板橋演劇鑑賞会第164回観劇会
舞台「さくら色 オカンの嫁入り」観劇記
2013年4月9日



舞台「さくら色 オカンの嫁入り」
原作:咲乃月音「さくら色 オカンの嫁入り」(宝島社文庫)
脚本:赤澤ムック
演出:西川信廣
企画・製作:株式会社シーエイティプロデュース


今年の桜は例年よりも、記録的な早咲き。
だが春の嵐に襲われ、桜吹雪となり舞い散った。
4月7日の今日、麗らかな陽気に誘われながら、板橋区文化会館大ホールへ観劇に出かけた。

タイトルも「「さくら色 オカンの嫁入り」、板橋演劇鑑賞会第164回の観劇会、桜の春にピッタリである。
開演は午後5時。
開演20分前に入館し、指定席に座る。

やがて1ベルがなり、演劇鑑賞会の挨拶の後、劇場の明かりが落ち、緞帳がするすると上がった。
舞台はオカンと呼ばれる陽子の家の一室。
娘の月子と愛犬ハチがいる。

月子は1年前から、家に引きこもっていた。
会社の同僚による激しいストーカー行為と、突然の暴力により強い精神障害を受けた。
それ以来外出恐怖症に陥っていた。

その月子の心の支えと癒しが、愛犬ハチであった。
そしてそこに月子のオカン・陽子が、リーゼントに赤シャツ姿の、軽薄そうな男を連れてきた。
男は捨て男と呼ばれる服部研二、今は無職だが元は板前だった。

そして母一人娘一人の親子を、自分の家族のように可愛がる大家のサク婆たちが、繰り広げる人間模様。
突然、オカンの家に登場した研二は、なんとオカンのフィアンセであった?
月子もサク婆もビックリ、オカンの気持ちを疑う。

しかし二人の愛は真実であった。
軽佻浮薄でお調子者の研二と生活を共にしているうちに、研二の優しさに心が馴染んでゆく。
毎日研二は料理を作る。

月子はその料理を拒絶するのだが、ある日のこと研二の心の真実を知り、料理を口にするようになる。
その真心のこもった料理の素晴らしいことに、月子は心を動かされ、月子の閉ざされた心が開かれてゆく。
月子も1年の間、心的障害により暗澹とした日々を過ごしていた。

しかし研二も、月子以上に苦しい悔悟の日々を送っていた。
研二は生まれるとすぐに、母親は研二を板前をしている父親へ預け出奔した。
とんかつ屋を営む祖父は、孫の研二を大切に愛情を注ぎ育てる。

一人で店を切り盛りする祖父へ、少しでも祖父の仕事が楽になるようにと、研二は調理学校の同僚・桜井を紹介した。
やがて桜井は祖父を騙し連帯保証人にして、借金の肩代わりをさせて姿を消した。
連帯保証人となった祖父は店も奪われ、やがて自殺を計り失敗する。

そして入院し車椅子生活をおくることになった。
その病院で知り合ったのが、祖父の看護師をしていた陽子であった。
やがて年の差も忘れ、二人は惹かれていった。

月子は研二の過去を知り、研二の明るさの中に、暗い過去があること知る。
人は全て心の中に、闇と苦しさを持ち生きてゆく。
自分だけが苦しんでいるのではない。

研二は何時も優しくて明るい。
だが心の中に涙を隠し、心から月子たちのために美味しい料理を作ってくれている。
やがて月子は研二の料理を、心から味わえるようになる。

優しい心を持つ板前の料理は心に染みる。
自分たちのために、心を尽くして作ってくれる研二の料理に、月子の心に光が灯り始めた。
そんな時、愛犬のハチは病気になった。

研二はハチの病気の兆候を察していたが、月子は見逃していた。
ハチを獣医に連れて行かなければならない。
だが月子は外出恐怖症のため病院へ行かれず、研二がハチを獣医へ連れて行った。

幸いにハチは大事に至らず戻って来た。
そしてオカンが帰宅した。
すでに家の中は何事もなかったように、平穏に推移していた。

そしてオカンは月子に言う。
オカンは白無垢を着て、研二と結婚をしたい。
近々、衣装合わせをするので、月子もぜひ一緒に来て欲しいと。

だが月子には外出恐怖症のために、外へ出ることができない。
オカンは月子が強い心を持って、一緒に付いて来てほしいと懇願する。
オカンと月子は激しく葛藤し、その時オカンの平手打ちが月子を襲った。

その親子の狭間で研二は心を砕き、美味しい料理を食卓へ出した。
やがて親子の確執は溶け、月子は勇気を振り絞り、3人で白無垢の試着に出かけた。
舞台に試着の白無垢姿のオカンが、晴れ晴れしく登場した。

その美しさに、場内は固唾をのんだ。
その瞬間、悲劇が襲った。
オカンは倒れ救急車で、病院へ運ばれた。

病名は癌ですでに末期であった。
余命は1年だと言う。
月子やサク婆たちは愕然とした。

オカンはすでに自分の体のことを知っていた。
そして研二も薄々と認識していた。
だが月子はオカンの体の変調に、気がついていなかった。

月子は自分の身勝手さに憤りを感じた。
自分だけが苦しく辛いと妄執し、大切なオカンのことを考えるこさえできなかった。
だが余命1年と宣告されたオカンへの、研二の愛は変わらない。

研二はオカンへ求婚する。
例え余命1年でも、最後まで一緒にいて、オカンを見守ることを懇願した。
オカンは涙しながら大きく頷く。

そして春が来て庭の桜の老樹に、桜が匂い咲く。
オカン一家とサク婆たちは桜満開の下で、研二の心のこもったお重を開ける。
それは桜の花にも負けない、見事なお弁当であった。

陽光を浴びて咲き匂う桜の花びらが、微風に散り舞い降りてくる。
研二の料理に舌鼓しながら、皆の顔には笑顔が溢れ、花見の宴は賑やかだ。
ハチもおすそ分けをいただき大はしゃぎだ。

来年もこの桜の下で、研二の料理をいただけるであろうか。
月子も社会復帰をし、他人のことを思いやる心を育てるであろう。
サク婆も変わらず元気に、愛犬ハチも遊び戯れることであろう。

サク婆扮する庄司花江さんは、愛嬌を絶やさない関西の婆を好演。
役柄に相応しい年輪を感じさせ安定していた。
そして研二の祖父を演じた島田順二さんは、生粋の舞台俳優らしく風格があり、板前の凛々しさが匂いたつ。

舞台俳優はその人の歩んだ人生の重さが、役の存在感として現れてくる。
その声は透徹し、観る者の心にずしりと響く。
「さくら色 オカンの嫁入り」、人間はそれぞれに辛さと苦しみを抱えている。

そして存在の重さに呻吟しながらも生き、喜び哀しみ歓喜し苦悩し、存在の重さを抱えながら成長する。
やがて桜の花がひらひらと舞い落ちる時、するすると音もなく緞帳が降りてきた。
そして暫くして拍手が起こり、劇場は大きな響きの渦となった。

客席を立つ人はいない。
観客はまだ席を立たずに、余韻に浸っているようだ。
人の絆って優しく、生きる希望を紡いでくれる。

そんなことを教えてくれる舞台であった。
役者が扮装することもなく素のままで、動物を演じるアイデアも面白かった。
狂言回しの愛犬ハチは、ほのぼのと素朴で愛くるしかった。