蔵の町、小江戸川越祭を訪ねて
2014年10月19日


日曜日の正午前に家を出て、川越祭へ向かう。
川越祭へ出かけるのは、何年ぶりであろうか?
秋晴朗の麗らかな川越街道をくだる。
 
幸い渋滞もなく、1時間半ほどで、川越市内に到着。
だが交通規制により、何時も駐車する、マルヒロ・デパートの駐車場へ、近寄れなかった。
仕方なく空いている駐車場に車を置く。
 
すでに道には人が溢れていた。
そしてメイン会場に向かう、商店街の狭い道を進む。
遠くにマルヒロ・デパートの看板が見える。
 
商店街の道は、露店や出店が犇めき、通行人が道を埋め尽くしている。
程なくしてマルヒロ・デパート前に到着した。
デパート前の駐車場は、露店に占領されていた。
 
そこからは会場へ向かう、裏路地を進むことにした。
そこは嘘のように静かで、人通りが少なかった。
やがてメイン会場に到着。
 
特設舞台では、居囃子の音が賑やかに響き、オカメ姿の踊り手が、愛嬌をふりまいていた。
やがて来る宵山を待つ、居囃子の響きが、辻々から響き渡る。
笛や太鼓に鉦の音が、祭の華やぎを醸していた。
 
そして舞台狭しと踊り手が、様々な姿態で滑稽な動きを披露する。
囃子方には少年や少女の姿も見える。
祭が連綿と継承されている姿に、人ごとながら安らぎをおぼえた。
 
停車している山車には、曳き手や若衆が曳き綱を握る。
揃いの半纏を着た曳き子たちが、出発の合図を心待ちにしている。
山車の屋台では踊り手が、奇態な踊りで笑いを誘う。

高さ7メートルに上る山車は、昼下がりの陽光に煌めいていた。
紺の半纏に町名が染め抜かれ、額には肌色の鉢巻をしめた若衆が、山車の後ろに待機している。
若衆の姿に粋な男の匂いが漂う。

  
やがて先頭の宰領が、一の拍子木を鳴らし、続いて鳶頭が二の拍子木を打ち鳴らすと、ゆっくりと山車は動き始めた。
そして山車は仮設舞台の前に差し掛かる。
すると山車はせいご台の上を、ゆっくりと水平回転をする
 
仮設舞台の居囃子と、山車のお囃子が激しく、鉦や太鼓を打ち鳴らす。
仮設舞台と山車の踊り手が向き合い、踊りの応酬をする。
山車の上にはいなせな勇み肌の若衆が、辺りに気を配っている。
その横の幕の金の刺繍が、陽光を浴びて眩しかった。
 
メイン会場には警察の待機所も設え、祭りの様子を窺っている。
やがて辻々に待機していた山車が、今や遅しと出発を待っていた。
祭り衣装に身を纏う、稚児たちの姿が可愛い。

山車の天井には、腹掛や半纏に股引姿の男衆が、出発の合図を待つ。
やがて拍子木の乾いた音が響きく。
山車の前の元綱の辺りを、揃いの法被を着た、鳶の若衆が固めている。
すでに準備完了!
曳き手たちの顔に、笑顔がこぼれている。
祭の華やぎの中、唐破風の下の屋台では、賑やかにお囃子が鳴り響く。
踊り舞台では、朱色の頭の獅子舞が、踊り撥ねる。
警護の提灯を持つ、先導役の長老は、男の子と何やら話している。
男の子が何やら尋ねごとでもしているのであろうか?
長老が耳を寄せている。
色あでやかな手古舞(てこまい)姿の少女たちも、出発の時を待つ。
やがてお囃子は、益々賑やかに、躍動的に打ち鳴らされる。
そして二の拍子木が響き、山車は車輪の軋む音と共に動き始めた。
さらに奥に進むと川越蔵の町が姿を見せ、その辺りには幾台もの山車が出発を待っていた。
日本情緒に溢れる川越祭には、大勢の外国人の姿も見える。
蔵造りの古い町並みと、絢爛豪華な山車が良く似合う。
江戸の天下祭の様式を、360年の時を繋いで、今に伝える川越祭。
小江戸川越の氷川神社の大祭は、華麗に彩られる。
秋の日は傾き始めながら、山車と灰黒色の漆喰の蔵が、鮮やかな影像を刻む。

蔵造りの商家の看板を見れば、江戸時代の年号が刻まれている。
この辺りはさらに一段と、夥しい見物人たちで溢れていた。
陽光はさらに傾き、山車の頂上の人形を照らしている。

やがて見物人がざわめき、お囃子の響きが高まる
そして山車はゆっくりと動き始めた。
二階窓から見物するお年寄りの顔には、祭の情緒を愉しむ笑顔が零れていた。
そして次々に山車が、情趣あふれる蔵造りの町を、ゆらりゆらりとお囃子の響きに合せ通り過ぎて行く。
煉瓦造りの洋館の前を山車が進み、洋館は陽光を浴びながら、真っ青な空の中に聳えていた。
いよいよ夜のクライマックス、午後6時半ごろから始まる、宵山に向かって動き始めた。
町の辻々で川越祭の最大の醍醐味「曳っかわせ」が、華やかに繰り広げられるであろう。
山車が交差点で出会うや、お互いに囃子台を正面を向け、激しく競い会う様は壮観である。
秋の日が落ちるとともに、川越の町は祭の喧騒に燃える。
遠く目を移すと時の鐘が、深い陰影の中に屹立していた。
蔵造りの町はさらに人で溢れ、身動きが出来ない程に膨れ上がる。
表通りを避け、先ほど見た「時の鐘」に通じる路地を進む。
「時の鐘」の前を通り、川越名物の芋菓子屋さんの、趣ある建物を通り過ぎる、風情のある木造の洋館が建っていた。

そして裏路地からメインストリートに出ると、山車を待つ見物人が、観覧席で笑顔を湛えていた。
いよいよ祭の佳境が迫っている。
私たちも宵山に向け、近くの居酒屋で休息をした。

 
1時間ほど休憩をし、ほろ酔い機嫌で夜の町へ。
町は立錐の余地がない程に、混雑していた。
立ち止まることも出来きず、人の流れの中に紛れながら、一方通行を進む。
たくさんの露店には裸電球が灯り、最後のかき入れ時を迎え、威勢のよい掛け声が響く。
商家の軒下には祭礼の提灯が、祭の華やぎを演出している。
遥か彼方を見渡せば、繰り出した夥しい人々で路上は埋まり、特設舞台でお囃子が、賑やかに鳴り響く。
川越祭はいよいよ最高潮を迎えようとしていた。
特設舞台の老若男女の囃子方の顔に、川越祭を司る喜びに溢れている。
夏が過ぎ、秋を迎え、冬が訪れ、新年が近いことを、川越祭は伝える。
特設舞台ではお囃子のリズムに乗りながら、踊り手がしなやかに、そして激しく躍動する。
2日間にわたる踊りで、さぞや疲労も限界に、近づいているであろう。
だが最後の宵山のクライマックスへ向け、最後の力を振り絞り踊り続ける。
人はその時、恍惚の境地に浸り、肉体的な限界を超越する。
それが祭であり、祭を司る氏子衆の喜びであり、誇りなのであろう。
たくさんの山車の鉾には提灯が灯り、町は幻想的な情緒を醸し出す。
山車の鉾の上の若衆たちの姿は凛々しく、夜空にいなせな影を刻む。
提灯の火影の下、唐破風に覆われた舞台で、激しく鉦や太鼓が打ち鳴らされ、舞い手がさらに躍動する。
曳き手たちは誇らしげに、綱を片手に握り、先導役の指示に従い、誇らしげに進んでゆく。
祭の喧騒の中、事故が起きないように、男衆の顔も真剣である。
暫しの休憩の後、山車の巡行曳き回しが始まり、囃子舞台はさらに賑やかになった
遡れば江戸時代の元禄11年(1698)
に、川越十ヶ町の一つである高沢町が、初めて踊り舞台を披露した。
さらに江戸の風流や情趣を取り入れ、江戸祭礼の様式を継承し、現在の形に発展した。
川越と江戸は新河岸川の舟運により結ばれ、川越は大いに栄える。
江戸の文化がこの地を彩り、江戸で失われつつあった、天下祭の様式が鮮明に残った。
そして文化・文政時代の、天下祭の様式やしきたりが、現在まで継承された。
江戸の祭の花形、踊り屋台が華やぐ山車は、江戸から川越へ流れ発展した。
全ての山車は一本柱型式に 統一され、勾欄の上に人形を乗せる様式を確立した。
やがて平成17年(2005)、「川越氷川祭の山車行事」が、国指定重要無形民俗文化財となる。
二重の鉾の回りには、金銀の刺繍が施され、絢爛と輝く提灯に照らされ、鮮やかに文様が浮き出る。
勾欄や腰まわりの彫刻が、長い伝統に培われた職人の匠をしるす。
車輪の軋む音を響かせ、山車がゆっくりと進む。
そして道端の居囃子に近づき、山車はせいご台の上を水平回転する。
山車の踊り手と、居囃子の踊り手が向きあい、賑やかな踊りの応酬が展開する。
踊り舞台の踊り手は、剽軽に踊り、滑稽に舞う姿は飄逸である。
お囃子方たちは、鉦や太鼓を打ち鳴らし盛り上げる。
やがて山車は正面に向き直り、ゆっくりと進み始めた。
川越の町は笛や鉦や太鼓が響き、舞台では踊りが乱舞し、見物人たちの歓声が轟く。
まさに町が祭の色に染まり燃え上がる。
辻々で提灯に照らされた山車が向きあい、祭のクライマックスの「曳っかわせ」が繰り広げられる。
山車同士が擦れ違いざま、せいご台の上を45度余り、水平回転し向き合う。
踊り舞台の踊り手が、激しく舞い狂い、踊りとお囃子の息もつかせない、壮絶なバトルが始まる。
その時揃いの衣装に身を包む若衆達が、提灯を差し上げ気勢を上げる。
見物人たちも熱気に誘われ、拍手が沸き起こる。
祭の壮烈なエネルギーが、辺りに放射される。
祭一色の空間に、人々の元気と活力と、躍動のエネルギーが放散される。
その迸るエネルギーに触れ、人々は生命が飛翔する、エネルギーに包まれる。
祭の空間は非日常であり、人々に迸る生のエネルギーを、与えるのである。

すでに時刻は8時を過ぎていた。
江戸の風情を醸す天下祭、今宵最後の華が豪華絢爛に咲き誇る。
打ち鳴らすお囃子が夜空に響き、若い衆の歓声が轟く。
 
華麗な衣裳に着飾る曳き手の行列が、厳かに進み、半纏を羽織るいなせ若衆が随行する。
山車の舞台や居舞台の踊り手が乱舞し、残された数時間に燃え尽きる今夜限りの饗宴。
埋め尽くされた群衆の昂奮の中を歩き、私たちは祭を後にすることにし、駐車場へ向かった。
 
すると遠くに神輿の掛け声が聞える。
その掛け声に誘われながら、声のする方向へ進むと、大きな神輿が見えた。
それは普段見る御神輿よりは数段大きく、漆塗りの漆黒と金の飾りのコントラストが眩かった。
 
祭の華の神輿も登場し、いよいよ今年の川越祭も、鮮やかな終焉を迎える。
神輿を担ぐ男たちの顔には、祭の最後を飾る矜持が伝わる。
今年も川越祭に、大きなハレのエネルギーを頂いたようで、爽やかであった。