板橋演劇鑑賞会30回総会レポート
そして女優本山可久子さんが、亡き母女流俳人の鈴木真砂女を語る
2015年3月日

このところうららかに春めき、紅白梅の妖艶な匂いが、何処よりか流れ来る。
だが3月の1日は、朝から小雨煙る肌寒い一日。
板橋演劇鑑賞会の総会へ出かけた。

前日は少し深酒が祟り、二日酔いの気配。
午後一時前に家を出る。
会場の板橋グリーンホールには、開会の1時30分にわずかに遅れた。
会場はすでに大勢の会員が、役員の説明に聞き入っていた。

その数は130人程であることを、しばらくして知った。
板橋演劇鑑賞会は、現在830人を超す大所帯である。
さらにこの数年、毎年会員数を、確実に増やしている。

全国にある演劇鑑賞会は、存続の危機に瀕するところも多い。
会員の高齢化が進み、これからも演劇鑑賞会の前途は苦しい。
板橋演劇鑑賞会も、7年前に存亡の危機に晒されたと聞く。

だが現在の執行部の努力により、会員数を飛躍的に伸ばし、存在基盤を安定させた。
会長を含め事務局長や役員は、圧倒的に女性が多い。
やはり現代は女性の時代、女性の活躍の賜物であろう。

会員に手渡された、決算報告書の説明や質疑応答も、滞ることなく予定時間より早く終わる。
さらに役員の改選と新布陣の紹介のあと、15分ほどの休憩を挟み2部が始まった。
先ほど役員が座った席に、劇団「朋友」の制作・夏川正一さんと、劇団「文学座」女優・本山可久子さんが座る。

そして板橋演劇鑑賞会が、6月に公演予定の「真砂女」について、二人は語り始めた。
その芝居は銀座の小料理屋の女将で、女流俳人・鈴木真砂女の世界を描いている。
現在文学座の女優で、82歳の本山さんの語りに、人生の深い哀感が滲んでいる。

不思議な縁から文学座の研究生になり、同期に仲谷昇、北村和夫、小池朝雄がおり、すべて鬼籍の人である。
「朋友」の夏川さんと、本山さんの当意即妙の対談は、ユーモアに溢れ愉しい。
鈴木真砂女は本山さんの実の母親であり、その母の「とんでもない」波乱な人生の思い出を彷彿と語る。

鈴木真砂女(すずき まさじょ・1906年11月24日-2003年3月14日)は、
千葉鴨川にある老舗旅館・吉田屋旅館(現・鴨川グランドホテル)の三女として生まれる。
そして22歳で日本橋横山町にある、靴屋の次男坊と結婚し、本山可久子さんを出産する。

しかし賭博癖の夫は蒸発し、娘の可久子さんを残し、鈴木真砂女は鴨川の実家に戻る。
だが実家の老舗旅館を守る、28歳の長姉は急逝。
その時真砂女が出会ったのが俳句であった。

やがて真砂女は義兄(長姉の夫)と再婚し、旅館の女将として、天真爛漫に立ち働く。
だが或る日のこと、旅館は出火し全焼する。
しかしその逆境に立ち向かい、悪戦苦闘のすえ旅館は復活する。

そして 30歳の時、妻子ある海軍士官との不倫が発覚。
旅館を追われるようにして、娘の本山さんの住む、6畳一間の下宿に転がり込む。
その3カ月後、利息なし出世払いの条件で、出資者から300万円を募り、銀座一丁目に「卯波」と言う小料理屋を開店した。

お客様に教えられながらの素人商売は、開店当初から繁盛し、会社の重役や文人墨客などで賑わったという。
そんな破天荒な母親は、まさに本山さんいわく「とんでもない人」であるが、
やがて銀座の名物女将となり、松屋デパートのお歳暮のポスターにもなる。

そんな真砂女さんも、晩年は痴呆症も出て、2003年に96歳でこの世を去る。
その晩年の最終の俳句を、本山さんは囁くように詠む。
一句二句と詠み進むうちに、声は微かに震え、やがて涙声にむせぶ。

そしてこみ上げる心を、押しとどめるように、涙声で
「すみません・・・・・・」といいながら、最後の句を詠み終えた。
「真砂女」の芝居の中で、本山さんが母に向かい語る場面がある。

劇場の奈落の遠く彼方に視線を移し、語り始める。
するとそこに、青い小さな光が見える。
だがその光は、一点に留まることを知らず、浮遊するかのように動く。

それはまさしく母の光であり、「とんでもなく」輝いた生涯を生きた、女流俳人・鈴木真砂女の輝きであると。
だがその光は他の誰にも見ることは出来ない。
1時間程の対談は爽やかに、そして陰影深い印象を残して終わる。

本山さんの語りは、限りなくやさしく、しなやかに波乱の人生を生き抜いた母への、慈愛に満ちた鎮魂歌であった。
そして会場は一転し、懇親会の席にかわる。
テーブルに料理が並びお酒が置かれ、和やかな雰囲気に包まれる。

そして乾杯の音頭で、懇親会は開かれた。
大勢の会員たちが、和やかに歓談する。
やがて余興が繰り広げられ、笑いと拍手が沸き起こる。

板橋演劇鑑賞会は、今年で創立30年を迎えた。
その当時を知る創立メンバーも、いまだ健在である。
そして80歳を超す会員も多数いて、元気に鑑賞会の運営に、精力的に参加している。

私の経営するバーも、今年で31年を迎える。
くしくも板橋演劇鑑賞会と、歩みを同じくしてきたのである。
私も68歳を迎える。

本日、板橋演劇鑑賞会総会に参加し、私より高齢の大勢の方々に、元気をいただいたようである。
来年もまた元気な80歳の方々と、そして若い新会員と交流できることを願い、
板橋演劇鑑賞会員がさらに増加し、躍進することを祈念いたします。