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AUGUST 2009.08



愉快な仲間を更新しました。
2009年8月29日


夏は夏らしく
2009年8月28日

久し振りの強い日差し、すでに8月も終わろうとしている。
公園の木々の深い陰翳。
街路樹の銀杏の葉も、射るような日差しに負け、弱々しくお辞儀をしている。
だが、道を吹き渡る風は、爽やかに、どこか秋風を思わせる。

見上げれば、雲ひとつなく、澄み切って高い青空。
空高く、風に舞うように、右に左に、赤トンボが群れ遊ぶ。
暦の上では、とうに立秋を過ぎている。
夏らしい夏もなく、何時、梅雨が明けたのかも、わからなかった今年の夏。

やはり、ペルー沖に始まる、エルニーニョの影響なのだろうか。
今年は、何故かあちらこちらで地震も多い。
東京でも、今月、グラリと揺れた。
私の店は、棚だらけ、酒瓶だらけで、地震だけは、御免こうむりたい。
しかし、これだけは天変地異、人智では及ばない。

今日の夏日が過ぎれば、いっきに秋が、足早にやって来るのだろうか。
夏は夏らしく、冬は冬らしくないと、世の中、丸くおさまらないのが道理。
せめて、今年の秋は秋らしく、あって欲しいもの。
そして、出来ることなら、紅葉狩りを、大いに愉しませていただきたい。


約束のツケの支払い
2009年8月26日

先週の水曜日のこと。
開店早々、申し訳なさそうに、ドアを開けて、御夫婦が来店した。
旦那様の方は、頭に白いものがかなり混じっていた。
それでも、私よりかは、少し若いだろうか。
その後ろに、小柄な奥さんが、物静かに控えていた。

「何か御用でしょうか?」
「はい、こちらに、息子のツケがあるそうなのですが」
「お名前は?」
「F橋K郎と言います」
「その方、顎髭の濃い、(顎に手を当て)こんな感じで」
「そうです。(持っている鞄から出して)この帽子を、被っていたと思うのですが」

「分かりました。(メモ帳を出して)この方ですね」
「(メモ帳を見て)そうです。間違いありません。幾らありましたでしょうか?」
「4200円です」
「申し訳ありませんでした。取りあえずは、清算させて下さい」
そして、私は5000円札を預かり、お釣りの800円をお返しした。

「息子は、何日にお邪魔しましたか、分かりますか?」
「7月の連休前でしたから、18日ですね。
帰る時になって、カードで精算しようとしました。
そしたら、カードが使えず、現金も持っていない。
仕方なしに、電話番号と、住所だけメモして貰いました。
支払は、休み明けの2日目、22日にとういう約束でした。

でも、約束の日には、やって来ませんでした。
これは、私とお客様の信頼関係。
裏切られたのだから仕方ありません。
こちらから、電話もしなければ、家を訪ねることもせず、諦めていました。
それを、わざわざ届けていただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、ご迷惑をかけました。
このままでは、いけないと思い、息子は実家に帰しました」
「茨城県の常陸太田だと言っていました」
「はい、そうです。約束の日の翌日、入院させました」
「息子さん、初めての店なのに、ちゃんと憶えていたんですね。
そして、約束を破らず、支払う心算でいてくれたんだ」

どうやら、息子さんは、心の病のようだ。
何所か所作や言動に、不自然さはあった。
だが、まぶかく被った帽子の奥、黒い瞳は澄んでいた。
時折、口からこぼれる笑い声にも、歳よりは何所か、あどけなさが残っていた。
まだまだ、これからの長い人生、家族で頑張ってほしい。



厄除け御礼、佐野厄除け大師へ
2009年8月21日

戯曲「歴史の手わたし」を書きました。
こちらを↓クリックしてくださいね。
2009年8月18日


最期の厄も終わり、62歳の誕生日
2009年8月15日

13日、店のスタンバイを終え、ダイアナ・クラールのCDを聴いていた。
少ししゃがれて、女性にしては、太く低い哀愁を帯びた声が響く。
すると、Tさんが入ってきた。
「マスター、おめでとうございます。これお祝いです」
「嬉しいな、憶えていてくれたんだ」

お祝いの包みは、成田山の米屋の落花生入りサブレだった。
Tさんは、1年に何度も、成田山新勝寺へ出かける。
今日もお参りの帰り、お土産を買ってきてくれたのだ。
そして、Tさんは何時ものコロナビールと、ウォッカ・トニックを飲んで帰った。

やがて、国立科学博物館「黄金の都シカン展」帰りのMさんカップルが見えた。
そこに、ムラさん夫妻、そして、Hちゃんがやってきた。
Hちゃんは、私に似せたオリジナルのワンちゃんフギュアを、プレゼントしてくれた。
そこに、Yさんがやって来て、トラクハウスエールを注文。
やがて、Yさんが引き揚げ、Mさんカップルも帰った。

そこへ、モリさんたちがやって来た。
何時ものJTSブラウンをロックで。
すると、ママが、棚にあった箱を見て、「この箱、何?」
私は、「さっきTさんが、私の誕生日祝いに持ってきてくれたの。皆に出してあげれば」
箱から出されたサブレは、バターの風味が豊かに香り、さくりと噛むと、口の中でほこりと崩れる。
そして、粒のままの落花生を噛めば、懐かしい味が広がる。

ムラさん、「マスター、誕生日だったのですか。お祝いに何かいっぱいやってください」
そこで私は、アイラモルトのラフロイグ10年を、ストレートでいただく。
すると、モリさん、
「マスター、お祝いに、シャンパンでも開けましょう。マスターには長い間お世話になっていますから」
そこで、パイパー・エドシックを開けて、皆で乾杯をした。
エドシックのぷつぷと切れ目なく立ち上る泡は、柔らかく繊細。
口の中に含めば、爽やかに広がり、飲み込めば、柔らかくシャンパンが匂う。

すると、深夜1時近く、クミさんが2人でやって来た。
「マスター、おめでとう」
さらに、電話が鳴った。
それはGさんからだった。
そして、電話から30分して、Gさんが登場。
おめでとうの言葉とともに、お祝いの生チョコレートをプレゼントしてくれた。
チョコレートは非売品。
サントリ響17年の香りが漂う、ビターな生チョコレートを皆でいただいた。

一昨日はすでに、Sさんから、私の好きなカナダの歌手、
ソフィー・ミルマンの最新のCDを、誕生祝いに戴いた。
深夜、プレゼントのCDをかけながら、美味しいお祝いのお酒とお菓子をいただく最高の時間。
62歳の誕生日の夜は、まったりと、愉しく美味しく過ぎて行きました。
私の人生における、すべての厄は終わり、心も晴れ晴れ。
皆さま、ありがとうございました。
これからも、皆さまと愉しい時間が過ごせるように頑張ります。


8年ぶりの来店!
2009年8月11日

店を開けてまだ程ない時間、私はラジオから流れる音楽を、まったりと聞いていた。
すると、「マスターこんにちは」と言って、茶色に染めた髪の、チャーミングな女性が入って来た。
見れば懐かしい人だった。
「やあ、お久しぶり。元気そうですね」
そして、カウンターに座り、何時ものコロナビールを飲みながら。
「マスター、長い間、ご無沙汰しました。マスターも、お変わりなく。ママも元気ですか?」
「おかげさまで、毎日、元気でお店に出た来ています」

「お店に来るのは、8年ぶりになります」
「早いものですね。あれからもう、8年も経ちますか」
彼女はかつて、結婚をして、大山に住んでいた。
お友達が近くにお店を出し、そこのお客様に紹介されて、私のお店に来るようになった。
やがて、旦那様も、私の店に来るようになり、2人で仲良く来店するようになった。
夫婦ともに仕事好きで共稼ぎ。

やがて、夫婦関係に、微妙な風が吹き始めた。
仕事帰りの早い時間、Iさんから、私は家庭のいろいろなことを聞いていた。
そして、何時の日か、Iさんに告白をされた。
「マスター、私、離婚します」
そして、1ヶ月後に、旦那さんと別れて、実家のある新宿区へ、引っ越していった。
そのあと、旦那さんは1人、マンションに残された。
勿論、そのあと、旦那さんも、私たちに別れを告げて、大山を引っ越していった。

それ以来、時々、それぞれ別々に、私の店を訪れてくれた。
それが不思議なもので、何時も微妙なニアミスだった。
そして、それぞれに、私の店から遠ざかっていった。
Iさんは、ハワイの大学を卒業した才媛。
語学を生かして、外資系の会社で、ばりばりと仕事をしている。
今日は何故か、私の店に来たくなったそうだ。
お盆のシーズン、私の店が開いているのか、私のHPで確認して来たという。

Iさんは、私とは一回り、歳が違う。
何故か、昔から、私のお客様には、12歳下の人が多かった。
その人たちは、かつては皆、独りものだった。
だが、今では、頭は白く、子供達も成人したりしている。
「マスター、私も今年で50になりました」
「そうだよね、私と同じ猪年だものね」
「あと10年は、仕事を頑張ろうと思ってます」
「私もあと10年は頑張りますよ」

Iさんはハワイが大好き。
そして、ハワイには、友達がたくさんいる。
仕事から解放されたら、ハワイに、昔からの女友達2人と家を買って、
老後を愉しむのだと、昔から私に語っていた。
「マスター、今日、お店に来て良かった。また時間を造ってお邪魔します」
今朝の雨はとても激しかったようだ。
黒に金色の文様が散りばめられた、長靴を履いていた。
時間は9時過ぎ。

「ママに会いたいけど、今日はこれで、お邪魔します。ママさんによろしくお伝えください」
昔は何時も、コロナビールを2本くらい飲み、
そのあと、テキーラをストレートで、3杯から4杯くらいは軽く空けていた。
さすがに、最近は、テキーラは余り飲まなくなったらしい。
それでも、コロナビール1本、赤ワイングラスで2杯、
ジントニックを2杯、さくりと飲んで店を後にした。


今年のお盆
2009年8月8日

早いもので、昨日はすでに、暦の上では立秋。
公園でなく蝉の声にも、何所か秋の響きを聞いてしまう。
それにしても、今年の夏は、愚図ついた天気が続いた。
海水浴場の海の家など、連日の空模様に、
心もそぞろに、振り回されたことだろう。

すでに、各地では、帰省ラッシュが始まっている。
高速道は軒並み、大渋滞を起こし始めた。
来週は田舎ではお盆。
最近は盆踊りも復活し始めている。
デジタルが全盛の今日この頃、やはり、
人間の心は、アナログのレトロへ回帰するのか。

人類が誕生して、果てもない長い歳月が刻まれている。
デジタル等は、人類の歴史の中では、ミクロにもならないだろう。
人間の遺伝子に組み込まれたアナログは、急速なデジタル化にストレスを感じる。
やはり、アナログとデジタルは、共存していかなければ、人間の生命も疲弊する。

八月の盂蘭盆会の哀調をおびた念仏踊り。
家々の仏壇には、施餓鬼の書かれた和紙の飾り。
盆提灯には、仄かな灯りがともり、施餓鬼棚には供物が添えられる。
やがて、水辺では、灯篭流しや精霊流しの灯りが揺らめく。
行く夏を惜しみ、先祖の霊に、別れを告げながらお盆も終わる。

今年のお盆が来れば、私も62歳になる。
人は誰しも平等に、齢だけは重ねる。
久し振りに、東京で旧お盆を迎え、
平常にお店も、営業することにした。


世界のマエストロは、きさくな人
2009年8月6日

先日、ジーンズ姿の男性が、ひょっこりと入ってきた。
カウンターに座り、お酒を注文した。
「マスター、お酒は強くて、そして、心持甘くて、優しい感じのお酒を何か」
そこで、私は、カクテルのゴッドファーザーを、作って差し上げた。
すると、「これ、アマレットですね」
「よくご存じですね」
「日本に来る前、シチリアに住んでいましたから」

「と言うと、今はどちらに?」
「沖縄に住んでいます。シチリアと、とても気候が似ていますから」
「シチリアの前は、どちらで?」
「スウェーデンです」
「その前は?」
「ドイツです」

さすがの私も、職業を訊いてみたくなった。
「オペラの指揮をしています」
なるほど、それで納得した。
そして、名刺をくれた。

今は、沖縄と東京を行ったり来たりしているらしい。
お父さんが、私の店の近くの病院に入院しているので、
その面倒を診ているらしい。
もともとが、板橋の大山の出身。
すでに、奥さんは、大山の実家に引っ越して来ている。
近日中、出産の予定だった。

すると、携帯を取り出し、パチンと開けて、写真を見せてくれた。
そこには、うら若い奥さまの笑顔が写っていた。
すると、隣にいたお客様が、「これは犯罪ですよ!」
指揮者のOさんは50歳。
新妻は24歳。
沖縄の芸術大学の教え子だった。

「今年はどちらで、指揮を執るのですか?」
「今年の秋、ソビエトのボリショイ劇場で指揮をします」
すると、ひょんなことから、出身高校の話になった。
「僕は私立J高校です」
「それじゃ、音楽の先生のYさん、ご存じでは?」
「グリークラブの7年上の大先輩です」

やはり、世の中は狭いもの。
「Yさんは時々来てくれます。
私とは野口体操やら演劇の話で盛りあがります」
「Y先輩によろしく言ってください。Oと言えば、すぐ分かると思います」
そして、翌日、インターネットで、Oさんを検索したら、すぐにヒットしました。

ヨーロッパの各地の歌劇場(
ボン市立歌劇場、ゲルゼンキルヒェン市立歌劇場、
マルメ歌劇場
など)で、音楽監督をしていました。
もちろん、日本の交響楽団の指揮や、オペラの指揮もしていました。
とても、気さくで飾らない世界のマエストロでした。


結婚するや、2人の父親
2009年8月3日

先週のこと、お客様が3人で話していた。
先輩格のIさん、「Aさん、君は誰か好きな人いないの?」
すると、Aさん、「まだ誰にも言ってないのですけど、来年、結婚します」
Iさん、「それはおめでとう!」
一番歳の若いTさん、「全然、知らなかったなあ」
Aさん、「別に、隠していたわけではないのだけど」

Iさん、「彼女はどんな人なの?」
Aさん、「僕より8歳上です。そして、子供も2人います」
Aさんが来年結婚する予定の女性には、8歳と5歳の男の子と女の子がいる。
彼女とは、友達の紹介で知り合った。
会ったその時から、この人だと予感がしたそうだ。
それ以来の真剣な付き合いが始まった。

妹の子は、すぐになついてくれ、新しいお父さんが出来て喜んでくれた。
しかし、男の子の方が、なかなか、受け入れてくれなかった。
どうやら、お母さんが、Aさんに奪われてしまう寂しさからだった。
彼女は、そんな状況を察して、結婚することを躊躇っていた。
だが、5年の月日が、男の子の心を変えてくれた。
新しいお父さんを、認めてくれた。

そこで、晴れて、来年、正式に結婚する運びになった。
すでに、家族4人で住む家も用意して、近々、引っ越しすることになった。
ママ、「両親は反対しなかった?」
Aさん、「お前が好きになった人なのだから、
何も言ううことはないと言って、喜んでくれました」
Aさんは31歳、もちろん初婚だ。
最近の世は、少子化と言われて久しい。
そんな時代、こんな若者がいるとは。
暖かい、心からの拍手を送ってあげたい。



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