マスターの観劇記
劇団昴「Other People's Money 他人の金」(ジュリー・スターナー作)を観て

2019年6月9日

私の店の近くに、劇団「昴」がある。
昨日も公演のあと、出演した女優さんと、友達たちが、来店してくれた。
そして今日、Pit昴サイスタジオ大山へ出かけた。

劇場の階段を降りると、後ろから、「マスター!」と声が聞こえた。
振り返ると、演出の小笠原響さんがいた。
彼とは長い付き合いで、彼が大学生の時からだ。

最近は精力的な演出活動が光り、2018年に読売演劇大賞演出家賞を、受賞した。
受付で、劇団の人に頼んだ、チケットを受け取り中へ。
指定席は満席であった。

私の席は、中ほどにあった。
客電の薄明かりのなか、上手の煉瓦造りの部屋に、机が置かれている。
下手奥の一段高いところに、都会の近代的な事務所に、豪華な事務机と椅子が見える。

やがてブザーが鳴り、客席の明かりが落ちる。
そして照明が舞台を照らし、ドラマは始まった。
アンドリュー・ジョーゲンソン・愛称ジョーギーと、長い間苦楽を共にするビー・サリバン、そして社長のビル・コールがいる。

そしてコールが舞台中央に進み、これからは始まる、不穏な空気を暗示する。
すると、ローレンス・ガーフィンクル・通称ラリーが、ジョーギーを訪ねてくる。
ラリーはパソコンで、株式分析ソフトの、通称カルメンを駆使し、
電線メーカーのニューイングランド・ワイヤー・アンド・ケーブルを、買い占めの標的に定めていた。

ラリーはウォールストリートで、乗っ取り屋として、えげつない手法で名高い。
ラリーはすでに、ジョーギーがオーナーである会社の、株式を大量に、買い占め始めていた。
かつてジョギーの会社は、成長産業であり、ニューイングランド州の経済の繁栄に、大いに寄与した。

物づくりの素晴らしさを体現し、慈悲深く家族的な経営をする、成長産業であった。
だが現在は、時代の急激な変化に適用できず、僅かな利益を上げているだけだった。
ジョーギーの会社は、重厚長大産業であり、土地などの含み資産は、、膨大である。

ラリーの狙いは、そこにあった。
会社を乗っ取ったのちに、会社の資産を整理し、1株の利益を高め、莫大な利益を上げることができる。
それはまさに、現代の錬金術である。

かつての古き良き、家族経営的な企業理念と、現代の経済社会に蔓延する、拝金主義との対決である。
そして両者の死闘が、繰り広げられた。
数々の乗っ取りに成功したラリーは、株式の買占めを、狡猾かつ露骨に行った。

それに対し、ジョーギーたちは、防戦するが、形勢は不利に傾く。
そこで年来の同士である、ビー・サリバンは、娘のケート・サリバンに、援軍を頼む。
彼女はこの手の案件に実績がある、大手弁護士事務所に所属する、敏腕弁護士であった。

ケートは気乗りしなかったが、ラリーの女性に対する、態度に怒りを覚え、弁護を引き受けた。
だが、敵のラリーの牙城は堅い。
ビー・サリバンも、自分の全財産を持って、ラリーの事務所に行き、株を譲ってくれと懇願する。

だが寡婦とと子供の金はいらぬ!と、一蹴された。
形勢はますます、ラリー側に傾く。
だがラリーは、ケート・サリバンに好意を持っていた。

しかしそれとこの戦いは別と、割り切り、目的達成をもくろむ。
そこでケートは思いつく。
ラリーの気持ちの大胆な性格を利用し、株主総会に持ち込み、決選投票で勝利するこを。

ジョーギーには、信じあえる株主が、絶対多数いる。
舞台は小気味よく、整理され進行する。
時には聞きなれない、経済用語も散らばり、難解な部分もあるが、分かりやすく解説する。

そして舞台転換もスムーズに、無駄なく的確な、演出処理がされていた。
心地よいテンポとリズムを、劇団昴の役者さんたちが、確かな演技で支えている。
やがて最後の、決戦の時が来た。

ケートたちは、決選投票へ持ち込めば、勝利することができると、確信していた。
株主総会に集まった、株主を前に、ジョーギーが、企業のあるべき姿や理念を、滔々と熱情的に語る。
そのあと、乗っ取り屋のラリーは、株主たちに熱弁をふるう。

このままでは、ポケットの中に、数ドルが残るだけでよいのかと。
現在の株価が高まり、1株の利益が増えれば、儲かるではないか。。
そして株主たちの投票が集計され、結果をビー・サリバンが、読み上げた。

ジョーギーたちの予想に反し、大差で敗北を喫した。
会社の経営権のすべては、ラリーのもとに下った。
ジョーギーは失意ののち、2年後にこの世を去る。

ラリーは大金を懐に、ケート・サリバンを、顧問弁護士に雇い、のちに結婚。
そして双子をもうけ、ラリーたちは、勝利の美酒に浸る。
幸せそうな2人の、アイロニカルな笑顔を最後に、2時間のドラマは、幕を閉じた。。

欲を言えば、もう少し大きな劇場で公演したら、さらにダイナミックに、躍動的に展開するであろう。
ドラマの喜劇性が、批判的メッセージを、より鮮明に照射し、
買収や株買い占めなどの、利益至上主義的経済活動への、痛烈な警鐘となる。