マスター&ママの小さな旅・浜名湖N01
浜名湖舘山寺を訪ねて
2020年10月18日

去年は浜名湖を、6回通過した。
長女が京都へ嫁ぐことになり、新幹線で往復2回。
そして結婚式の時は、次女が運転、帰りは息子が運転し、浜名湖を遠望した。

今回はママが運転して、浜名湖の湖畔にある、舘山寺へ出かけた。
舘山寺には、10年くらい前に、行ったことがある。
その時、御前崎灯台や、中田島砂丘に立ち寄り、竜ヶ岩洞へ出かけた。

竜ヶ岩洞は知名度が低く、あまり期待しなかった。
だが宝石のような、輝きに満ちた、鍾乳洞で感激した。
そしてまだ未整備で、観光化していなかった。

今回の浜名湖への旅は、直行直帰型の、のんびりした旅になるであろう。
舘山寺エリアに到着したのは、午前9時半ころであった。
前日までの、ぐずついた天気は終わり、好天気に恵まれた。
 
湖は静寂を湛え、まだ眠りから覚めていない様である。
早朝の浜名湖畔は、まだ人影が少なかった。
湖畔に沿って進むと、湖を周遊する、遊覧船が見えた。
 
彼方に遊園地・浜名湖パルパルの、大きな観覧車が見えた。
湖畔沿いを進むと、やがて曹洞宗秋葉山舘山寺の参道に出る。
門前町の店は閉まり、観光客の姿はなかった。
 
湖畔に面した、舘山寺駐車場に、車を停める。
駐車場も閑散としていた。
駐車場の前に、案内図があり、その後方に、舘山寺に繋がる、階段があった。
  
石段を少し登ると、舘山寺が姿を現した。
舘山寺の屋根が、朝日に輝き眩しい。
境内に堂宇の深い影が、くっきりと刻まれていた。
  
境内には、数人の参拝客がいた。
お賽銭を添え、鰐口を鳴らし、手を合わせる。
そして隣にある、愛宕神社へ向かう。

途中の右手に、
舘山寺縁結地蔵尊があり、たくさんの絵馬が掛けられていた。
この地は恋愛の聖地で、恋愛成就のパワースポットに、なっているようだ。
私たちは若者たちの幸運を、祈りながら、お賽銭を添えた。

さらに10メートルくらい行くと、愛宕神社があった。
先ほどの地蔵堂を挟み、神社と寺が並んでいる。
日本古来の神仏習合を示している。

浜名湖の東北、標高約50m、周囲1400mの舘山の山裾に、弘法大師が開創したと伝わる舘山寺。
江戸時代の慶長三年(1589)には、徳川家康から御朱印判物を賜り繁栄した。
だが明治政府の神仏分離令により、廃寺になる過酷な歴史を持つ。

愛宕神社の拝殿の前に立つ。
お賽銭を添え、大鈴を鳴らし、手を合わせる。
拝殿を見上げると、格天井にたくさんの漢字が、墨書されている。

いったい何を意味しているのであろうか。
神社仏閣の拝殿の屋根に、千社札が貼られているのは、よく見る光景だが。
墨書は初めて見る。

愛宕神社の横手に、
舘山寺穴大師の参道があった。
ごつごつした石段を、足元に気をつけながら登る。
生い茂る森から、朝の冷気が漂い、気持ちが良かった。
  
やがて穴大師の石窟があった。
この古墳で弘法大師は、21日間修業し、舘山寺を建立した。
その時、石像を刻み安置し、今は眼病平癒の功徳あると、石像は信奉されている。
 
狭く低い、かつての横穴式古墳だった、石窟の中に入る。
正面の壁に、数えきれないほどの絵馬が、ロウソクの灯影で、浮かび上がっていた。
お参りを済まし、石窟を戻る。
 
入り口が朝日に照らされ、外界の森の緑が、眩しかった。
そしてさらに、森の奥へ進み、 舘山寺聖観音菩薩(舘山寺大観音)へ向かった。
すると遠くに観音様が、青空を背景にして、凛々しくたっていた。
 
赤土のでこぼこ道を行くと、観音様が目の前に、聳えている。
高さ16メートルの観音様は、柔和な面立ちで、気品をたたえる。
昭和12年に建立され、浜名湖を象徴する、美人観音と言われている。
  
観音様のお参りを終え、展望台へ向かう。
森はさらに深くなり、赤土の坂道を行くと、展望台に着いた。
展望台に人影はなく、静謐な森の中、朝日に煌めく浜名湖を、愉しむことができた。
 
右手に東名高速の橋が、優美な姿で、湖面に影を映している。
その橋へ遊覧船が、湖面に航跡を描きながら、進んでゆく。
私たちも明日、あの遊覧船に、乗船する予定である。
 
展望台で一休みし、もと来た道を戻る。
少し汗ばんだ身体が、森の冷涼な空気に、癒されているようである。
そして赤土と石段の参道を下り、愛宕神社の境内に戻る。
 
愛宕神社の境内から、参道の階段を降りる。
急峻な石段の先に、石鳥居が見える。
階段の両脇の石柱に、寄贈した人の名前が、刻まれていた。
 
石段を降りると、門前町が広がっている。
だが門前の店は、玄関を閉じ、観光客の姿もなかった。
それから先ほどの、駐車場へ戻る。
 
前方に大草山へ向かう、ロープウェイが見えた。
やっと観光地が、動き始めたようである。
私たちもロープウェイに向かった。
 
有料の駐車場に、車を置き、ロープウェイ乗り場へ。
乗り場は2階にあり、すでに列ができていた。
やはりここも、コロナ対策がなされ、ソーシャル・ディスタンスを取るように、立札がたっていた。
 
さらにロープウェイの乗客の数も、半数位に制限しているようだった。
列に並んでいると、係員が検温を始めた。
そして私の前で、検温が終わった。
 
私たちはどうやら、次の便になったようである。
やがて緑色のロープウェイのゴンドラは、大草山を目指して登って行った。
時間はすでに午前10時半を回っていた。
  
乗り場から外を見ると、先ほどまで動いていなかった、空中ブランコが回転していた。
遊園地・浜名湖パルパルが、本格的に稼働し始めていた。
やがて赤いゴンドラが到着し、私たちは乗りこむ。
  
このゴンドラに乗るのは、2回目なのだが、ほとんど前回の記憶がない。
乗客制限をしているので、中はゆったりしていた。
ゴンドラが滑り出し、浜名湖が眼下に広がる。
朝日を浴びた湖面に、湖畔のホテルが映る。
約4分で、標高113メートルの、大草山山頂に、到着した。
外に出ると、360度見渡せる、展望台が待っていた。
空は晴れ渡り、展望台のカリヨンが、銀灰色に、輝いていた。
遠く彼方に、ロープウェイ乗り場と、遊園地が見える。
さらに眼を移すと、東名高速道が、カーブを描きながら、湖上をまたいでいた。
 
するとカリオンの鐘が、美しいメロディーを、奏で始めた。
鐘の響きに誘われ、カリヨンの前に行く。
多くの人が鐘の音に、聴き入っていた。
 
そしてベンチに腰を下ろし、燦々と降りそそぐ、陽光を浴びる。
爽やかな微風が流れ、優しく肌を撫ぜて行く。
一休みした後、階下へ降りる。
 
そこには浜名湖オルゴールミュージアムがあった。
その前にお土産屋さんがあり、たくさんのオルゴールが、並んでいた。
展望台に30分くらいいたであろうか。

ロープウェイ乗り場へ戻り、大草山を後にした。
下るに従い、遊園地の観覧車が、大写しに姿をみせる。
ゴンドラを降りると、次の便を待つ人が大勢いた。

今日の予定は、これで終了の予定だった。
が、駐車場へ行く途中、浮見堂の看板を目にした。
時間があるので、訪れることにした。

遊園地沿いの道を行く。
空中ブランコが、大きく回転し、歓声が響く。
見た目より、かなりスリルがあるのか。
 
コロナ感染症のため、この遊園地も、長い間、封鎖されていたことであろう。
やっと日常が戻り、遊園地に人々の明るい声が、響くようになったのである。
やがて前方に、湖に浮かぶ、浮見堂が見えた。
  
岸辺に釣り人の姿が見える。
遠くに大草山が、湖に影を落とす。
そして湖の真ん中辺りで、赤と緑のゴンドラが、すれ違った。
 
湖畔のベンチで休んだあと、浮見堂へ向かう。
すれ違う人もなく、浮見堂の入り口の前にたつ。
真っ直ぐのびる、全長45メートル回廊を進むと、方形の東屋があった。
 
真ん中に、中国の蘇州・寒山寺から贈られた、梵鐘のレプリカが、置かれていた。
波一つないな内浦湾を、遊覧船が通り過ぎ、左手前方に、舘山寺が山の緑に、包まれていた。
ベンチに座り、湖畔の空気を吸う。
 
そして浮見堂を後にし、今日の散策予定は終了した。
昼食時間が来たので、地元で評判のうなぎ屋で、昼食をした。
ママがうな重で、私はうな丼である。

ウナギはふっくらとし、たれは甘めでどっしりとした、重厚な味わいである。
口に入れると、ほろりとほぐれ、口の中にとろけていった。
そして食事のあと、チェックインには早いが、湖畔のホテルへ直行した。
 
やがてチェックインの時間が来て、ホテルの部屋へ。
正面に内浦湾が広がり、左手遠方に浜名湖パルパルが見える。
遊覧船が航跡を残しながら、内浦湾を行き来する。
 
観覧車がゆっくりと回転する。
窓辺の椅子に座り、静岡の地酒を飲みながら、窓外を眺める。
やがてたそがれ、観覧車が夕陽に輝く。

 
刻一刻と日が沈み、深いシルエットを、夕空に刻んだ。
秋の陽は一瞬の内に、消え落ちる。
そして湯を浴び、部屋に戻ってくると、日はすっかりと落ちていた。

小高い山稜に、微かに残光が、空を褐色に染めていた。
やがて夕闇に包まれ、湖畔の彼方、明かりが湖面に反射する。
10月18日の今日は、私たちの41回目の結婚記念日であった。