柳家さん生師匠の落語会で浅草寿町へ
2013年8月18日

日曜日の午後2時頃に家を出て、浅草へ向かった。
今日は柳家さん生師匠の落語会「わらいぐま現わる」の千秋楽。
浅草寿町にある「ことぶ季亭」で、夕刻の4時に開演する。

川越街道を進み春日通りを行くと、40分足らずで目的地に着いてしまった。
やはり夏休みシーズン、都心の道路は空いていた。
開演まで時間が余り、浅草界隈をドライブすることにした。

私がかつて料理屋の支配人をしていた頃の話。
上野のれん会会員の旦那衆が亡くなり、寿町にあるお寺へ、社長の名代でお通夜やお葬式で度々訪れた。
かつてこの辺りにはお寺がたくさんあり、関東大震災で当時の郊外の世田谷などへ移った寺もたくさんある。

その寿町の一角に放送作家・作詞等で有名な、永六輔氏の実家・最尊寺もあったと記憶する。
ここから料理道具の街・合羽橋も近い。
当時の上野の古老たちは、合羽橋とは言わず菊屋橋と言っていた。

今では松ヶ谷などと言う、詰まらない名前になってしまった。
道具街には取引先の食品サンプルで有名な「まいずる」がある。
当時はまだ蝋製の食品サンプルの「須藤」が有名であったが、蝋製は熱に弱く太陽光で色が落ち変色した。

「まいずる」はいち早く、熱と太陽光に強い合成樹脂の食品サンプルを作り、サンプルの主流となった。
店に顔を出しサンプルを買うと、あっという間に10万円位になってしまった。
近くには調理道具の「川崎屋」、ユニフォームの「福岡屋」などもあり懐かしい。

さらに「はし藤」があり、割りばしなどを仕入れていた。
店の大旦那と歩いていると、店から店員や店の主人が現れ、挨拶をしてくれた。
合羽橋の裏手にあたる稲荷町には、噺家で稲荷町と言われた林家彦六師匠の住まいがあり、4軒長屋の隅の1軒に、季節で変わる粋な暖簾が掛けてあった。

そんなことを回想しながら、寿町から言問通りを進み馬道へ向かう。
すると浅草を代表する、創業130年の老舗料亭・浅草田圃「草津亭」の前に出た。
料亭の前には大きな観光バスが何台も停まっていた。

今は団体客も訪れるのか?
そしてかつて吉原への往還を馬に乗り通った、お大尽たちを偲びながら、馬道を進み二天門前をの交差点を越す。
さらに進むと左手に松屋デパート、前の交差点を左折し吾妻橋を渡る。

墨田川は陽光に照らされ、きらきらと川面が輝いていた。
川端に降りれば墨田の川風が吹き流れ、さぞや涼しいことであろう。
そのあとにアサヒビールのビヤホール吾妻橋ホールで、生ビールをごくッごくッと飲みたいものだが。

左手にアサヒビールの建物を見ながら直進すると、前方に大きく東京スカイツリーが見える。
さらに進み浅草通りを行き、本所吾妻橋を過ぎ業平へ進む頃、東京スカイツリーが蒼穹に巨大な姿で聳え立つ。
何時もは遠くからの遠望で、小さな姿でしか見ていないので、真下に行くに従い、その威容に圧倒される。

やがて押上駅前に到着。
東京スカイツリーを取り巻く辻々には整理員がたち、渋滞や事故が起きないように誘導していた。
さらに東京スカイツリーの正門へ近づくに従い賑わいは増し、老若男女で溢れていた。

東京スカイツリーの下の小洒落た店々はお客様で賑わい、広場はたくさんの人が溢れていた。
だが賑わいは東京スカイツリーの直下辺りの、東京スカイツリータウンだけで、少し離れるに従い道々に活気は無く寂しげである。
東京スカイツリー効果は真下辺りの狭い範囲で、周辺は以前より寂れてしまっているのかもしれない。

物事は蓋を開けて見なければ、分からないことが多い。
誰もが東京スカイツリー効果により、周辺は大いに活況を呈し、繁栄すると予想したことであろう。
だが結果は逆効果であったのかもしれない。

だが起きた結果は仕方がないこと、それにも負けない個性のある街づくりをすることでしか、生き残れないであろう。
時間が経つのは早い、ぶらぶらドライブをしている内に、開演の30分前になってしまった。
道を迷わないように気をつけながら寿町へ。

3時30分頃に寿町に到着。
近くの時間貸の駐車場へ車を置き、会場へ向かった。
会場の「ことぶ季亭」は普通のマンションの2階にあった。

受付でチケットを購入し中へ。
すでにたくさんのお客様で埋まっていた。
前から2番目の座席に座り開演を待った。

やがて時間通りに寄席は開演した。
柳家さん生師匠が「動く彫刻」を軽妙に語る。
そして弟子の柳家わさびさんの一席の後、さん生師匠の「結婚の挨拶」が、ユーモア溢れる洒脱さで語られた。

そして中入り後に「笑いの大学」が披露された。
三谷幸喜作の芝居「笑いの大学」の落語バージョンである。
芝居は観ていないのだが、映画を観ているので話が分かりやすかった。

劇作家・金津泰輔の脚色した「笑いの大学」は、50分近くの長編であった。
さん生師匠の額には汗が滲み、テンポの良い語り口が聞く者の心に響く。
この作品はさん生師匠がこれからも熟成し、さらに洗練した落語に育てて行くと語っていた。

古典落語の情感あふれる時代風景と人間模様も愉しい。
しかし現代創作落語には、軽快なリズムとテンポが刻まれ、聞く者に同時代の諧謔なり滑稽がストレートに伝わる面白さがある。
何時の時代も出来た時は新作であり、歴史の中で洗練され昇華される。

歴史が作品を選び残し、継承されることにより伝統となる。
伝統とは絶えず歴史の厳しい脈絡の中で、次の時代へ継承されてゆく。
休憩を挟み約2時間半の創作落語は、新鮮な体験であった。