小さな旅&日記

「楽しかった、秩父での休日」
2002.10.1

9月28日(土)、秩父の札所は、何処もかしこも、にわかお遍路さんでいっぱいである。
平成14年の午歳、秩父34の観音霊場は、午歳総開帳にあたる。
この時に限って、お厨子の扉が厳かに開けられ、秘仏のご本尊様を拝むことができるそうである。
結婚式まで時間が十二分にある。

慈眼寺や少林寺やらに出かけてみた。
さすが土曜日、観光バスを設えてきた、お爺ちゃんお婆ちゃんたちでいっぱいである。
口々に、観音経を唱えている。
秋の秩父路、なんとなくノンビリした風情である。
午後一時半から、秩父神社で式を挙げ、披露宴の会場まで、大挙バスで移動する。

延々とバスは秩父市街を抜け、ひたすら街道を進む。
やっと辿り着いたところ、そこは渓流沿いの大きなホテルである。
どうやら、此処で盛大な披露宴が繰り広げられるようだ。
広いロビーは招待客で、完全に占拠。
大勢の人でゴッタ返している。
秩父の夜祭の太鼓がドンドンテケツク、鳴り響き、大きな纏が飾られている。

新郎は秩父夜祭の祭り男。
きっと、三度の飯より祭りがすきかも。
去年の山車で勇壮に踊り叫び続けた、「襦袢着」と言われる、
聖なる選ばれし四人衆の一人である。
やがて、大宴会が始まろうとしている。
披露宴会場は5階、なんとも広い。
新郎新婦のひな壇の他、末席の後ろに、大きな舞台が設えてある。

新郎新婦の入場。
晴れやかに、紋付羽織袴の新郎、文金高島田の新婦が、厳かに入場する。
披露宴は型どうりに進行する。
列席された人たちの、祝辞が述べられ、そして食事が運ばれ、祝宴が始まった。
あちらこちらで、祝いの酒の献酬。
真ん中のテーブル、股ひき脚半に印半纏の祭り男達、すでに盛り上がり始める。

そして、新郎新婦は、お色直しで中座。
いよいよ、宴会は盛り上がり始める。
まだまだ、宴は始まったばかりだ。
新郎新婦が、タキシードに純白のウエディングドレス姿で、再入場。
会場の照明がプツッと落ち、正面左にデカデカと飾られた豪華なウエディングケーキに、
パッと煌びやかなライトが落ちる。
手に手を取って目出度く入刀。

いっせいに写真のフラッシュがたかれた。
会場は、一瞬にして、パッと明るくなる。
そして、祭り男達の盛り上がりにつられるように、祝宴はおおいに賑やかになってきた。
やがて、秩父夜祭の祭り衆、後ろ舞台に登場。
テンテンツクツク、チンチーン、チンチリリーン、テテツクテテツク、
テンテンテン、ピーヒョロピーヒョロ、祭りだ祭りだ。
お神酒が入って大いにハイな祭り衆、見事にお囃子を披露。

祝宴も大いに盛り上がり、会場はワイワイガヤガヤ、おおいに賑やか、この上もなく楽しくなってきた。
お囃子につられて、何処からか、本マモノの獅子舞が出てきた。お神酒がまわっているせいか、
足元フラフラヨレヨレしながら、威勢良く若衆が、ガバッ、ガバッと獅子舞を踊る。
ラッパ飲みの祭り男が飛び出してくるやら、舞台を取り囲むやら、大変にな大騒ぎなったものだ。
そして、またしてもお色直し、つごう三回のお色直し。
新郎もだいぶ酒を飲まされている。

形ばかりの酒ではない。
本気印で一気に飲まされている。
秩父の祝いは豪儀なものだ。
アッという間に、新婦が祭り衆に連れ出さた。
なんとなんと、純白のドッレスを着たままで、ワッセワッセの胴上げが、祝宴の真ん中で始まった。
会場はいっきにヒートアップしてきた。
新婦は無事に胴上げが終わる。
見ているほうも、ハラハラものだ。
パツッ!照明が落ちた。

バターン!扉が開き、新郎が神輿に乗って乗って、会場に飛び込んできた。
神輿にたったまま、仁王立ちの新郎にライトがあたり、テーブルの間を疾駆して行く。
ワッショイワッショイ、ワッショイワッショイ、祭りだ祭りだ。
会場は騒然としてきた。
なんとも、凄まじくいろいろな事が展開する。
激しく揺れ動く神輿から飛び降りるや、今度は昔のバンド仲間との新郎のセッションが始まる。
新郎はドラムス担当。

ギター、ウッドベース、ドラムス、ボーカル。
賑やかにポップスが何曲も演奏された。
新郎もタフである。
まだまだいけそうだ。
演奏が終わるとともに、またまたお囃子、秩父音頭の登場だ。
会場の老若男女が大きな円を描き、蛇行しながら踊り始めた。
見る見るうちに、どんどん、踊りの輪が大きくなる。
みな、ほんとに楽しそうに、誇らしげに踊っている。
やがて、終演が近づく。

全ての参加者が本当に楽しかった。
そして、目出度く心地よく疲れた。
祝宴はエンエン4時間以上にもわたった。
こんなに賑やかで楽しい結婚式は初めてだった。
新郎はお色直しの度に、つごう4回も吐いたそうです。
ほんとうにほんとうに、御苦労さまでした。

東京演劇アンサンブルの芝居
「常陸坊海尊」

昨日の日曜日、東京演劇アンサンブルの芝居「常陸坊海尊」
(秋元松代作 演出広渡 常敏)を観た。
芝居は午後二時、いつもの事で、必死になって起き、ママ運転の車で、一時頃、武蔵関まで出かける。
前日は、とても忙しく、朝まで仕事をした。
でも、飲みすぎなかったせいか、以外にスッキリと目が覚め、余裕で出かけられた。

私も、この年になり、少し酒との付き合いがうまくなったみたいだ。
しかし、こんな事を感じながら、何時も自分を裏切ってきたから、あまりあてにならない。
川越街道から、環七に出て、新青梅街道をひたすら、武蔵関まで向かう。
余裕をもって出てきたつもりだが、やはり、ついたのは、開演の10分前である。

高田一郎の舞台装置、立体的で構成的な舞台装置だ。
舞台を取り囲むように、観客が座る。
私達は、舞台の上手側、すぐそこで芝居が始まる。
見る前から、何故か胸がドキドキする。
芝居は始まった。
私の予想どうり、劇的な演劇空間が展開する。

役者達の隙のない、無駄な事を排除した、確かな演技に支えられながら、
アッという間に、一時間以上の時が過ぎた。
十五分間の休憩を挟んで、後半の芝居が展開する。
楽しみだ。
ワクワクする。
瞬く間に、一時間半が経過する。
芝居は終わった。
二時間半の凝縮された濃密な時が過ぎた。
一瞬、観客は拍手を忘れている。

何処からか、思い出したように、パラパラと拍手が起こる。
舞台に魅せられた観客は、一瞬拍手を忘れるものだ。
私も思い出したように、ママと精一杯の拍手を送った。
良く書かれた素晴らしい戯曲、日常性のなかで訓練された役者達、
必要なことだけを、確実に演技するという、当たり前の事が、こんなにも感動的な芝居を創り出すのだ。
今日一日、ピーン張り詰めた濃密な劇的体験をさせてもらい、とても得をしたような気がする。

こんなに素敵な芝居を10日あまりの公演でおわりにするなんて、なんて、芝居は残酷なのかな、とつくずく思う。
ぜひ、近いうちの再演を期待します。
その時は、私の仲間にも大いに宣伝し、みんなで出かけたいと思います。
田辺 三岐夫さん、伊藤 克さん、いい芝居をありがとう御座いました。