映画とお酒「キング・オブ・キングスが、日本映画に登場!」
2012年09月07日

先日、千葉泰樹監督「生きている画像」(新東宝製作1948年公開)を観た。
もちろん映画はモノクロで画像も荒れている。
酒をこよなく愛する洋画壇の巨匠、大河内伝次郎演じる瓢人先生とその弟子たちと友人、さらにすし徳の主人が織りなす人情あふれる作品である。

瓢人先生のモデルは、私の推察するところ、多分、岡倉天心の弟子・横山大観(1868年 - 1958年)と見うける。
大観先生なら当然広島県三原の山根本店「醉心」のはずだが、洋画家・瓢人先生なので、灘の菊正宗を飲んでいる。
横山大観は病気で食事も出来ない時でも、「醉心」を離さず日本酒で栄養を摂っていたと言うから、桁外れの酒豪である。

瓢人先生は無類の酒好き、結婚をすることもなく独身を通し、日本酒を人生の伴侶にしながら、季節の花々や自然を描く。
唯我独尊・天衣無縫な瓢人先生、何故か人にしたわれ、弟子たちも一流の洋画家になる。
ある時、弟子が結婚式の仲人のお願いに、瓢人先生のもとへやって来た。

だが頑固者の瓢人先生、いままで弟子の仲人の依頼は、全て断って来た。
今回もやはり拒否をするのだが、そこは人情家の瓢人先生、古川緑波扮する親友の龍巻博士を紹介し、仲人を引きうけて貰うことにした。
或る日のこと、龍巻博士が瓢人先生からの連絡を受けて、瓢人先生宅へやって来た。

どうやら酒好きの龍巻博士、酒に吊られてやって来たようだ。
龍巻博士が来宅するや、瓢人先生、さっそく酒を龍巻博士へプレゼントした。
ロイドメガネにちょび髭の博士は、満面に笑みを浮かべ、鞄の中へしまい込んだ。

その酒は確かにブレンデッド・ウイスキーのキング・オブ・キングス(KING OF KINGS)、陶製の容器にはっきりと書かれていた。
オールド・パーの子会社が、自信を持って世に送り出した、ふくよかで気品に満ちた銘酒である。
古くは明治時代から、日本へ輸入された格別なウイスキーであった。

この映画が製作された戦後間もないころ、この酒はサラリーマンの1ヶ月の給料よりも高いであろう。
外国の映画には、酒がドラマの重要な要素となり、銘柄も明確に写しだされることが多い。
だが日本映画に於いて酒の存在の影は薄い。

お酒の銘柄がくっきりと映し出された瞬間、監督の酒に対する思いが伝わり嬉しくなった。
さらに、日本酒の1升瓶の口がラッチ機構で、コルクでもスクリューでもない。
瓶口の針金状のレバーを引いて開けるスタイルは新鮮であった。

現在でもオランダのビールのグロールッシュやベルギービール、そしてドイツのビールに使われている。
やがて瓢人先生の弟子で、笠智衆が演じる、帝展落選14回の田西麦太が晴れて結婚することになった。
瓢人先生は初めての仲人役を引き受け、披露宴では龍巻博士とひょっとことお多福の掛け合いの余興まで披露した。

懐かしい昔ながらの披露宴で踊る宴会芸は、軽妙で洒脱な江戸の面影を色濃く残すお座敷芸。
大河内伝次郎と古川緑波の芸に、ユーモアと深い情愛が溢れていた。
そして田西麦太の、貧しくとも幸せな結婚生活が始まる。

やがて赤貧の生活の中、身重の妻をモデルにして描いた絵が、初入選を果たし、見事に特選となる。
しかし妻は息子を生むと同時に、入選を知ることもなく、瓢人先生たちに見守られながらあの世へ旅立つ。
田西麦太は、次代を担う子供を背中に背負いながら、さらにより素晴らしい絵へ精進を重ねる。

万年落選の絵描きを演じる、朴訥で純真な笠智衆の演技に、今更ながら感動を覚えた。
さらに頑固者親父の経営するすし徳で、真鍮のちろりに注がれた酒を、燗銅壺でつけるシーンに、ほのぼのと懐かしさが蘇る。
古き良き時代の日本映画は愉しい哉。