2020年8月の小さな旅No2
マスター&ママの軽井沢を訪ねて
2020年8月31日

四万温泉の夕刻、小雨が降り始めた。
空に日を残しながら、渓谷が雨に濡れる。
露天風呂に入り、渓谷を流れる、四万川の瀬音を聞く。

湯味は優しく端麗である。
草津の強い湯で、湯治した人が、仕上げに浴びる四万温泉は、あくまでも、綺麗な湯である。
身体にさらさらと馴染み、心を癒してくれる。

雨に濡れた樹々から、香気が漂う。
やがて日が落ち、渓谷の森韻が響いてくる。
どこかで鳴く野鳥の声が、静寂を破る。

目をつぶり、湯船に浸かる。
四万川の流れが、心地よいリズムを、刻んでいた。
渓谷の自然の中、人気ない露天風呂は、まさに贅沢の一言。

翌日、昨日の雨も上がっていた。
空に青空が広がっている。
でも、山の天気はあてにならない。
 
今日は四万温泉から、大まわりして、軽井沢に出かける予定である。
ママの希望で、軽井沢でフレンチのランチを、食べることにした。
軽井沢まで、約2時間の行程である。

国道145号線を、上田方面に向かう。
長閑な風景が広がる国道を、のんびりと進む。
やがて吾妻渓谷の入り口に、さしかかった。

かつて紅葉の吾妻渓谷を、訪れたのは何時だったであろうか?
渓谷は観光客で、溢れていた。
あまりの多さに、渓谷の紅葉を、愉しむことはできなかった。

当時はまだ、八ッ場ダムの工事が、中止していた時期である。
今では八ッ場ダムは、観光名所になっている。
来る途中、道路の至るところに、八ッ場ダム関連の、看板がたっていた。

前方にキノコのような形の、大岩が現れた。
群馬県の妙義辺りに、巨岩奇岩は当り前だが、このあたりでは珍しい。
やがて国道146線に入る。

道路標識に、懐かしい地名が現れる。
そして白糸の滝へ向かう、有料道路を進む。
しばらく行くと、白糸の滝の前に出た。

やはり人気スポットなのであろう、駐車場は満杯のようだ。
前回来た時は、小雨交じりで、肌寒かった。
観光客が列をなし、川沿いを、滝の方へ歩いていた。

日本人より、中国人が多く、中国パワーを、感じたものである。
すでに白糸の滝は、3回ほど訪れているので、今回はパスした。
やがて軽井沢が、近いことを知らせる、雑木林が出現した。

前を2台のバイクが、軽快に走る。
中天から降る陽光に、木々の緑が美しい。
雑木林をさらに行くと、旧軽井沢に出た。

趣のある別荘が、道の両側に並び立つ。
そして予定通り、四万温泉から、2時間ほどで、軽井沢の市街地に着いた。
旧軽井沢銀座近くの、町営駐車場に車を置き、メイン通りを散策した。

やはりコロナ感染症の、影響なのであろうか。
この通りは度々訪れたが、今日は閑散としていた。
でもそこは軽井沢、若者たちが、圧倒的に多かった。

この通りには、意外とフレンチはなく、イタリアンや瀟洒なカフェが多かった。
観光案内所で紹介された、フレンチに行く。
表通りから、裏通りをしばらく行くとあった。

ビストロの看板の、雰囲気のある店だった。
テーブルに座り、ランチを注文する。
味は悪くはないが、初老のシェフの態度が、あまり良くなかった。

旅先での不愉快は、避けたいものだ。
同業の者として、反面教師になった。
幾つになっても、気をつけなくてはと、今さらながら心に刻む。

そして軽井沢から、国道18号線へ出て、碓氷峠に向かった。
30分ほど行くと、碓氷峠に出た。
この峠を何回、通ったであろうか。

考えてみれば、何時も東京への、帰り道である。
やがて森も深くなり、九十九な道は、幾重にも蛇行する。
やがて眼鏡橋の表示板が見えた。

右手深くに、碓氷川渓谷が見下ろせる。
眼鏡橋近くの駐車場に、車を停めた。
渓谷沿いの、道路わきの、遊歩道を行く。

前回に比べ、遊歩道が整備されているように感じた。
遊歩道の眼下、碓氷川の清流が、陽光に輝いている。
渓谷の清涼な空気を、愉しみながら行くと、前方に赤レンガの、眼鏡橋が見えた。

やはりここも、観光客は少なかった。
この橋を見ると、子供のころの記憶が甦る。
汽車が煙をはきながら、トンネルを潜るたび、窓を閉める。

冷房などない時代、室内をいくつかの扇風機が、フル回転する。
トンネルを出ると、急いで窓を開ける。
窓を閉めても、入りこんだ煤で、服や顔が黒く、煤けていた。

当時はまだ、汽車の時代だ。
横川駅で少し長めの、停車時間があった。
駅へ降りて、トイレに行く人。

横川名物の「おぎのや釜めし」は、飛ぶように売れていた。
首にかけた襷で、支えた大きな箱に、山のように釜めしがのっていた。
販売員の学生アルバイトは、汗だくで注文に応えていた。

やがてアプト式機関車の接続が終わり、峠をスイッチバックしながら、重苦しく列車が動き始めた。
当時、信越線と言われた鉄路に架かる、赤レンガの眼鏡橋。
この橋を見ると、半世紀前の長閑な旅を、懐かしく思い出す。

今回は橋の上に行くことなく、雄大な橋を、下から眺めた。
渓谷の冷気を味わい、蝉しぐれの中、横川へ向かった。
途中、中山道の旧道を経由すると、碓氷関所跡があった。

その前を通りこすと、おぎのや本店前に出た。
通り過ぎ、信越本線の踏切を横切り、国道18号線から、おぎのや横川店に行く。
そして名物の釜めしを、土産に買い、東京へ向かった。