一瞬にして億万長者!
2019年8月6日

数か月前の、ゴールデンウィークの、或る日。
お店に電話が入った。
電話口に出ると、「マスター、僕の声、分かりますか?」
「……?」
「○です。久し振りです」
「フィギュアの○さんですか?」
「はい。思い出してくれましたか?」
「それはもちろん。懐かしいですね」

私の店に来ていたころは、フィギュア人形が好きで、独学でフィギュアを制作し、ブースを借り販売もしていた。
制作したフィギュアは、7万とか10万の高額だが、すぐに売れ切れてしまった。
その当時、○さんはまだ、25歳ぐらいだったろうか。

新聞配達員を辞め、スロットマシンで生活していた。
彼の手帳には、何時どこで、いくら勝ち、負けたか、小さな字で、克明に書き込まれていた。
そして1ヶ月の集計と、1年の総計が記されていた。

見れば、毎年、600万円くらい稼いでいた。
そして或る日のこと、「マスター、来月から、スロットは止めます!」と、きっぱり宣言した。
「マスター、スロットをやって生活しても、今は同世代より、稼いでいるでしょう。
でも、この先を考えれば、私にはこれ以上、稼ぐことはないです。
だが、勤めている人たちの給料は上がり、何年後には、私の収入を、確実に超えます。
それに、この生活は、恥じも誇りもない、人間のクズです」

彼は宣言通り、1か月後に、きっぱりと、スロット生活に、決別した。
その後、彼は古本屋に勤めた。
すると、2ヶ月くらいで、店長になった。

だが、仕事場は、慢性の人手不足。
アルバイトがいなかったり、欠勤したりで、多忙を極めた。
寸暇を惜しみ、食事をする時間にも事欠き、ハンバーガーを食べながらの毎日。

或る日、急激な下痢が起き、病院へ行った。
診断は、難病指定の、潰瘍性大腸炎であった。
もちろん、仕事を続けることができず、生まれ故郷の近くへ帰った。

それから、2年くらいしてからか、私の店に、ひょっこりと現れた。
「マスター、やっと来れました!」
「あれ、お酒、飲めないんじゃないの?」
「ええ。でも、働けるようになったので、今日は少し、飲ませてください」
「それはいいのだけど、難病指定でしょう?」
「今はコンビニで、働いています。だから、難病指定は、解除してもらいました」
「それは偉い!」

彼は昔のように、豪快に飲めなかったが、たしなむ程度で、店を後にした。
それ以来だから、10年以上は経っているであろう。
「マスター、これから行きますけど、いいですか?」
「もちろん! ところで、今は何処に住んでいるの?」
「○です」
「良いところに、住んでるね」
「今から行きますけど、何分くらいで行けますか?」
「50分くらいじゃないの」
「これから行きます!」

そして予定通りに、○さんが来店した。
「マスター、ご無沙汰でした。店があってよかったです」
「本当だね、何時までやっていられるやら……」
「大丈夫ですよ。マスターは別です」
そして○さんは、本格派のモスコミュールを、注文した。

「ところで、○さん、いま何をやってるの?」
彼は名刺を出した。
そこには、代表取締役社長と、書いてあった。

「○さん、凄いね。昔から、俺は社長になるって、言ってたよね」
「ええ、まあ。社長と言っても、小さな出版社ですから」
「驚いたね。何人ぐらい、社員がいるの?」
「10人くらいです。社長と言っても、使い走りみたいなものです」

話を聞けば、○さんはインターネットで、或る女性と知り合った。
その人は漫画を描いていた。
○さんも、漫画やフィギュアが好きで、SNSで彼女と交流した。

○さんは、彼女の漫画の才能を見出し、インターネット上に、公開することにした。
その公開された漫画は、大変な評判となり、大手の出版社が、漫画の依頼に訪れた。
彼女は九州の片田舎に住む。

プロの漫画家になるためには、上京しなければならなかった。
○さんは、彼女の実家に行き、事の次第を、両親に説明した。
だが、父親の大反対にあう。

○さんは誠実に、状況を説明し、上京することの許可を得た。
その後、彼女を東京に迎え、彼女は本格的に、作家活動を展開した。
漫画は好調に、売れ行きを伸ばした。

○さんは言う。
「私は彼女の、小使いですよ。悪く言えば、紐みたいなものです」と、苦笑いをした。
「○さん、それは違うよ。君は彼女を、発見し、育て、世に送り出した人ですよ。
君は彼女のプロデューサーであり、マネージャーです」
「彼女も言ってくれてます、あなたがいなければ、私は漫画家に、絶対になっていませんと」
「そうだろうな。君は彼女の大恩人で、師匠なのさ」

やがて、○さんの携帯電話が鳴った。
「マスター、彼女がお店に来たいと、言ってますけど、いいですか?」
「もちろんです。ぜひ、会いたいね」

すると40分過ぎたごろ、○さんの携帯が鳴り、大山駅まで、○さんは迎えに行った。
そして○さんは、彼女とピーポに、戻ってきた。
カウンターに座り、彼女はお酒が飲めないので、ノンアルコール・カクテルを作ってあげた。

彼女は今日、千駄ヶ谷で、彼女の漫画の、イベントがあったようだ。
その帰りに、立ち寄ってくれた。
やがて午後12時前、2人は店をあとにし、事務所兼自宅がある、湾岸のマンションへ帰った。

そのマンションは、タワーマンションで、最上階は3億するそうだ。
事務所兼自宅も、10階くらいだから、億ションであろう。
宝くじは、一度当たれば終わりだが、漫画が売れていれば、毎年、それ以上の収入がある。

なぜそのような、人生のV字回復が起きたのか?
やはり、難病指定である、潰瘍性大腸炎の、指定を解除してもらったことも、あるような気がする。
完全な体調でないのに、働けるようになったので、解除してもらうその心意気。

一度、難病指定されれば、永久に医療費はただである。
それでも、指定を解除してもらう、心の気高さを、神様が見ていたような気がする。
これからも、さらに活躍することを、楽しみにしています!