春日部市牛島の藤を訪ねて
〒344-0004 埼玉県春日部市牛島786TEL/048-752-2012挙。花園
2013年5月5日
 
ゴールデンウィークもいよいよ最終日が近づく今日の子供の日、埼玉県春日部市牛島の藤を見に出かける。
外環の戸田ICから川口JCへ出て、東北道を北上する。
晴れ渡る空が前方に大きく広がる。
 
そして30分ほどで、岩槻ICに到着。
高速道を降り国道16号をしばらく進むと、東武野田線・藤の牛島駅入口の表示が出て右折する。
長閑な片側1車線の道を進み、10分ほで右手に牛島の藤と書かれた看板が目に入る。
 
右手に折れると、広い無料の駐車場があった。
駐車場は混雑もなく駐車でき、車を停め矢印に従い進むこと2分ほどで入口に着いた。
入場券1000円を払い園内へ入る。
  
するとボランティアの観光ガイドの女性が、園内の案内地図を手渡してくれた。
最近の観光地には、私と同世代の観光ボランティアが、笑顔で迎えてくれてありがたい。
質問をすると事細かに親切に、歴史的な事柄や見所などを教えてくれる。
  
園内には妖艶な匂いが漂っている。
その高貴な香りに誘われるように歩むと、正面に薄紫の藤が枝垂れていた。
微かにそよぐ風に、長い花房が優雅に揺れている。
  
散策路に無数の花房がシャワーのように、そして藤紫の滝のように降り注いでいた。
その花房を縫うように進むと、艶麗な匂いはさらに強く香り立つ。
その花の下で大勢の人たちが、カメラのシャッターを押していた。

柵の奥を見ると、藤の老樹が見える。
木漏れ日が落ちる大地に、力強く躍り出ているようである。
大地の精霊が地上へ溢れ、悠久の時を踊っているかのようだ。

  
その藤は樹齢1200年を越し、昭和3年(1928年)1月、文部省から天然記念物に指定された。
さらに昭和30年(1955年)8月には、特別天然記念物に再指定されている。
日本には天然記念物に指定された、つる性植物は8件あるが、そのうちフジ属は7件ある。

だが特別天然記念物は牛島の藤が唯一であり、園芸品種としては日本最大を誇る、紫フジの巨木である。
その根回は9.2メートルあり、藤棚に伸びる枝張りは東西34メートル、南北14メートルに及ぶ。
その花開く総面積は700平方メートルの広大さであり、一面が薄紫に匂い立つ。

場内のアナウンスが流れ、見頃は5月5日が最盛期であり、花房の長さは2メートルに及ぶと告げていた。
だが現在、2メートルに達する花房は発見できなかった。
最長2.7メートルに枝垂れる花房を、ぜひ1度は愛でてみたいものである。
 
その優美で風雅な姿に、日本の花の美を発見することであろう。
樹齢1200年の藤は、伝承によれば弘法大師がお手植えの藤だと伝えられている。
この地はかつては真言宗の寺院・蓮華院の境内であったが、廃仏毀釈の暴威に晒され、明治7年(1874)に廃寺となった。
  
その後所有者が幾代か変わり、現在は小島家が管理する
挙。花園が所有する。
薄紫に染まる枝垂れた花房の下を、中腰になりながら通り抜けると、左手に見晴らし台があった。
緩やかな階段を上ると小さな丘になり、園内を一望できた。

展望台を下ると右手に小さな沼のような池があり、その周りにはアヤメが楚々と、黄色い花を開いていた。
池の水は灰緑色に濁り、濃緑色の水苔が浮き、水面には薄紫の藤花の花弁が無数に浮かび、雅な文様を描いていた。
その池の先には先ほど通り抜けた藤の薄紫の花が、陽光に照り輝いていた。

さらに園内を散策すると、様々な色に匂い咲く春の花たちが、紅色や黄色に白や濃紫色に華やいでいた。
花たちは大きな花を広げ、降り注ぐ柔らかな陽光で、眩ゆく咲き誇っている。
すでに初夏を先取りしたように、春の花たちで園内は匂い立ち爛漫である。

花たちは微かに吹き渡る風に揺れながら、右に左に優雅に揺れている。
その風にのって藤の香りが漂い、庭園に風雅な趣を添えていた。
季節の花々が、絢爛な色彩の交響曲を奏でていた。

遠くには竹林の若緑が、昼下がりの陽光に輝いている。
さらに進むと左手に休憩所があり、その横にも推定樹齢150年から200年の藤が咲いていた。
その藤は立派な古木であるのだが、樹齢1200年の前では、若木にさえ見えてしまう。

春の陽光を愉しみながら行くと石橋があり、遠くに藤が枝垂れ咲く。
石橋の右手には、アヤメが紫の花を咲かせていた。
アヤメや菖蒲に燕子花は、日本を代表する花なのであろう。
かつて琳派の絵師・尾形光琳(1658年ー1716年)や、江戸琳派の絵師・酒井抱一(1761年ー1829)年が描いた燕子花を彷彿と思い出す。

さらに竹林の方向へ進みゆくと東屋があり、長椅子に座りのんびりと、辺りの景色を愉しむ人たちが見える。
その彼方に樹齢150年ほどの藤が、眩い若緑の木々を背景にして咲いている。
新緑に萌え始めた庭園の緑に包まれ、藤の薄紫の花々が、いっそう優雅な色調を際立せる。

庭園の常緑樹は手入れもゆき届き、陽光を浴びながら陰影深く、清楚な佇まいを見せている。
さらに見渡すと木々は雑木のよう趣で、武蔵野の面影を伝えていた。
思いのほか見物の人たちは多くなく、のんびりと庭園散策ができるのが嬉しい。

4年くらい前であろうか? 樹齢140年以上と言われる藤を訪ね、足利フラワーパークへ出かけた。
佐野藤岡ICで高速を降りる時、すでに車は渋滞していた。
そして国道50号へ出ても、さらに長い渋滞が続き、やっとの思いで足利フラワーパークへ到着した。

しかし広い駐車場も満車で、長い間の順番待ちであった。
入場券を購入して園内へ入ると、藤の花の豪奢さに感動したが、見物客の多さにも仰天した記憶がある。
その点牛島の藤は、のんびりと気楽に思いのまま見物ができる。

さほど広いとも思えない園内に、樹齢1200年、樹齢800年の老樹が美しい花のそろい踏みは豪華である。
さらに樹齢150年や100年の藤も咲き匂っている。
遥かなる悠久の時は流れ、藤は力強く大地に根を広げ逞しく生き続け、毎年、新緑の季節に薄紫の花を届けてくれる。

幾星霜、枯れることもなく伐採されることなく、火事で焼けることもなく連綿と生き続けたことは奇跡と言える。
その奇跡に触れることは、長い歴史を現実として認識させてくれる。
そして人間の命の短さと、存在の小ささを、観る者に思い知らせてくれる。

 
かつてこの地は利根川の旧流路の名残である 、大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)の左岸に位置する、標高6メートルの氾濫原であった
古利根川とは江戸時代の改修工事で、江戸湾に流れ込む利根川を、太平洋へ注ぎ入れる大工事が行われて以来、古流路として残ったものである。
そのかつての湿原も、今は造成され住宅地となっている。

庭園の敷地は現在2ヘクタールに及び、様々な季節の花が咲き、樹齢500余年の老松は枯れることもなく常緑に茂る。
この庭園では植物たちが、永遠の時を紡ぎ出している。
時代は変わり時は流れ、誕生しやがては滅却する生命の尊厳を、遥かなる時に生き続けた木々たちが教えてくれている。