足立ファミリーが来店!!
2026年2月27日

最近、40年ぶり30年ぶりで、
お客様が来店する。
かつて独身だった人たちが、
成人した息子さんや娘さんと、一緒に来たりする。

足立さんも、先月、36年?ぶりで、
来店してくれた。
彼は私の最初で最後の弟子、
通称テルちゃんの親友だった。

テルちゃんが生きていたら、56歳になるだろうか……?
彼のお父さんは、鮒竿を専門に販売していた。
その当時はバブルで、世の中は熱狂していた。

1本数百万円の鮒竿が、飛ぶように売れた。
だがバブルが突然はじけ、テルちゃんの家庭は崩壊した。
彼は新井薬師の、父親の実家に預けられた。

テルちゃんには、練馬区北町に、親友が多かった。
彼は友達の家を、転々としていた。
そのうち特に仲の良かった、足立さんの家に、
居候状態になった。

足立さんのお母さんは、彼を息子のように、かわいがった。
食事から選択まで、親身に世話をした。
やがてテルちゃんは中学を卒業し、
アルバイトをしながら、自活し始めた。

そのころ私の店に、仲間たちと来店したのだ。
成人式の日も、正装で式の後、来店した。
そしてアルバイトのお金が入ると、
私の店にやってきた。

ある時、テルちゃんが、
「マスター、俺もバーテンダーになりたいっす!」と言った。
「マスターの店で、働かせてください!」

shottobarピーポッポは狭い。
私とママで十分である。
私はバーテンダースクールのJBAを勧めた。
彼はJBAに入所し、バーテンダーになった。

チョイ悪だった青年の、社会人生活の始まりだった。
私の店に来るたび、
「マスター、ママ、俺、毎日が愉しいっす!」
と言っていた。

大泉学園のアパートから、板橋区の西台まで、
原付バイクで通っていた。
ある日のこと、「マスター、この前、間一髪で危なかった。
ラッキーでした」と言った。

私は彼に、「それはラッキーではないよ。ラッキーは無限ではなく、
有限なのさ。小出しにラッキーを使っていると、大事な時に、
ラッキーが無くなってしまう。店に近いところに、早く引っ越しなさい」
と言ったのを覚えている。

バーテンダーは夜遅い仕事だ。
彼も納得し、引っ越す計画をたてた。
そして彼は勤め先の近くに、アパートを見つけた。

私もママも、それを聞いて安心した。
だが、引越し前のある日、不幸が起きた。
彼が仕事場に向かう午後、大泉学園の路上で、交通事故が発生。

テルちゃんが運転する、原付バイクの前を、
突然女性の乗る自転車が、飛び出す。
彼はとっさにハンドルを切り、電柱に激突。

帰らぬ人になった。
37年前の11月25日のことだった。
生きていれば55歳になるはずだ。

現在、Shotbarピーポッポは、その世代の人が、一番多い。
すでに子供たちも成人し、一緒に来てくれる。
テルちゃんが亡くなった当初は、彼のお墓参りに、新井薬師まで出かけた。
だが、写真は生々しく、見ることができなかった。

最近はテルちゃんの命日に、彼の写真をさりげなく飾り、
大好きだったテキーラの、クエルボリゼルバ1800を添える。
去年はクエルボ1800アネホだった。

今日は足立さん家族が来店した。
先日、足立さんが来店した時のことを、
お母さんに話したらしい。

その時、テルちゃんの写真も見せてあげ、
足立さんがスマホで撮影した。
その写真を見て、お母さんも、Shotbarピーポッポに、
花束をもって、来店してくれた。

そしてみんなで、テルちゃんの話題で、笑顔が溢れた。
お母さんは、「テルちゃんは、いい人に出会えて幸せだったね」
と言ってくれた。

テルちゃんの写真を見ると、昔のままで若く、溌溂としている。
生きていれば、立派な親父になっているはずだ。
だがテルちゃんの若さは、いまだ永遠である!