伊豆城ヶ崎にて、2008.12.8撮影

Today's Comment
DECEMBER 2009.12


明日は大晦日
2009年12月30日

今年も余すところ大晦日だけとなった。
何時もの事で、年賀状に追われている。
道を歩けば、さすがに人通りも少ない。
だが、スーパーに買い物に行けば、
お正月の支度なのだろう、買い物客でごった返していた。

道々を行けば、路上で、「良いお年を」と交わす挨拶。
その声を聞いて、本当に、一年が終わるのだと実感がわく。
今年は私の最後の厄年だった。
なんとか、怪我をすることも、病気になることも無く、
家族にも不幸も無く行き過ぎてくれた。

今年は、明治時代の小説をじっくりと、頭の中で声を出しながら読んだ。
そして、素晴らしい文章は、映画よりも鮮明に、映像が浮き上がることを発見した。
やはり、小説の根源は明治の小説にある。
来年も、明治時代の小説を、じっくりと味わうことにする。

それにしても、25年間、大晦日は朝まで営業をした。
勿論、明日も例年同様に営業をする。
だが、何年前だろうか、1度だけ休んだことがある。
ところがである、その日は朝から大雪が降り、
東京一面、幻想的な白銀の世界に変貌した。

何処にも出かけられず、買い物に出かけるのが精一杯であった。
その時悟った。
大晦日は営業するのですよと、神様からのご託宣が下っているのだと。
そして、明日、おおつごもりを迎える。
来年も良い年が来ますように、お祈りいたします。
また、本年同様、よろしくお付き合いくださいませ。


冬の日、懐かしき焚き火
2009年12月26日

今月の中頃まで、自宅のマンションのメンテナンス工事が、約2か月位続いた。
外壁工事もあり、足場を組んで、マンションを全て、シートで包んでしまった。
その為に、半透明のシートを通してしか、陽光は射さず、
毎日、晴れなのか曇りなのかも定かでない日々。
やっとのことで、工事も終わり、朝日が部屋を照らし、私の部屋にも暖かな日が降り落ちる。

柔らかな陽光の日だまりの中、ラジオを聴きながら、朝刊を読む愉しさ。
こんなにも、日光とは気持ちがいいものなのか。
何故か、うららかな陽光を浴びていると、昔日の焚き火を思い出す。

木枯らしの吹き荒ぶ冬の日、家々の庭では、枯葉を熊手で掃き集める。
やがて、枯葉に火がつけられ、灰色の煙が立ち上り、やがて、ぱちぱちと炎。
すると、何処からか、焚き火に誘われるように、
近所の子供も集まり、手をかざしたり、お尻を焚き火に向ける。

今では、その焚き火をすることさえ、ダイオキシが発生するといって禁止されている。
仄かに赤い炎と、ゆらゆらと立ち上る灰色の煙は、人の心を癒してくれる。
最近は、色々なことに、神経質なほどに規制が入る。
もっともっと、おおらかな社会でも良いような気がする。



オリジナルカクテルを更新しました。
2009年12月25日


パキーンと骨が折れた音が?
2009年12月22日

昨日の事、椅子に座っていたら、少し身体の姿勢が悪いので、何とはなしに姿勢を正した。
すると、パキーンと乾いた音が、肋骨の脇下あたりでした。
それは骨が折れる音のようだった。
スポーツマンがアキレス腱を切った時も、パチーンと弾けるような音を聞くと言う。

私のお店のお客様のお父さんが、出張先で、
脳梗塞で倒れた時も、パチーンと弾ける音を聞いたと言う。
その時、まだ40歳代だったそうで、歳は私と同じだ。
それ以来、お父さんは半身不随で寝たきりの生活を送っている。

きっと、他人には聞えない音なのだろうが、当人にははっきりと聞える音なのだろう。
その音を聞いた私は、瞬間的に、折れたなと自覚した。
身体を動かせば、ズキリと痛み、触ってみれば、勿論、ズーンと響く。
たぶん、肋骨の脇下の辺りの、小さな骨が折れたのだろう。

病院に行っても、この程度のこと、治療するほどの事でもないだろう。
すべて、時間が解決してくれる。
このことを、ママに言ったら、ママはにこっとしながら、「骨粗鬆症よ」とそっけない。
その時以来、店のカウンターを潜る時もズキリ、鼻をかんでもグキリの一日だった。

さては、明日から、我が日常のトレーニングは如何に?と心配になった。
そして、今日、昨日よりは、少しだけ、痛みが弱いような気がする。
おっかなびっくり、何時ものトレーニングを開始してみた。
すると、何時もほど快調には出来なかったが、
なんとか何時ものスケジュールを、無事、終えることができた。

やはり、食生活に少し問題があるのだろうか。
これからは、勤めて、カルシウムを、食事でとることにしよう。
それにしても、骨とは、簡単に折れるものだ。
だが、お医者様に診てもらっているわけではないので、
折れているかは確証は持てない。


この寒空、上着なしの長袖一枚
2009年12月19日

昨日も寒い一日だった。
駅を降りて店へ向かう途上、はっと驚かされた事があった。
夕暮れ近い寒空の中、薄手の柄シャツ一枚で、駅方向に向かう男性とすれ違った。
私よりは若いが、けっして若者ではなく、40歳は越しているだろう。

見たところ、寒そうな風もなく、何事も無いかのように歩いて行った。
私も暑さ寒さには強いほうだ。
だから、冬場でも、かなりの薄着の方だろう。
昔は、晩秋位まで、半袖で頑張ったこともある。

さすがに、還暦を過ぎた頃から、お客様に、
年寄りの冷や水なんて、からかわれるのも悔しいので、無理はしないことに決めた。
一昨日、昨日と寒さが本格化してきた。
それなのに、シャツ一枚で上着なしとは驚きだ。

若い人など、厳寒の最中でも、革ジャンパーの下は、タンクトップや半袖姿は珍しくない。
それにしても、冬場の日光浴で、上半身裸は分かるが、
肌寒い冷気の中、シャツ一枚はこちらが寒くなる。

それにしても、最近はファッションにも、季節感が薄れて来ている。
地球温暖化で、猛暑の中、ロングブーツを履いている人もいる。
冬は暖かく、夏は涼しげにが自然かなと、還暦過ぎのオジサンは考える。


今年一番の寒さ
2009年12月16日


黄昏も近い頃、仕事への途、空には厚い灰色の雲が垂れこめ、
雲の切れ目から、微かに灰色を帯びた薄水色の空が顔を見せていた。
そして、消え入りそうな力ない残光が、空を鈍い金色に染めていた。

僅かに下り坂の歩道を歩いていると、耳を冷気がつーんと刺す。
風がないのにこの寒さはと思えば、
高い塀から落ちる色を失った蔓草の葉が、ゆらりと揺れていた。
東京の今日、この冬一番の寒さだそうだ。

どんよりとして重たい空気が充満する道を、行き交う車のエンジンの音も鈍く響く。
街路樹の木々の梢には、すでに名残の枯葉もなく、
さながらエッチングで彫りこまれた版画のようなシルエットを刻む。
横断歩道を渡ると、正面にケーキ屋さんがあった。

ウィンドウには、大きなクリスマツツリーが飾られ、照明の灯りが点滅していた。
今月もすでに中日を過ぎた。
来週はクリスマス、そして、師走の忙しなさの中、一気に大晦日がやって
来る。
今年もどうやら、何事もなく、無事に過ごせそうだ。

愉快な仲間たちを更新
2009年12月18日

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地味な楽器、ビオラ(ヴィオラ)
2009年12月14日


先週の金曜日、久しぶりにY子さんが、会社の同僚とやってきた。
さすがにこの時期、忘年会の帰りだった。
そして、しばらくすると、看護師のT子さんが、同僚の医師と来店した。
やがて、隣り合わせた、Y子さんとT子さん達との間で、会話が弾んだ。

すると、何となく音楽の話になった。
Y子さん、「私、ビオラを弾けるの。変でしょ、あの目だらない楽器」
すると、医師のIさん、「私も、学生時代、ビオラをやってました」
Y子さん、「驚いた! 私、初めて。ビオラを弾く人と会ったの」

I医師、「マスター、そうなんですよ、ビオラは。ベートーベンの第九でも、ビオラは登場します。
約1時間の演奏なのに、ビオラが出てくるのは、僅かに16小節なんです。
その間、約1時間、ずっと待っているんですよ。
近づくに従い、かなりのプレッシャーがかかってきます」

すると、看護師のT子さん、「私はクラリネット。高校時代、吹奏楽部でコンサートマスターをしてたわ」
私、「上田市の高校吹奏楽、かなりのレベルですよね」
私の店に、音楽関係の人も来店するけど、ビオラを弾く人は初めてだった。
確かに、演奏人口は少ないのだろう。

かつて、若い女性が一人で来店した。
女性はその時、ドイツに住んでいた。
そこで、私は職業を聞いてみた。
すると、女性は、ドイツの市立交響楽団で、ホルンを吹いていた。

女性も高校時代、吹奏楽部に入った。
その時、ホルンを吹く人がいないからと言って、ホルンに決められてしまった。
ホルンは女性には地味なので、他の楽器をやりたかったそうだ。
それ以来、音楽学校でもホルンを勉強し、今はホルン奏者として、ドイツで演奏しているのだと語った。

ビオラはヴァイオリン族の楽器で、僅かにヴァイオリンより大きいだけ。
だが、ヴァイオリンは華やかで、主役を務めるが、ビオラはかなり日陰の存在だった。
だが、近代以降になって、多くの独奏曲も誕生している。

今日、学習院で、天皇陛下の即位20年と、両陛下の結婚50年を祝って、
学習院OB管弦楽団によるコンサートが開かれた。
その時、学習院OB管弦楽団に所属する、皇太子殿下が演奏した楽器はビオラであった。


傲慢で無礼なご老人
2009年12月11日


定食屋で、夕刊を読みながら、夕食を摂っていた。
すると、大きな男の声。
「薬飲むから水をくれ。水道水でいいから」
店員の男の子が、氷入りのポットの水を、グラスに注いだ。
すると、「水道水でいいって言っただろ!」と怒鳴り声。
見れば、男はかなり歳を召していた。

店員は済みませんと言って、水道水の水を持っていった。
男の子の腹の中は、いかばかりか察しても余りある。
それにしても、失礼な男だ。
たかがそれ位の事で、人前で怒鳴り声をあげるとは。
何とも傲慢にして品位に欠ける。
それにしてもだ、まずは料理を注文してから、水を頼むべきだろう。

さらに、たとえ、冷たい水だとしても、大した事ではないのだから、我慢すればいい。
こちらが、余計な事を頼んでいるのだから。
いい歳をして、なんとも情けないお年寄りだ。
私たち還暦過ぎの人間は、若者の模範になれとまでは言わない。
だが、若者に、少しは、物事を教えてあげたり、
助けてあげる位の優しさを、持っていなければならないだろう。

男たるもの、還暦過ぎれば、品位と粋と洒脱さ、そしてダンディズムは持ちたいものだ。
男のダンディズム、それはその人の生きてきた、人生の道程、道筋。
あの老人の人生を推し量れば、人ごとながら暗澹とした。
それにしても、腹立たしい光景だった。
もう一言、ほざいたなら、私が注意をしただろう。



小さな旅&日記を更新
大宮氷川神社を訪ねて
2009年12月8日


愉快な仲間たちを更新
2009年12月7日


竹林の小徑にて
小さな旅&日記を更新
伊豆修善寺&稲取を訪ねて
2009年12月5日


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2009年12月4日

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セキセイインコのピーチャンの思いで
2009年12月2日


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