春爛漫、桜咲く
2015年3月31日
3月31日は春爛漫、やわらかな陽光が降り注ぐ。
この数日はおだやかな陽気に誘われ、桜の蕾も待ちかねたように、咲きほころぶ。
だが予報では、明日から天気は崩れる。
雨が降れば、桜の花々は散り、桜の絨毯に変わる。
桜を愛でるチャンスは、今日一日のようだ。
家を早めに出て、桜見物に出かけた。
私の住まいの隣の公園は、桜の老樹が満開である。
青空に薄紅の花を輝かしていた。
花々から漏れ落ちる日が、老樹に影を映していた。
公園からなだらかな坂道を下ると、左手にも公園がある。
遠く眺めると、民家の生垣から、ボケの花が咲き匂い、桜の花々と美しい韻律を奏でていた。
ボケの下を行くと、左手に公園がある。
ソメイヨシノの薄紅に交じり、真っ白な桜の花が、微風にそよいでいる。
若緑の葉に抱かれるように、凛とした風情で咲いていた。
公園のあちらこちらに、お花見を楽しむ人影が見える。
桜の花の咲き誇る瞬間は刹那。
一年で一度だけの絢爛は、季節の大切な贈り物である。
その短い桜の花々の下で、老若男女が花々を愉しんでいる。
陽は陰ることなく、心地よく降り注ぎ、大地に桜の梢が影を映している。
春うららかな公園は、長閑な景色を描いていた。
桜の木々の遠く、桜花越しに高速道路が走り、行き交う車のエンジン音が鈍く響く。
そして桜の短い回廊を過ぎ、道路を渡ると、さらに広い公園に出る。
遊歩道はヒマラヤスギと、欅の並木道である。
ヒマラヤスギから、ミントの様な芳香が、漂い流れる。
深い木々の陰影の中を進み右に折れると、木々の若葉が陽光に照らされている。
葉脈を浮き出す、若芽の新緑が眩しい。
すでに初夏の装いを、先取りしていた。
季節の移ろいは早い。
その季節の印象を強く刻まないと、季節に置き去りにされる。
桜が終わり、つつじが咲き終わると、日射しは強くなり、木々は緑を濃くする。

さらに進むと、桜が咲き匂う広場に出た。
広場に大勢いのお母さんたちがいた。
それぞれ色とりどりのビニールシートを敷き、幼い子供たちと、お弁当を広げていた。
さらに行くと、そこにもたくさんの女性たちや、子供たちで賑わっていた。
きっと幼稚園か保育園の仲間たちなのであろう。
子供と若いお母さんたちの元気な姿は、何物にも代えがたく微笑ましい。
少子化が叫ばれる昨今、溌剌としたお母さんは頼もしい。
これからの日本は、このうら若きお母さんたちが担う。
お母さん頑張れと、心の中でエールを送る。

たぶん今年の桜も、今日が見納めになるかも知れない。
桜花の艶なる匂い咲きに、名残を惜しみながら公園を後にする。
すると途中に、小さな花壇があった。
 
そこには紅白のチューリップが花開き、黄色く楚々とした花が咲き、春の花々が協奏していた。
明日から4月、春が一気に咲きこぼれる。
そして桜が終わり、藤が薄紫に枝垂れる頃、初夏が訪れる。