久し振りの俳優座、劇団昴「評決」を観劇する

2022年9月4日

六本木の俳優座を、最初に訪れたのは、いまから55年くらい前だろうか。
渋谷駅前から、路面電車に乗って行った。
そのころ、東京には路面電車の都電が、縦横に走っていた。

六本木の交差点あたりに、洋菓子のアマンド、しゃぶしゃぶの瀬里菜があった。
そして少し離れたところに、ピザレストラン・ニクラスがあった。
まだピザが珍しいころだ。

今のようなお洒落な、若者の町ではなかった。
階段を降りて、しばらく歩くと、麻布十番の商店街が広がり、下町の風情を醸していた。
天然温泉黒湯の銭湯があり、二階の休憩所では、近所のおばさんたちが、踊りを踊っていた。

芝居が終わると、仲間たちと渋谷に出て、安居酒屋で酒を飲み、小難しい芸術論などたたかわしたものだ。
そのころ新劇と言われたジャンル専用の劇場は、殆ど皆無であった。
赤坂辺りには、都市センターホールや、砂防会館などがあり、新宿に厚生年金会館などがあり、
すべて今でいううところの多目的ホールである。

商業演劇用の劇場は、たくさんあったが、俳優座が1954年に誕生したことは、画期的な歴史的事件であった。
私たちが俳優座を訪れたころ、仲代達也や平幹二郎が、中堅どころで活躍し、中村敦夫や原田芳雄などは、まだ若手であっただろうか。
そのころ、俳優座の関係者に誘われ、俳優座の研究会に出かけた。

二階の稽古場に、俳優座の俳優たちが、勢揃いしていた。
私たちはオブザーバーのような感じで、合評会を聞いていた。
そして休憩があり、トイレに行った。

そこへ演出家で、俳優座の重鎮である、千田是也が私の隣に並んだ。
その時、私に「どう? 面白い?」
一瞬のことで、私はビックリッ!「はい、勉強になります」

今から思い起こせば、大切な思い出である。
最後に俳優座に来たのは、16年前のテアトルエコー・水谷龍二作「朝の時間」以来であろうか。
店のお客様の、山下啓介さんのチケットだった。

俳優座に午後1時半ごろ到着した。
すでに入り口に列ができ、開場が始まっていた。
受付でエドガーー・コンキャノン役の金尾哲夫さんに、予約していたチケットを受け取り、劇場の中へ。

席は最後部の真ん中辺りだった。
舞台の上手の事務所に、デスクが置かれている。
やがてジャズが流れ、だんだんと大きくなり、ぱたりと音が消えた。

午後2時、マーガレット・メイ・ホブス作「評決」が始まった。
弁護士事務所に、酔いどれの弁護士ギャルビンがいる。
かつては敏腕の弁護士も、今は落ちぶれ、酒浸りの日々を、無為に過ごしている。

そこへ老嬢から、娘の弁護依頼が舞い込んだ。
出産時の麻酔の医療ミスにより、植物人間になった、娘の弁護であった。
だが怠惰な日々になれたギャルビンは、あまりやる気が無く、示談金稼ぎくらいの気持ちで引き受ける。

そして娘の入院先へ出かけ、惨状に立ち合う。
そこには昏睡状態になった患者の、人間としての尊厳が、欠如していた。
彼は患者の生の尊厳と、医療現場で起きた真実を求め、立ち上がることを決心する。

キリスト系の巨大病院組織と、過酷な法廷闘争を展開する。
だが巨大な組織にのみ込まれ、幾度かくじかれそうになる。
しかしやがて、真実が解き明かされ、患者の権利は、辛うじて守られた。

午後4時35分、舞台の幕が降りる。
今日は千秋楽、俳優たちに、晴れ晴れとした、安堵の表情が見える。
コロナ禍の中での公演。

スタッフに、一人でも陽性が出れば、公演は中止になる。
万全を尽くした、緊張した毎日であったであろう。
無事に終わったことと、充実した公演に、拍手を送りたい!