Today's Comment
April 2010.4


長野県渋温泉「温泉寺」にて、2009.4.14撮影


小さな旅&日記を更新
テアトル・エコー公演139
「白い病気〜What A Pandemic World〜」観劇記

2010年4月27日

事業仕分け第二幕に寄せて
2010年4月22日

昨日、もとパチンコ店の経営者Tさんが、二人連れでやって来た。
なんとなく、今日はウイスキーを飲みたくなって、久しぶりに来店したのだと。
ジャック・ダニエルのダブルのストレートを飲みながら、テレビのコマーシャルの話になった。
「マスター、最近のテレビ、パチンコの機械屋さんの宣伝が凄いでしょ」
「そうですか、あまりテレビを見ないものですから」
「良い時間帯に、たくさんの宣伝が溢れていますよ。儲かりすぎて、使い道がないんですね」
パチンコの機械を作る会社の大手は、ほとんどが、株式の上場を果たして、莫大な創業者利益を享受しているというのだ。
そして、その機械は30万円という破格の値段で、パチンコ屋に卸される。

さらに、その機械は全て、国の検査を受け、認可されたものだけが、パチンコ台の裏に小さなシールを貼られ、市場に出るのだ。
その検査をする会社は、警察官僚の天下り先であり、その利益の一部が、警察官僚上がりの政治家に献金されるという。
だが、パチンコ屋に機械を卸す会社は上場できるが、パチンコ屋自体の上場は、いまだかつて実現はしていない。
上場の申請をした段階で、簡単に却下されるらしい。

明日23日から、政府による、第2幕の「仕分け劇場」が始まる。
様々な事業の是非を、公開の場で審議され吟味される。
無駄な事業を再審査し、整理したり、予算を削減することに、意義を唱えるつもりさらさらにない。
だが、まずは、パチンコ業界にはびこる、警察官僚の天下り先のような機関が、まずは、詳らかに洗い出されなければならないだろう。

先日、さる国立病院の研究室の室長が来店した。
彼は政府の第2次の事業仕分けを、かなり危惧していた。
前回の仕訳で、研究費が半分に削減されたらしい。
それにより、研究室の優秀な研究者が、民間に流れたという。
さらに、研究費が削減されるようならば、研究者は民間に流れるか、海外に流出していくのは間違いないと。
彼自身も、これ以上の仕分けによる削減が進めば、外国へ出かけなければ仕方ないことだと語った。

資源小国の日本は、科学技術の最先端を研究開発することが、最大の国益に繋がる。
そのためには、たゆまなく膨大な研究開発を進めるほかに生きる道はない。
発明や発見は、休みのない連綿と続く、果てしのない時間の彼方に、突如として発現する。
その長い時間の或る時に、もしも研究の時間が止まったとしたら、その時間は二度と戻ってはこない。

今回の事業仕分けは、ネット上の5サイトで生中継される。
平成のジャンヌダルク気取りの女性が、独立行政法人の責任者などに、眼を見開きながら、舌鋒鋭く切りかかる。
だが、事業仕分けの行く先を間違えれば、国の根幹にかかわることもあることを、深く考慮しなければならないだろう。

小さな旅&日記を更新
或る告別式
2010年4月19日


小さな旅&日記を更新
妻沼聖天山歓喜院を訪ねて

2010年4月15日


お酒の話を更新
フランシス・アルバート・カクテル

(
Francis ・AlbertCOCKTAIL)
2010年4月9日

様々な土地に親しみを
2010年4月6日


最近は店で、中南米の音楽を流すことが多い。
昨日も、アルゼンチン生まれのケーナーの名手、ウニャ・ラモスの奏でるケーナの哀調が店内を包んでいた。
すると、背広姿の3人の男性が来店した。
そして、着席して、メニューを見ていた。

すると、1人のお客様が、この音楽には、やはり、あの酒だなと言った。
そこで、私は「ピスコですか?」
「そう、ありますか?」
私はペルーのブランデーのピスコを、ストレートで出して差し上げた。
他の2人はそれぞれに、シングルモルトのグレンキースと、
アイリッシュ・ウイスキーのタラモア・デューのロックをオーダーした。

そして、話をしてみれば、私の店の近くに、青森県庁の宿舎があるようだった。
3人は、東京の青森県庁施設へ、出向しているとのことだった。
そこで、私のお店にも、青森のお客様が、何人もいますよと言ったらとても喜んでくれた。

昨年は、太宰治の生誕100周年だった。
そこで、私も青森の津軽の事を勉強してみようと思い、太宰治作「津軽」を読んだ。
青森を出て、2度と帰省することのなかった太宰が、職業作家になって、初めて、青森に帰った。
昭和19年の春、生れてはじめての本州北端、津軽半島を凡そ3週間かけての旅の紀行である。
その時、かつての友達と再会し、行く先々で、旧交を温めながら、津軽を旅しながら、酒と肴を愉しむ。

戦争も激しくなり、日本は物が欠乏し、配給で酒も物も統制されていた時代。
行く先々で、太宰の一行は、人々の酒肴のもてなしに歓喜する、行き当たりばったりの旅であった。
その時、太宰は、紀行を書く者として、津軽の歴史を、実に正確に渉猟していた。

「私は昨年、太宰の『津軽』を読みました。とても津軽の勉強になりました」
すると、3人のお客様、にこりと嬉しそうな笑顔が溢れた。
やはり、青森に対する強い愛郷心があるのだろう。

私のお店には、色々な県の出身者がいる。
その人達と触れることによって、私の行ったことのない県にも、その人達を通して近しいものになる。
そして、その県の気候風土や歴史に、興味を持ち、さらに勉強をする。
すると、自分とは遠い存在だった県が、自分にとって、とても親しい存在に変わる。

出来ることなら、その県に出かければ、さらに、自分の中に、県のイメージが強固な印象を刻むであろう。
この商売をしているおかげで、日本全国、津々浦々、様々な土地に興味が持てるようになった。
長いことバーを経営したおかげで、様々な土地にも友達ができた。
この事は、私にとって、とてもラッキーなことであり、宝でもある。

お酒の話を更新
ギムレット
2010年4月2日

2010 2009.03 2010.02 2010.01
2009 2009.12 2009.11 2009.10 2009.09 2009.08 2009.07 2009.06 2009.05 2009.04 2009.03 2009.02 2009.01
2008 2008.12 2008.11 2008.10 2008.09 2008.08 2008.07 2008.06 2008.05 2008.04 2008.03 2008.02 2008.01
2007 2007.12 2007.11 2007.10 2007.09 2007.08 2007.07 2007.06 2007.05 2007.04 2007.03 2007.02 2007.01
2006 2006.12 2006.11 2006.10 2006.09 2006.08 2006.07 2006.06 2006.05 2006.04 2006.03 2006.02 2006.01
2005 2005.12 2005.11 2005.10 2005.09 2005.08 2005.07 2005.06 2005.05 2005.04 2005.03 2005.02 2005.01
2004 2004.12 2004.11 2004.10 2004.09 2004.08 2004.07 2004.06 2004.05 2004.04 2004.03 2004.02 2004.01
2003 2003.12 2003.11 2003.10 2003.09 2003.08 2003.07 2003.06 2003.05 2003.04 2003.03 2003.02 2003.01
2002.05-12 

mr