吟醸香はふっくらと柔らかく、あまり重さを感じず、切れ上がりは以外にスッキリしている。
天麩羅が出て、煮物もくるがどれも丁寧に作られ、器にもなかなか目が行き届いている。
大吟醸も飲み進むと、さすがに舌が疲れてくる。

やはり、大吟醸は2,3杯がいいななんて、いまさら思い出したように納得。
そんな事を思いながらも、さらにまたしても、正雪の大吟醸、部屋のインターフォンでまたしても三合注文。
静岡県由比町は由井正雪の出身地、その地にある地酒が「正雪」
なかなか咽喉越しが良くするすると入る。
飲み口も優しく、戻り香も爽やかで楚々としている。
しかし、残念無念は、焼津の酒「礒自慢」がないのが、なんとも口惜しい。
でも、先月来た時、季節限定礒自慢の初絞り本醸造を飲んだので、今回は我慢我慢と言い聞かせる。
そんなこんなで、あっという間に2時間半が過ぎてしまった。
一休みして、隣の清水市、三保の松原に投宿の予定。

ひょっとしたら、清水に行けば、富士山が見るかもしれない。
いい酒も入り、小休止した我々は一路、駿河湾沿いの国道150号をすすむ。
もうこの時間になると、眠気もうせ絶好調。
駿河湾はキラキラと昼の陽光を浴び輝いている。
いつも、海にたどり着くのは夜、はるか彼方の水平線に、
微かに残光でも残っていれば、まだまだ幸運のうち。
やはり、波間にキラキラ輝く海は最高だなんて、大人げも無く、はしゃぎながら、清水市へ向かう。
駿河湾を右に見やりながら、車はスルスルとなだらかにカーブしながら進むと、
ロマンチックな通称イチゴ街道にでる。
この辺りは、冬でも気候が温暖なのだろう、ビニールハウスのイチゴの段々畑が、山側に深く長く続いている。

今はイチゴ狩りのシーズンだと聞いていた。
だいぶ日も落ちてきているこの時間だから、車の渋滞に遇わずに済んだのだろう。
やがて、標識に久能山東照宮と出ていた。
「徳川家康所縁の東照宮じゃないの。ママ、行ってみようか」
久能山東照宮の狭い参詣道に入る。
駐車場に止めようと思うが、なかなか見当たらない。
はるか山の彼方に、なかなか貫禄のありそうな社が小さく見える。
辿る階段は、えらく急峻だ。
あそこまで、これから登るのもひどく大変そう。
この際、時間が無い事を理由にして早々と退散、一路目的地へ。
もう、三保はすぐそこだ。

さらに少し北上すると、羽衣の松入り口とある。
むむ、これがあの天女が舞い降りたりた三保の松原か。
車を置いて、クネクネと優雅に曲線を描く、松の長い真っ直ぐな回廊を抜けると石段が続く。
カツカツとママと2人で階段を登りきると、広い広い暮れかけた駿河湾が開ける。
左手前に、羽衣の松とおぼしき貫禄のある老木が、海風をいっぱいに受けてユサユサ揺れている。
茶店の売店でカップ酒を買い、浪際で潮騒に心地よく、グビグビと咽喉へ流し込む。
この景色、この心地よい潮騒の響き、爽やかな空気、取り敢えずは、酒ならなんでもOK、とにかく美味い!
すでに、陽は落ち海は暗く盛り上がるように、ザザーッと浜に打ち寄せる。
長い長い悠久の時、波に現れ変容した美しい石を拾う。
羽衣の松にも別れを告げて、宿泊地の宿についた頃は、すでにトップリと日は落ちていた。
ついに、今日一日、富士の霊峰を拝む事は出来なかった。

翌日も快晴。
早速、朝風呂を浴びる。
宿にはすでに人の気配はなく、旅館の従業員がお掃除をしている。
私達は朝食を済まし一休みして、旅館を後に、一路伊豆を目指し東海道を北上。
清水から、一時間ぐらい経っただろうか、荒涼とした富士川を越す。
きっと、春になり富士の雪が解け始める頃は、雪解け水で河は増水、急流な暴れ河に変貌しているのだろうか。
暫らくすると、かつて製紙工業の環境汚染で、死海と化した田子の浦に到着。
万葉にも歌われた風光明媚な湾からは、富士の全貌が振りさけ見るように、仰ぎ見れるはず。
富士山は左手に、堂々たる威容を見せるはずなのだが、またもや姿形も無い。

さらにさらに北上、寂寞として何処か哀しげな風情をただよわせる平原が広がる。
木々は疎らで、富士からの強い風に煽られるせいなのだろうか、背丈は低く樹も細く貧相、さながら平原は枯れ木灘のようだ。
遠くかすんだ向こうには富士があるはずなのだが、見えるのは、うっすらぼんやりと見える富士の裾野のなだらかな尾根だけ。
見たいのは、雪を頂き、神々しくキラキラと銀色に光り輝く霊峰富士なのだ。
いけどもいけども、富士は私達をからかっているのか、一向に姿を見せない内に、とうとう裾野を通り過ぎてしまった。
此処で駄目なら、あとは伊豆に行くまでに、きっと何処かで富士山に出会えるはず。
焦らされれば焦らされるほど、待たされれば待たされるほど、出合った時の感動は大きくなるもの。
やがて、沼津市、国道414号をひたすら修善寺に突き進む。

海岸端を進む国道はとても気持が良い。
天気はうららかで暖か、風も無く陽射しも柔らかく、春を思わせる陽気。
ところどころに散見する海も、穏かに波静か、キラキラ陽光をうけて光輝いている。
伊豆の山間の街道を抜け、懐かしい修善寺に到着。
昔からの温泉街、観光バスやら観光客やらで、狭い繁華なメインス・トリートはごった返している。
駐車場に何とか車を停めて、お昼時、名物の蕎麦を食べながら一休み。
さあ、これから東へ伊東まで12キロ、そして東京までノンビリプラプラでかけよう。
さすがに、昼下がりの街道、車もぱらぱらで空いている。

あっという間の短い時間のドライブ、伊東市に辿り付く。
まだまだ、海は明るく、暖かい陽光をうけながら、海面の照り返しが美しく長閑。
何時見ても、昼の海は美しく、荘厳で雄大だ。
国道135号に出て、宇佐美を通過し、湾岸をなだらかに湾曲する熱海のビーナスラインを北上する頃、
そろりそろりと日が翳り始める。
遠く彼方にうっすらと見える半島は、きっと真鶴に違いない。
真鶴半島の先端で休憩しよう。
真鶴岬についた頃は、陽は大きく傾き、干潮ならば先端まで歩いていける岩場も、強い波にザザーッと洗われている。
暗くなりかけた海は、何処か茫洋として果てしなく広がっている。
ポツリポツリ、雨が降ってきた。

すでに観光土産の売店も店じまいをし始めている。
展望のきく2階のレストラン・カフェは、既に閉店で暗い。
1階のラウンジがかろうじて営業中。
「まだ、大丈夫ですか」
店員のオネーサンの返事が鈍い。
きっと、今日はもう店じまいをしたいのだろう。
悪いとは思いながらも、此処しか開いていないのだから仕方がない。
私は窓ごしからはるか彼方の海を眺めながら、ビールをゴクリゴクリとやる。
本当ならば、此処からでも富士は見れたかもしれない。
とうとう、2日の静岡への旅の間、富士山に出会うことなく、終章を迎えるえることになったようだ。
しかし、たとえ富士に会えなくとも、長かった旅の心地よい疲労感からか、
今日始めてのビールが咽喉元をグビグビスルスルと落ちていく清涼感は最高だ。

私は何時でも好きな時に酒を飲めるので、何処へ出かけるのも楽しい。
本当に、車の運転が出来なくて、幸せ者、果報者であると納得。
勿論、ママたちはソフトドリンクにサンドイッチを食べている。
真鶴を経つ頃は、既にトップリと日がおち、車のライトに深い真鶴の樹叢が照り返され、なかなか幻想的。
静岡に別れつげ、真鶴をあとにし、東名に入る。
これからは東京までいっきに突き進む事になる。
途中でビールを買い、我一人、旅情に浸りながら、何時しかウトウト。

「大山に着いたわよ」
気がつけば、既に夜の8時だ。
走行距離540キロとはなんとも驚き。
ママは疲れた様子もなく、いたって元気、運転だけは飽きないみたいだ。
さてさて、長旅の仕上げ、森ちゃんとナナさんがやってる、焼き鳥屋「かめや」で、
美味い焼き鳥でも食べながら、一杯ヤッペか。