群馬県万座温泉で朝湯かな!
2013年7月1日
早朝の6時に目が覚める。 昨日の日本酒・草津の地酒「湯美人」が、ほど良く回ったせいであろう。 何時ものことだが、酒を飲み過ぎれば朝の目覚めが悪く、酒の量が少なければ寝付きが悪い。
程よい時は思い通りの時間に目が覚める。 窓のカーテンを開けると、外一面を霧が覆い、乳灰色の世界であった。 さて今日の天気は如何にと心細くなったが、昨日白根山へも行き、今日は東京へのんびりと上るだけである。
最近は目的地まで、直行直帰型の旅が多くなった。 あちらこちらと短い時間で、名所旧跡を辿るのは、還暦過ぎの65歳には似合わないと悟る。 そして浴衣に着替え、早速、朝一番の温泉へ出かけた。
7月とは言え標高1800メートルの万座の朝は冷たい。 2階から3階へ近くのエレベ−タ−で上がり、廊下を少し歩くとお風呂場がある。 ドアを開けると、すでに想像以上のスリッパが並んでいた。
やはり何もない万座、冬季ならスキーも魅力だが、それ以外は温泉だけが魅力の土地。 温泉好きが集まるのであろう。 大浴場に入るとすでに身体を洗う人や、湯を愉しむ人たちが散見された。
身体を洗い髭を剃り、乳白色の湯船に浸かる。 昨日の夜に入った時に比べ、早朝のせいなのか、心持湯が熱い様な気がした。 湯温は大体41度位で気持ちが良い。
広い浴槽にゆるりと足を伸ばし、肩まで浸かる。 昨日浸かった湯の効果なのであろう、肩の小さな凝りが退いていた。 正面を眺めると一面のガラス窓の彼方に、万座の景色が霧に包まれていた。
身体を柔らかな湯が包み、昨日の酒に疲れた胃や腸などに、心地よい刺激を与えてくれる。 朝まだき、まだ半睡の身体を目覚めさせてくれる。 そして大浴場から露天風呂へ。
硝子張りの木戸を開け、三段ほど階段を下りると、真四角な露天風呂がある。 外気は何度位あるのであろうか? 冷気が肌を刺すのだが、すでに身体の芯まで湯で温まっているせいか、寒さを感じる事はない。
かえって逆上せた頭が、涼気で覚醒されるようだ。 すでに露天風呂には3人の先客が、湯船の中で黙想していた。 湯に浸かると湯船は大浴場より少し深く、湯の色は翠色に染まっている。
白根山の南西麓にある万座温泉の高濃度硫黄泉は、地中にあっては透明である。 そして地上に汲み上げられ、大気に接する瞬間に黄白色の硫黄沈殿が生まれ乳白色に変わる。 さらに光の加減により、翠玉のような色合いで、様々に変化する。
浴槽は木製で、足元に木目が触り気持ちがよい。 湯船を囲む木枠は、杉材であろうか? 正目の木目が走り、茶色い木地は蜘蛛の糸のようにこびり付いた湯の花で、白い文様を描いていた。
手で触ると魚の鱗のような肌触りであった。 やがて霧のような雨が、降り落ちてきた。 前方の景色は深い霧に包まれ、源泉が迸り硫気孔からから吹き上げる湯けむりが微かに見える。
その硫化水素ガスや亜硫酸ガスを含んだ火山性ガスが噴き出す、 「空吹(からぶき)」と呼ばれる雄大な風景は万座温泉の象徴でもある。 一昔前はガスの噴き出す勢いに迫力があり、轟音とともに蒸気を噴き出していたので、空噴きとも呼ばれていた。
温泉熱で赤茶けた崖の遠くに、緑深き山々が遠く近く霞み、山水画のように幽玄な景色を映し出していた。 すると突然、霧が棚引き消え、一面の景色を鮮やかな色彩で浮かび上がらせる。 その瞬間、今日は晴れるのかなとの、淡い思いが脳裏をかすめる。
だがそれも束の間、さらに深い霧が景色を覆った。 早朝の麓であれば、雀の囀る声が喧しいほどなのだが、標高のせいでその声は聞こえない。 だが時折遠くから静寂を破るかのように、鶯の切ない声が山間に響く。
露天風呂の前には初夏を迎える草木が、霧雨に濡れながら緑を艶やかに彩る。 遠くから微かに吹きわたる風に揺れる様は、優雅な景色を添える。 左手には熊笹が群生し、さわさわと風にそよぐ音が聞こえる様である。
霧に包まれた空をイワツバメが、霧を突き破るように上昇する。 そして突然向きを変えて降下する。 沢山のイワツバメたちの滑空は規律なく、疾風のような飛び回る姿は生命の躍動の舞である。
自然の生物の動きには無駄はない。 するとあの一見無駄のような旋舞も、イワツバメにとっては必然の舞なのであろう。
やがて露天風呂に人が出入りし、そして私一人だけとなった。 霧に包まれ山紫幽谷、時折鶯の声がひとしきり寂しく響く。 熊笹がさわさわと音もなく葉擦れ、湯桶から流れ落ちる湯音が、心地よい韻律を刻んだ。
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