劇団昴ザ・サード・ステージ第35回公演
作・古川健(劇団チョコレートケーキ) 演出・日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)
『幻の国』観劇記
2017年9月23日

私の店から1分ほどにある、
Pit昴で上演されている、『幻の国』を観にゆく。
1時40分ころ、地下にある小劇場に入る。
すでに8割方、お客様で座席はふさがっていた。

最後列の席に座る。
何時も感心するのは、その舞台と観客席の構成の巧さ。
長細い空間を、斜めに当分割にしている。

舞台の下手側に、居間が造られ、上手側には事務所らしき部屋が見える。
2時ちょうどに、舞台の光が消える。
そして不気味な、重低騒音が響く。

と同時に、居間にスポットライトが落ち、カタリーナ・ザロモンが立っていた。
正面を向き、シュタージにより拘束された夫が、収容所で拷問の末に、虐殺されたことを告白している。
それは、これから始まる、独裁者ホーネッカー政権下、東ドイツの恐怖政治の序曲であった。

そして舞台は、ヘルムート・シュミットと、マリア・シュミット夫妻の部屋と、秘密警察組織・シュタージ本部の部屋で、展開される。
マリア・シュミットの部屋に、公共団地に住む、主婦仲間が集まり、団欒が繰り広げられる。
だが、マリアの夫は、シュタージュ本部の大尉であった。

そしてマリアも夫により、非公式協力員の使命を帯びていた。
つまり反体制的な近隣市民などを、夫へ密告する使命であった。
東ドイツ国家のために、その行為に、疑問をいだきながらも、正当化するマリア。

その託された使命とは、夫を虐殺された、、カタリーナ・ザロモンに近づき、その動静を探ることであった。
やがてソヴィエトに、ゴルバチョフ政権が誕生。
東欧諸国の民主化を支持し、冷戦体制の雪解けが始まる。

やがてハンガリーは、オーストリーへ門戸を開放。
東ドイツからハンガリーを抜け、西ドイツへ亡命者が押し寄せ、東西冷戦に、風穴が開けられた。
そしてついに、1989年に冷戦を象徴する、ベルリンの壁が崩壊した。

それはシュタージの最期でもあった。
国民を監視し迫害したシュタージは、国民の怒りと憎悪の標的となった。
シュタージジ内は混乱し、シュタージのファイルを西側に流し、保身を図る幹部と部下たち。

そして自分たちの犯した、国家的な犯罪を直視し、国家への責任を取ることを決意する幹部たち。
過去の国家的な犯罪を記録する、膨大なファイルが、シュタージ本部に残された。
かつて夢見た、理想の社会主義国家。

人々が平和で差別なく、自由平等な国家を目指した東ドイツ。
だが国家を掌握した支配者は、独裁的な権力の亡者になり替わった。
イデオロギーが間違っていたのではない。

国家権力を握った、政治的指導者が、恐怖国家に変貌させたのである。
かつて思い描いた、社会主義の理想国家は、幻の国であった。
ヘルムート・シュミットとマリア・シュミットは、団地の住人に、告白した。

自分は秘密警察組織・シュタージの大尉であり、マリアも非公式協力員であったことを。
東ドイツ国内に、シュタージの数は膨大であり、まさに監視と密告による、弾圧と粛清の手先であったのであると。
ベルリンの壁が崩壊し、自由の空気が流れ始める。

人々は心に深い傷を負いながら、未来に向け一歩を踏み出さなければならなかった。
マリア・シュミットの住む団地の住民も、それぞれに傷つき、かつての絆は破れた。
そのとき、遠くで自由を謳歌する花火が轟き、舞台に閃光が煌めく。

舞台には、かつて仲のよかった、団地の住人が集まり始めた。
かつての絆を、今すぐ取り返すことはできない。
引き裂かれた心の傷は、すぐには癒されることはない。

でも時が、何時か解決し、和解できる時も、来るであろう。
そのことを信じ、今は打ちあがる七色の光彩に輝く、花火を楽しもうではないか。
そのとき、かつてのシュタージ事務所に、ルドルフ・バーカー少佐が現れる。


事務所のデスクに置かれた、タイプライターを打ち続けた。
そして激しい衝撃音。
少佐は自分のこめかみに、銃弾を打ち抜き、机の上に崩れ落ちた。

シュタージとして生きた少佐は、死を持って国家に忠誠をつくし、おのれの罪を断罪した。
そして人々は、混乱の中、新しい国家の中で、未来への一歩を踏み出した。
舞台の明かりが落ち、2時間を超す芝居は終わった。

そして舞台に明かりが戻ったとき、舞台に横一列に並んだ、俳優たちの額に、微かな汗が滲んでいた。
そして俳優たちの表情に、やり遂げた笑顔が溢れる。
まさに日本は、共謀罪(テロ等準備罪)や、特定秘密保護法が、まかり通る時代になった。

それは治安維持法により、思想犯を弾圧し、圧殺した歴史へ逆行しているように見える。
『1984(Nineteen Eighty-Four)』で、イギリスの作家ジョージ・オーウェル(1903年-1950年)が描いた、
監視管理社会と、反国家的な人物を粛清する、危険な時代に向かっている。

かつて日本がたどった、歴史に近似している今、この芝居は意味がるであろう。
劇団昴ザ・サード・ステージ。
これからも、次々と問題作にトライしてください!