劇団東演『兄弟』(原作:余華 脚本演出:松本裕子)観劇記
2016年4月3日

4月の第1日曜日、池袋にある劇場「あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)」に出かけた。
この劇場に行くのは3年ぶりだろうか?
友達が主演する芝居を、見に行った時以来である。

少し早めに家を出て、開演まで余裕を持って、到着するはずであった。
ところが、かつてあった場所に、「あうるすぽっと」がない。
パンフレットで住所を確かめると、東池袋4丁目と記されている。

地図を頼りに行き、かなりの距離を歩いた末に到着した。
そこには斬新なビルが建ち、その2階に劇場があり、到着した時は、開演の15分前であった。

受付で予約してあるチケットをもらい、制作の横川さんに挨拶して、劇場の指定席に座る。
シックな黒を基調とした「あうるすぽっと 」の座席は301あり、ゆったりとして快適である
すでに劇場内は満席状態であった。

しばらくすると1ベルがなる。
やがて舞台に男優が2人登場。
観客へのお願いをした後、2人の男優が狂言回しのようになり、舞台は始まった。
そして結婚式の披露宴が展開する。

それは宋鋼の父・宋凡平と、李光頭の母・李蘭の結婚の宴であった。
その時から、宋鋼と李光頭は、異父で異母の兄弟になる。
家族4人は幸せな日々を過ごしていたが、やがて文化大革命の嵐が吹き荒れた。

かつて大地主だった宋凡平は、反革命分子として断罪され、苦悶の末に死んだ。
さらに李蘭も病に倒れ、この世を去る。
その死の間際、母は兄の宋鋼に、無鉄砲で奔放な弟、李光頭の将来を託した。

その親子愁嘆の場面に、血のつながりはないが、親子の情愛が深く刻まれていた。
やがて2人の兄弟は、助け合いながら、それぞれの道を歩んでゆく。
李光頭には、忘れられない女性がいた。

それは町一番の美女である、林紅である。
国営工場を再建し、大出世を果たした李光頭は、一目ぼれの林紅と交際を願う。
だが、林紅は拒絶する。

李光頭は兄に、仲を取り持つことを懇願した。
兄は弟の思いを、林紅に伝える。
だが、林紅には、心に秘めた人がいた。

それは宋鋼であり、優しく誠実な人柄に、心を惹かれていた。
兄はそのはざまで苦しみ煩悶する。
やがて、死を覚悟した林紅は、宋鋼に弟を選ぶか、自分を選択するか、二者択一を迫った。

宋鋼は弟に、自分の林紅への思いを伝え、林紅を選ぶ。
その時、弟は林紅をあきらめた。
やがて 中国は共産主義から、資本主義的経済へ方向転換して行く。

中国の経済大躍進の波に乗り、李光頭は紆余曲折の果てに成功し、大実業家になった。
だが兄の務めていた工場は閉鎖され、宋鋼は職を失う。
さらに宋鋼は病に襲われていた。

宋鋼たちの生活は、日を追うごとに苦しくなる。
林紅は宋鋼に、大富豪になった弟と会い、今の窮状を伝えてほしいと懇願した。
兄はかつて弟を裏切った思いから、弟のもとへ行きたくはなかった。

だがそれを、厳しい現実が許さなかった。
仕方なく弟の会社を訪ね、弟に再開した。
弟は兄を大歓迎した。
そして、弟は兄たちの生活の現状を知り、林紅の通帳へ、月々、10万元の大金を振り込む。

そのことを林紅は、夫へ内緒にした。
それを知らない宋鋼は、収入を得るため、愛する林紅のもとを去る。
宋鋼は詐欺師まがいの行商に誘われ、家を離れたのである。

だが誠実な宋鋼には、行商は向かず、町々を転々とし、その日ぐらしの生活になる。
そして行商の途次のある日のこと、かつて同じ町に住む知人と遭遇する。
宋鋼は同郷の知人に諭され、郷里に帰った。

だが、愛する妻は、大富豪の李光頭と情交に耽っていた。
欲望と虚飾の渦の中で、逞しく生き抜き、経済的な勝者となった弟は、まさに時代の覇者であった。
そして初恋の女性を、兄のもとから奪い、己の欲望を満たしていた。

その姿は戯画化され、現代の中国社会を痛烈に嘲笑し、強烈な告発となる。
ベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht 1898年-1956年)的な手法により、
60年あまりに及ぶ年代記は、現代中国を風刺する、壮大な劇画を思わせる。
そのクロニクルを、劇団東演の俳優たちが、躍動的な演技力で、深く印象的に表現する。

その群衆劇的なアンサンブルが、陰翳深い印象を、見るものに与える。
李光頭と林紅の繰り返される情欲の果て、宋鋼は絶望し、2人へ遺書を残し、鉄道自殺をした。
人生の恍惚の絶頂に、兄の死を知らされた2人は、悲しみと苦悶の淵に沈む。

アリストテレス(前384年-前322年)が、『詩学 De Poetica Aristotelēs』で述べている。
悲劇とは発見・認知(アグノーリシス)の瞬間に、急転(ペリペティア)が訪れると。
弟の李光頭は、人生の最高潮の時に、兄の死を知り、兄弟の深い絆が、無残に引き裂かれたことを悟る。
上演時間約3時間、見ごたえのある芝居であった。