小さな旅&日記
2002.4 

眩い昼の海」
4月16日(火)

今週の日曜日、既に陽気は初夏のようである。
日差しは夏を思わせる。
こんな上天気は、是非とも遠出でしなくちゃ、お天道様に申し訳ない。
「ママさん、今日こそは、明るい海を見に行こう。いっきに常磐道を北上しよう」
「また、常磐道?遠いんじゃない。近場にしない」
ママさんの意見には、逆らえない。
急遽、目的地は千葉に変更。

首都高から湾岸道を下り、国道14号線を、ひたすら千葉の海を目指して進む。
幕張を過ぎ、千葉市がすぐそこだ。
地図を見ると、千葉市の近くにポートワーと書かれている処がある。
きっと、横浜や神戸のタワーと似たようなものだなと、一人合点する。
ポートと言えばまずは海がある。
目当ての高いタワーが、はるか彼方からも見渡せるはずだ。
目標としては、えらく分かりやすい。

千葉市に入り、高い高いタワーを探すが、見当たらない。
私の感で、「ママさん、多分、あちらが港だよ。ホラ、アレが港で積み下ろしのクレーンだから」
いい加減な事を言いながら、クレーンの方へ右折する。
「あの建物じゃない、タワーと言えば言えるんじゃない」
私の直感も捨てたものじゃない。
ヒョロヒョロとした、薄青い建物を目標にして、トロトロと車を走らせる。

やはり、ポートタワーに間違いなかった。
さすが公共の施設だけあって、駐車料金は無料である。
なぜか、少し得をした気持ちになる。
入り口で、入場券を買って、14回の展望台に、エレベーターでするすると上がる。
空はスッキリと晴れ渡り、堤防のはるか彼方に太平洋が、洋々と広がっている。
まだ、時間は真昼の3時である。

私たちにとっては、3時でも4時でも真昼間なのだ。
やっと見れた、積年の恋人、昼間の海を。
展望台から下の13回におり、ラウンジで休憩をする。
ママさんはコーヒーを飲み、美味しそうにタバコを喫う。
私は千葉の地ビールなのだろうか、「マリーンビアー」を飲む。
ベルギーのライトミディアム位の、濃醇でいながらも切れのいいビールである。
翳り始めた陽光に、金色に輝く鱗のように、海がキラキラと輝いている。

湾内のあちらこちらに、ウィンドサーファーがスイ-スイーと、風に流されながら回遊している。
湾のはるか彼方には、入港を待ちながら、ノンビリとたくさんの船が点在している。
広い洋上には、行き交った船の航跡が、
尾形光琳の描く流紋のように、行く筋にも、ゆったりと印されている。
すっきりと晴れ渡っていれば、正面には富士山が見えるそうだ。
やっと見れた、光る海を。
私たちはそれだけで、大満足であった。

「日本酒の効用」
4月11日(木)
4月10日の日経新聞の朝刊に連載されてる「私の履歴書」で、
陶芸家の加藤 卓男氏が不思議な体験を語っていた。
彼は広島で被爆し白血病にかかる。
28歳の時である。
広島で加藤氏を診た軍医が言ったそうである。
「せめてあと十年は生きてみよ」
加藤氏は決心した。

「よーし、それなら太く短く生きてやろう」
白血病に蝕まれ、辛い病院での入院生活の中で、
来る日も来る日も、破れかぶれで、隠れながら酒を飲み続けたそうである。
医師や看護婦に見つからないように、
一定量の酒を「冷や」のコップ酒で七、八年の間、
飲み続けていると、なんと、下がり続けていた白血球が増え始めた。

やがて地元の病院で入退院を繰り返しながら、
十年もすると殆ど完全に快復したそうだ。
その話を、加藤氏は多くの友人達に語ったそうだが、誰も信じない。
しかし、広島に残って病院で療養している戦友達と会い、
酒などを酌み交わしながらいろいろと話していると、
どうやら酒を適度に飲んでいる方が、
飲んでいない人より身体の具合が良いように思えたと語っている。

酒好きのお爺ちゃんに教えられた
「三歳からの酒暦」が、自分の命を救ってくれたように今でも信じていると。
酒には、多分人間業ではどうにも出来ないことを可能にする、
不思議な魔力があるのかもしれませんね。
私の体験からしても、人生とは不思議なもので、
酒も飲まずタバコも吸わない、いたく健全な生活を送っている人が、
かえって飲み打つ買うなんて見事に三拍子揃った人より、何故か早死するような気がする。

此処でとても大事な事が一つある。
加藤氏は、医師や看護婦にばれるほど痛飲は決してせず、
毎日一定量を飲み続けたそうである。
昔から言い古された格言ですが、まさに適量は「百薬の長」であったのである。
加藤卓男(1917~人間国宝)
17世紀ごろ技法がまったく途絶えたペルシャの名陶ラスター彩を現代に蘇らせたのをはじめ、
日本最古の施釉陶、正倉院(奈良)三彩の復元にも成功した名匠として広く知られている。

一度裏切った女は、また裏切る
4月2日(火)東京は27度 夏日である。
「マスター、久し振り」
開店したばかりで、まだ他に、お客様はいない。
山さんが、這入って来た。
「それ程でも、ないじゃないですか。それにしても、今日は早いですね」
「まあね。外から覗いた事、2回くらいあったんだけれど、カウンター空いてないから、止めたの」
「遠慮せず、入ってくればいいのに」
「マスター、俺、こう見えても、結構小心者で、ダメなのよ」

「何にしましょう?」
「何時ものやつ」
私は、塩、黒胡椒、タバスコ、そしてレモンを絞って、ブラディーマリーを作る。
「マスター、美味いよ。此処のは、ハートがあるね」
「ちょっと来ないうちに、お世辞が上手くなったね」
山さんは、心なし元気がないようなな気がする。
「山さん、少し痩せたんじゃない」
「うん、イロイロあったからね」

「ところで、中仙道の方に、去年の暮れ、スナック、出したんじゃないの。どう、按配は」
「まあ、そこそこね」
何故か、山さんの言葉に力ががない。
悪い事に触れたのかなと、少し心細くなる。
「今、その店からの帰り。ふざけるなって、こちとら、言いたいよ」
「如何したのさ」
山さん、右手の小指を力なく立てる。

「俺のこれに、店を出させたの、マスター知ってるだろ」
「いっぺん、連れてきた、あの彼女ね」
「そう、あいつよ。舐めるんじゃないよ。人をこけにしやがって」
山さん、だんだん興奮してきた。他に、お客さまが居なくて、ほんとうに良かった。
「アイツ、男をつくりやがって。情けないよ、俺」
「山さん、開店して、まだ3ヶ月じゃない。男ってどんな奴さ」
「それが、俺より年上」

「ツバメじゃなかったの。ひどいねそれは。幾つなのよ、そいつ」
「俺より、10以上は上だね」
「山さん、そりゃ、爺じゃないのよ。悔しいね」
「今、そいつと別れて、マスターのところに来たってわけ」
「そうなんだ。道理で早い訳だ」
「俺、そいつに言ってやったよ。店を出すのに、
600万円掛かったけど、アンタに150万円でくれてやるってね。

こっちは偉い損害さ。でも、マスター、俺の女がしでかした事、仕方ないだろ」
「山さん、男だね、潔いね、偉い!」
「そしたら、奴なんて言ったと思う。
50万円はキャッシュで払うから、後は分割だってさ、なんなのこれ。そんなのありかよ」
「で、山さん、如何いったの?」
「無いもの、仕方ないだろ。承知してやったよ」
「人がいいね、まったく」

「でも、ムシャクシャするから、奴に言ってやったよ。お前さんも、気をつけたほうがいいよ。
俺を裏切った女だから、アンタもきっと裏切られるからなって」
「そしたら、爺さん、なんて言ったの」
「アンタに言われたくないって。マスター、ほんとに、頭にきちゃうぜ、
今日は。マスター、なんかスカーッてするカクテル飲ましてよ。

春だって言うのに、こちトラは五月雨」
でも、ママとお客様、良くある話。
それにしても、幾らなんでも、
もう少し若くてピチピチシタ男と、浮気してもらいたいものですね。
可哀想に、山さんの立場ないじゃないの。