悠久の宮、埼玉県坂戸市の聖天宮を訪ねて
2015年11月15日

晩秋の爽やかな陽気の中、関越道から圏央道を進み、坂戸ICで高速道を降りる。
そして県道269を進むと、長閑な田園地帯が広がる。
すでに秋寂びた風情を晒し、単調な景色が続く。

やがて忽然と、金色の甍が青空に映え、優美な姿が煌めいていた。
日本の宮殿と趣を異にする、異国情緒に溢れていた。

その名は聖天宮(せいてんきゅう)。
日本で最大級の道教のお宮である。
中国や台湾では、三大宗教である、仏教、儒教、道教が信仰されている。
道教は「神仙思想」や「老荘思想」に淵源し、中国大陸古来の民間信仰である。
雑木林の平原を整地し、昭和57年に着工。
台湾から当代随一の宮大工を招請し、15年の歳月の後、聖天宮は平成7年に完成した。
聖廟の建造者は、台湾の康國典(こうこくてん)大法師。
大法師は40歳半ばに大病を患う。
その時、ご本尊「三清道祖」に病気平癒を祈願をすると、7年の闘病生活を経て、奇跡的に病気は完治した。
その後、病気平癒に対する感謝の念から、道祖を祀る聖殿建造を思い立つ。
そして建造の地を、探し求めていた。
すると或る時、お告げを授かる。
そこは生国の台湾ではなく、日本のこの地に建立せよとの、お告げであった。
車を無料の駐車場へ置き、煌びやかな天門の前に立つ。
黄金の甍の上に、極彩色の無数の彫刻が飾られ、その上に左右を大きな龍が、秋空に舞う。
その屋根を、彫刻を施された石柱や壁が、豪壮に支える。
天門の左手にある受付で、入館料の300円を納め中へ。
前殿へ続く回廊は、光沢も眩しい石造りで、静寂を湛えた聖域を思わせる。
右手には石畳の広い中庭が広がる。
そして中庭に降り、正面に聳える本殿の前に進む。
思いのほか参拝の人の姿も少なく、境内は静寂に満ちている。
階段の前の中央に、聖天宮と刻まれた、一枚の岩から彫り上げられた龍の彫像が、威厳に満ちて立つ。
階段を上ると左右に、おどけた表情の狛犬が控えていた。
そして壁には、台湾情緒に溢れた、石の透かし彫りの彫刻が、出迎えてくれた。
台湾の建造物は、石と木の総合芸術なのであろう。
本殿は極彩色に煌めき、聖殿の神秘が醸されている。
天井は高く色鮮やかな木彫が響きあい、本殿の中は神仙世界の桃源郷のようだ。
すると本殿の脇にいた男性が近づいてきて、細かに聖天宮の説明をしてくれた。

天井の螺旋状の木組は、釘を一本も使わずに、組み上げられている。
そして聖殿を支える石は5メートルに及び、一枚岩から削り出されたものであると。
微かに台湾訛りの日本語で、優しい笑顔で教えてくれた。

堂内奥には、ご本尊「三清道祖」の像が、ほほ笑みながら金色に輝いていた。
中央に天地創造の神・元始天尊が、金色の龍を後背にして直立している。
右に万物を道徳へ導き「道」を司る神・道徳天尊、、左に森羅万象に魂を授ける神・霊寶天尊が並ぶ。
「三清道祖」の黒い顎髭は長く垂れ下がり、穏やかな面立ちをした、仙人のようである。
その前奥左側に北斗星君が、柔和な姿を見せ、手前中央に四聖大元帥が、そして右手奥に南斗星君が立つ。
極彩色に輝く像たちは威厳に満ち、聖域を尊厳で包んでいる。
参拝をすまし階段を下りて中庭に立ち、前殿を見ると、前殿を包むガラスの鏡面に景色が映る。
その向こうに前殿を透かして、天門が陽光に輝いていた。
そして前殿の左右にある、鐘楼と鼓楼へ上る。
   
階段は狭く急峻である。
気を付けながら上ると、鐘楼の鐘が天井から釣り下がっていた。
鐘は3時に、打ち鳴らされると書いてある。
   
時は3時まで、余すところあとわずか、鐘はまもなく鳴るはずである。
楕円形の出入り口から、長閑な田園風景が広がっていた。
屋根にはガラスとモザイクタイルで作られた、羽搏く鳳凰の極彩色が、傾き始めた陽光で眩い。
階段を下り鐘楼を出て、鼓楼の入り口を入ると、左手に鍾馗様のような、磁器の置物が飾られていた。
その横の階段を上りきると、大きな太鼓が天井から吊られていた。
やはり3時に、鐘楼の鐘と一緒に打ち鳴らされるようだ。
外を眺めると、本殿は陽光を浴び、威風堂々とした優美な姿を、青空に刻んでいた。
そして振り向くと、天門が煌びやかに輝き、甍の龍たちが躍動していた。
階段を下り前殿の中へ行く。
太い朱色の柱に支えられた天井は高く、無数の彫刻で彩られていた。
壁際には巨大な像が立ち、入殿した人を迎えてくれた。
秋の日差しが前殿へ降り注ぎ、前面の巨大なガラスを反射している。
設えた椅子に座り、一休みしていると、3時を知らせる、太鼓と鐘が響き渡った。
そして外の景色を眺めると、窓外の景色は、深い陰翳を刻み、悠久の時の中に屹立している。
秋の日は短く、やがて陽は暮れ、宵の中に、幅50メートル、高さ25メートの天聖宮は、美しい影絵となるであろう。