うららかに、秩父の正月
2016年1月1日ー3日

正月はうららかな陽気で、すでに秩父郡小鹿野町の山里も、春めいていた。
正月二日も空は澄みわたり、風もなく穏やかである。
昼食終え、二階の部屋の陽だまりで、芝木好子著『夜の鶴』を読む。

下谷の芸者置屋の女将関と、名妓の養女小鶴、その娘千賀子たちの、人間模様が陰翳深く描かれる。
降り注ぐ陽光は、私の住む板橋と異なり、明らかに強く肌を刺すほどであった。
それは秩父の清澄な空気と、東京の空気の大きな差なのであろう。

やがて親戚の甥っ子と姪っ子から声が掛った。
そして秩父神社のお膝元、本町を練り歩く獅子舞見物に、出かけることになった。
獅子舞は兄妹の父親たち、秩父の夜祭連が、本町の民家や商家を訪れ、お囃子に乗りながら舞う。

秩父市内に着き、神社でお参りをしようとしたが、参拝客で長い列ができていた。
とりあえず参拝をあとにして、獅子舞を訪ねることにした。
だが、獅子舞のお囃子の響きが聞こえない。

裏小路を行くと、そこは人通りがなく、静寂に包まれていた。
昔からの佇まいを残す商家も、ひっそりと趣を添えている。
さらに辺りを遊歩しながら表通りにでるが、やはり人通りは少ない。

混雑は秩父神社の周辺だけであるようだ。
親戚の兄妹とともに、獅子舞探しをするが、お囃子は聞こえない。
諦めて神社に戻る。

そして車に乗り、表通りを通過するとき、横町から突然獅子舞が現れた。
兄妹の父親はいなかったが、旧知の夜祭連のイナセな兄さんたちが近づき、車の中へ獅子の顔が迫る。
姪っ子は悲鳴をあげて泣き出した。

幼い子には獅子頭が恐怖を与えるのだ。
甥っ子は獅子頭の中の兄さんに声をかける。
だが姪っ子は涙の絶叫。

仕方なく、早々に車でその場を立ち去り、秩父市内を後にした。
そしてかつて本陣もあった、小鹿野市街を抜け、三十二番法性寺も近い、小鹿野町長留へ向かった。
翌日の三日も好天に恵まれた。

昼下がりの二時前に、ママの実家に別れを告げ、東京へ向かう。
帰途の道すがら、秩父神社で新年の挨拶をすることにした。
その途中、「酒造りの森 秩父錦酒蔵資料館」に立ち寄り、秩父錦の新酒を購入する。

軒下に新酒をしるす、杉玉(酒林)が吊るされ、常緑の緑が変色し始めていた。
はるか彼方に目を移すと、雲一つない青空に、武甲山の雄姿が、陽光に煌めいていた。
秩父を抱きかかえる、石灰岩の山は、まさに秩父の象徴で荘厳である。
荒川沿いの県道209号を進み、荒川に架かる巴川橋を渡り、しばらく行くと秩父神社に到着した。
予想通り渋滞もなく、すんなりと駐車できた。
境内の舞殿では、神楽が奉納されていた。
秩父地方に古くから伝わる神楽は、寿ぎの正月によく似合う。
勇壮果敢な扮装やら、愛嬌溢れるひょっとこ等が、舞台で優雅に舞う姿に、思わず笑みがこぼれる。
横笛の伸びやかな音色が、雅な風情を醸し出す。
舞殿の前には、たくさんの老若男女が見物し、スマホやカメラで撮影していた。
今日が三が日の最終日。
すでに陽は薄く射し始めていた。
まだまだ陽は短く、陽が落ちると、境内に冷気が漂うだろう。
舞殿を後に、参拝を急ぐことにした。
階段を上り、両袖に潜り門のある神門を抜け、参道を進む。
本殿の前に、参拝を待つ人たちが大勢いた。
列に並び参拝を済ます。
今年は例年になく、参拝客が多いような気がした。
参拝をすまし、先ほどの舞殿に来ると、神楽は佳境に入っていた。
奇妙な面を被った踊り手が、ユーモラスな仕種で踊っている。
秩父の山里に、連綿と伝わる民俗芸能よ、何時までも永遠なれ!