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October.2011.10



地下鉄駅の名前は分かりにくい
2011年10月25日


爽やかな日曜日、神楽坂まで、落語会へ出かけた。
3回目を迎えた、関西の笑福亭鶴二さんと、東京の柳家さん生さんの2人会。
私は前回と今回で、2回目となる。

前回はそれぞれ2席ずつであったが、今回は長講1席ずつは期待できる。
笑福亭鶴二さんは「らくだ」、柳家さん生さんは「妾馬」
らくだが踊る「かんかんのう」は、果たして如何なる踊りなるや?

家を出て、和光市の駐車場に車を置き、副都心線の和光駅から
神楽坂駅まで切符を購入。
値段は片道230円。
駅員に聞けば、小竹向原駅で、有楽町線に乗り換え、さらに飯田橋で、東西線に乗り換えるとのこと。

前回、落語界へ出向いた時、乗り換えた記憶はないのだが・・・・・・。
言われた通り、小竹向原駅で乗り換え、飯田橋では、地下道を永遠と歩き、東西線に乗り換えた。
そして一つ目の神楽坂駅で降りると、その出口は神楽坂と言うよりは、矢来町に近い。

3年くらい前、お客様の能楽師がシテを演じる、観世九皐会定例会で、矢来能楽堂へ来た時降りた駅だ。
時間に余裕があるので、のんびりと昼下がりの神楽坂を、会場の毘沙門天さまへ向かう。
毘沙門天さま前のコーヒー屋で一休みした後、開演前の15分頃に入場する。

やがて開口一番、柳家権太楼さんの6番目のお弟子さん、柳家おじさんが高座に上がる。
続いて、笑福亭鶴二さんは「らくだ」。
休憩をはさんで、柳家さん生さんの「妾馬」が終わった時は、夕刻も近い4時40分頃。

久々に座る座布団、かなり腰に堪えた。
噺家さんに見送られて外へ出れば、毘沙門天の境内の提灯には、すでに灯がともっていた。
門前の下りの道をそぞろに歩き下れば、狭い道は人で賑わい、お店は華やぎに満ちていた。

途中、回転寿司屋さんでお寿司をつまみ、帰路につく。
懐かしいぺコちゃんの看板がある不二家屋さん、全国でここだけで売っているペコちゃん焼きの前には、何時でも行列が出来ているだろう。
すでにペコちゃん焼が登場して、今年で40年も経つと言う。

その角を曲がって、佳作座の前から、大曲の飯田橋駅まで歩けばよい。
のんびりとした夕暮れ時、昔の風情を残す商店街を歩くのは愉しい。
すると、地下鉄飯田橋駅が、左手前方に見えた。

それは有楽町線飯田橋駅。
この駅から乗れば、乗り換えをすることもなく、地下鉄和光駅まで、乗り換えることもなく帰れる。
前回来た時は、この路線で来たから、乗り換えることもなく、スムーズに落語会へやって来れたのだ。

神楽坂の毘沙門天さまへ行くには、神楽坂駅ではなく、有楽町線飯田橋駅なのである。
地下鉄の駅は、今更ながら分かりにくい。
東京に生まれ、東京で育った私も、今ではまったくの田舎者になったことを、今更ながら改めて認識した次第である。





ご老人に優しい社会でありたい
2011年10月22日

仕事への途次、電車の中の出来事。
私の乗る電車は、何時でも空いているので、夕刊を読みながら座っていられる。
降りる駅は、東武東上線大山駅。

すると、大山駅の2つ前の常盤台駅で、電車が停まりドアが開いた。
見れば、老夫婦が降りようとしていた。
男性は痩せて、少し前かがみの姿勢で、婦人を心配そうに介護しながらドアへ。

婦人は目深に帽子を被り、手には白い杖をついていた。
どうやら、老夫人は視力を失っているようだ。
2人の足取りは覚束なく、ゆっくりとドアへ進んだ。

電車の停車時間は短い。
思わず私も、周りの人も心配で、立ち上がりそうになった。
だが、すでに2人は無事に、駅のホームへ降りた。

その瞬間、私はほっと胸を撫で下ろした。
電車に乗る時は、駅員が老夫婦を見守り、乗車するのを確認してから、発車の合図をするだろう。
だが、電車に乗っているお客様が、降りる時は、確認のしようがない。

足の悪いお年寄りや、弱視の人などの下車の時は、危険この上ない。
何か良い方法は、ないものであろうか。
やはり、周りにいる人が、見守りながら、お手伝いをしなければならないであろう。

どんな状況にあっても、社会は人と人の助け合いで成り立っている。
今回も、もう少し早く、気がついてあげればよかったと、反省をする。
自分も遠からず、必ず老人になる。
ご老人に優しい社会であることを、切に願うものである。





事実を報道しない、報道機関
2011年10月18日


昨日、1993年製作・相米慎二監督「お引越し」を観た。
田畑智子が演じる漆場レンコの両親が、離婚を前提にした別居生活に入る。
そして、別居後の或る日、お好み焼き屋の一室で、3人揃って食事をすることになった。

レンコと母ナズナは、すでにお店の座敷席について、父ケンイチを待つ。
少し遅れてケンイチが、オートバイ用のヘルメットを、小脇に抱えて登場した。
席に着いた両親は、ビールをグラスに、レンコはオレンジ・ジュースを持ち、3人は乾杯をした。

やがて、食事会はお開きになり、ケンイチはバイクに乗り、2人に別れを告げた。
だが、レンコは父ケンイチのバイクの後部席に乗せてもらい、家まで送って欲しいと懇願した。
母ナズナはしぶしぶと了承し、ケンイチとレンコが乗るバイクは、人ごみの中へ消えていった。

この作品が製作されたのは、今から20年くらい前のことである。
確かに、酔っ払い運転は、何時の時代も法律により、厳しく取りしまわれている。
酔っ払い運転により、様々な事件が起こり、悲惨な結末を迎えることも事実である。

だが最近は、飲酒運転にしてもしかり、路上駐車違反、路上喫煙など、様々な規制が強化されている。
全てにおいて、それは正しく間違ってはいないのだが、行きすぎた規制は、社会の幼稚化を招く危険性を孕む。
物を購入すれば、それは常識だろう? 自分の頭で考えれば、分かるだろうと言うことまで、懇切丁寧に説明している。

平成6年に制定された、製造物責任法、通称PL法(product liability )によるところも多いだろう。
そのことにより、使い方や、禁止事項が、事細かに列記してある。
まさに、常識で考えれば、あり得ないことまで、注意事項として、小さな字で明記されている。

社会は限りなく幼稚化している。
やはり、戦後教育に、大きな欠陥があったのではないだろうか。
その責任の一端は、我々、団塊の世代にもあることを痛感する。

社会が幼稚化すれば、テレビなどの報道機関も、娯楽化が進み低俗化する。
新聞でさえ、どこの新聞も似たり寄ったりの記事を流す。
まさに、戦前の大本営発表のような、不気味な様相を見せ始めている。

先日、お台場で大規模なデモがあった。
だが、すべての報道機関は、その事実を黙殺した。
その出来事を報道するには、様々な角度や視点があるのは分かる。

だが、事実を事実として報道することは、報道機関の根源的な責務である。
幼稚化した社会は、人々の判断力をも奪い、さらには現実に起きている事実さえも、伝えられなくなる。
やがては、捏造された報道が、事実として報道されることにもなる。







お酒の話を更新
2011年10月10日

王家の酒、ドランブイ」





小さな旅を更新
秋を待つ、草津を訪ねて」
2011年10月4日


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