バーボンウイスキーが麹で造られたかもしれない?
2018年10月20日

応用微生物学の世界的権威・坂口謹一郎(1897-1994年)著『日本の酒』を、読み直した。
日本酒のバイブルともいえる、この名著はさすがに、読み応えがあった。
その中に、酒の博士と言われた坂口博士が、面白いエピソードを、書いていた。

それは明治に遡る。
日本の酒造技術が、アメリカへ輸出された。
清酒醸造に関する、研究をしていた、高峰譲吉博士(1854年-1922年は、玉蜀黍で麹を作ることに成功する。
そしてその麹で、玉蜀黍を糖化し、発酵させた後に蒸留し、ウイスキー造りを、完成させた。

この話が、当時、アメリカ産ウイスキーの9割を造る、ウイスキー・トラスト社長グリーン・ハットの耳に入る。
その後、同氏は試験工場を、ウイスキーの銘醸地、シカゴ南方の、ベオリヤに作る。
そして、1日3000ブッシュルの、玉蜀黍を原料に、ウイスキーを、製造し始めた。

ところが、麹を使った、ウイスキー生産が始まると、アメリカの製麦業者の、排撃運動が起こる。
当時も現在も、玉蜀黍の糖化は、麦芽である。
全米のウイスキーが、麹に変われば、製麦業者すべてが、失業する。

ウイスキー製造工場の周辺は、不穏な空気に包まれ、博士たちは、夜間の外出も、できなくなった。
そんな危険な空気が漂う、或る夜。
猛火が工場から吹き出し、数時間で工場は、灰燼に帰した。

だが、6ヵ月後に、工場は再建される。
ハット氏は、トラストの全生産額の、50パーセントを、麹で作ることを計画した。
だが、その3か月後、製麦業者の反対運動が、功を奏する。

アメリカ政府は、会社を解散させ、3か年の政府管理を命じ、騒動は幕を閉じた。
もし、後にタカジアスターゼや、アドレナリンを発明する、高峰博士による、麹によるウイスキー造りが、採用されていたら……。
アメリカのウイスキーは、すべて、日本の焼酎の製造法で、造られたかもしれない。