小津安二郎監督の映画でベルモットが
2013年6月3日

ボトルの蓋は壊れたので、他の蓋と換えてあります。

昨日はNHKBSプレミアムで放映された小津安二郎監督 「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」 を観た。
1932年6月3日公開された小津安二郎監督が28歳の時の無声映画である。
麻布から郊外の矢口(
現在の大田区矢口であろう?)へ引っ越す場面から映画が始まる。

一面の野原を走る道はぬかるみ、引っ越しのトラックの車輪が空回りする。
やっとのこと引っ越しを済ました家の庭の前を、1車両の池上線(?)が走る。
4人家族のサラリーマン家庭には、2人の息子がいた。

そして翌日から小学校へ通うことになるのだが、そこには腕白坊主を束ねるガキ大将がいる。
新参者とガキ大将との戦いが始まる。
それは当時の郊外のどこにでもある風景であった。

昔の東京の郊外は草むらだらけ、そこで腕白小僧たちの涙ぐましくも、熾烈な戦いが繰り返された。
だがその喧嘩が子供たちの固い絆をもたらし遊び仲間となった。
昨日の敵は今日の友になった或日のこと、父親の上司の家で活動写真の上映会があった。

友達に誘われ兄弟で出かけたさきで観たものは、家庭では厳格な父親が、上司の前で剽軽にへつらう姿であった。
父親の姿に失望した兄弟は家庭に戻り、帰宅した父親に詰問し抵抗をする。
父親は聞き分けのない兄のお尻を叩き折檻をする。

どちらの気持ちも理解する母親は、じっと耐えながら口を挟まない。
その切なそうな母親の表情が、溢れる母娘の情愛を表現していた。
子供が隣の部屋へ去ったあと、母親が父親にもっと他にやりようがないものか話し寄る。

サラリーマンの切ない悲哀を感じる父親は、酒を取り出し小さなグラスへ注いだ。
その酒は確かにベルモット。
瓶に貼られたラベルは半分ほど見えないのだが、かのカルパノ・アンティカ・フォーミュラ、イタリアの銘酒である。

父親の上司で取締役の名前は岩崎で豪邸に住んでいる。
父親の勤める会社は、岩崎姓から察するところ、三菱財閥系なのであろう。
その上司が海外出張で買い求めた、お土産の品がベルモットなのかも・・・・・・。

当時洋酒は高価で貴重品であった。
その洋酒をさらりと見せることで、父親の社会的な地位や趣味を垣間見せることが、監督の洒脱さであろう。
その時、小津安二郎のこだわりとダンディーさに改めて感服した。

すべてのものにこだわりを持ち、映像世界の細部にまで妥協を惜しまない。
それも押し付けがましさがなく、さらりと表現するところが心憎いばかりだ。
子供の視線から大人の社会を描く姿に、長い時が過ぎ去っても、新鮮な共感を覚えた。


カルパノ・アンティカ・フォーミュラ
http://www.p-poppo.jp/1sake-antica-formula.html