マスター&ママの晩秋旅情 静岡県三島市「楽寿園」を訪ねて (静岡県三島市一番町) 2018年11月20日 伊豆熱川へ行く途中、静岡県三島市にある、三島市立公園楽寿園に立ち寄った。 開園の9時に合わせ、出かける。 公園の有料駐車場に車を置き、三島駅前入園口より、入園料300円を、公園事務所に払い入園する。 入ると左手に、菊の大輪が迎えてくれた。 園内は、10月30日~11月30日まで、第66回菊祭りが、開催されていた。 展示された、たくさんの菊花が、朝日を浴びている。 そして緑深い、木漏れ日の道を進む。 するとイロハモミジの木があった。 だが、イロハモミジの葉は、薄緑で微風に、さわさわそよいでいた。 三島は紅葉に、まだ早いのだろう。 時期になれば、きっと深紅に染まる。 季節の花が、可憐に咲く道を、さらに少し行くと、たくさんの花々が咲く、広場に出た。 右手奥に、メリーゴーランドが見える。 近づくと、左手に乗り物広場があった。 入り口にピカチューの、黄色い大きな人形が、入園者を迎えている。 今日は平日だからだろうか? メリーゴーランドは、動く気配もない。 花の広場を抜けると、奥に動物広場があった。 広場に行くと、のりもの広場と、 どうぶつ広場があった。 愛くるしい与那国馬(よなぐにうま)が、のんびりと遊んでいた。 日本最西端の離島・与那国に生息する、体高およそ120cm足らずの、日本在来種8馬種の一つである。 かつて日本の合戦で、武将たちが、手綱を握ったのは、ポニーのような日本馬だったのであろう。 広場には、アルパカやミニチュアホース、そしてアルゼンチンの・テンジクネズミ科のマーラがいた。 アルゼンチンの草原地帯バンバで、穴を掘り生きるマーラが、自分で掘った穴で休んでいる。 かつてはこの動物広場に、ゾウやキリンなどの大型動物も、飼育されていたようだ。 現在は他に、モルモット、カピバラ、フクロモモンガ、ハリネズミなどや、メキシコインコを見ることができる。 どうぶつ広場を一回りし、ふれあい広場に出た。 そこには、菊愛好家により、丹精に育てられた、色とりどりの菊花が、展示されていた。 さまざまな姿の菊花の大輪は、見事に咲き匂っている。 菊愛好家の苦心と愛情が伝わる。 この時期は、日本全国で菊祭りが始まる。 菊は日本を代表する、秋の花。 今年も余すところ、あと1ヶ月と少々、菊花が歳月を知らせる。 菊花を観賞し、石が露出する狭い、散策路を下ると、万葉の森に出た。 万葉集の和歌が、木札に書かれていた。 さらに枯れ葉散る道を進むと、威風堂々の大灯籠・楽寿灯籠が現れた。 日本庭園に、灯篭は良く似合う。 静謐な森に、灯篭は風趣を添える。 そしてさらに行くと、前方にモミジカエデの朱が、輝いていた。 このモミジカエデは、先ほどとは種類が、違うのだろうか? だが、秋色を愛でることができ嬉しい。 さらに行くと、こもれび橋に出た。 池に架かる木橋は、名前通り木漏れ日がさし、橋に影を刻んでいる。 池にはマガモたちが、群れとなり泳ぐ。 そして緑深い道を進む。 約75,474平方メートルの、広大な敷地の中にある楽寿園は、豊かな自然に満ちている。 やがて前方に、小浜池が見え、その彼方に、楽寿館が姿をみせた。 池面に樹々が映り、鮮やかに煌めいている。 さらに行くと、右手に水路があり、清流が流れている。 かつてこの小浜山辺り一帯が、富士山の雪解け水の湧水に、恵まれた地であったことを、教えてくれる。 当時、この豊かな湧水は、下流域の生活を支えた。 そしてこの湧水が水源となり、源兵衛川や蓮沼川へ流れ下る。 やがて、川水は三島地域以外に、広範囲に引かれるようになり、水不足を引き起こす。 それ以来、水をめぐる紛争が、絶えなかったようだ。 池沿いの道を行くと、正面に楽寿館が見える。 小松宮彰仁親王が、1890年(明治23年)に、別邸として造営された、京都風高床式数寄屋造りの建物である。 小松宮親王は、皇族として明治維新で、陸軍大将として活躍し、歴史に名を残した。 この池の水位は、季節により変化し、降水量の多い夏に増加、冬は減少する。 かつては豊富な湧水量を誇ったが、現在は枯渇するようになり、満水になることもなくなった。 また、この池は三嶋大社とも関係が深い。 三嶋大社の大祭は、沼津の千本浜で、小祭は小浜池で、禊が行われた。 楽寿館の前に、灰白色の溶岩が、鈍い光を放つ。 この溶岩は、1万年以上前に、富士山が噴火した、溶岩流により造られた。 吹きだされた溶岩流の最末端が、この小浜池辺りまで到達した。 それが徐々に硬化し、やがて三島溶岩流と呼ばれる。 そして、昭和29年に、国の天然記念物に指定された。 池を左手に見ながら行くと、小さな池があり、木漏れ日を浴びた枯れ葉が、秋の風情を醸し出す。 そして前方を見ると、三島溶岩流が、縄文土器の文様を、路傍に刻んでいた。 それは1万年以上前に噴火した、富士山の溶岩流の、凄まじさを示していた。 その溶岩流を切り裂いて、植物が芽を吹き、太い樹木に成長する。 そこにたくましい自然が、豊かに躍動する。 老樹の影に、鞍馬灯篭が、木漏れ日を浴びて鎮座していた。 そして、ことぶき橋を渡ると、楽寿館の前に出る。 玄関の硝子戸から覗く。 すると乳白色の磨りガラスの模様が、磨き上げられた廊下に映っていた。 玄関の前に、館内見学の時間が、表示されていた。 館内見学の人たちのために、1日6回のガイド付きツアーがある。 館内に帝室技芸員(現在の人間国宝)など、明治画壇の絵が、飾られている。 そして来た道を戻る。 すると、開け放たれた楽寿館の窓から、黄葉した秋景色が、広がっていた。 ことぶき橋を渡り、鞍馬灯篭の前から、趣のある石橋を渡り、おきな島に出る。 小浜池の向こうに、楽寿館が見えた。 その廊下に、女性たちが数人、ガイドの説明を聞きながら、こちらを見ていた。 秋の陽は燦々と、池や建物に降り注ぎ、園内の空気が、清涼に流れる。 そして池を回遊すると、小さな池が湧水を湛え、樹々を逆さ絵に移していた。 約2時間の散策を終え、公園の出入り口へ向かう。 やがて菊祭りのポスター見える。 公園の入り口から、先ほどにも増して大勢の人たちが、こちらに歩いてくる。 そして公園の出入り口の前に到着する。 十月桜が、可憐な花を咲かせ、青空に映えていた。 |