劇団「テアトルエコー」
ラサール石井・作・演出「お手を拝借」観劇記
2009.11.22(日)

お客様の山下啓介さんから取って頂いたチケットを手に、恵比寿の「エコー劇場」へ出かけた。
幸いに天気もよく、ドライブ気分で向かう。
中山道から明治通りを進むと池袋。
さすがに駅前は、人で溢れ、車の流れも悪い。

護国寺から早稲田を抜け、新宿の伊勢丹前。
やはり、新宿に来ると、子供のころからの馴染みか、他の街とは違う感慨がある。
神宮前、そして原宿。
さすがに、ここは別世界のように、大勢の若者で溢れていた。

私が二十歳代のころ、この辺りには何もなく、何とも殺風景で落ち着いていた。
街には、学生のための下宿や、トイレ炊事場共同のアパートも沢山あった。
それが、この華やかさ、この賑いは、板橋住人歴の長くなった私には、隔世の驚きだ。

渋谷を通過すれば、そこは恵比寿。
駐車場に車を置いて、「エコー劇場」へ。
時間に余裕を持ってきたはずが、到着は15分前だった。
すでに、開場され、開演15分前。

指定の席に座れば、補助椅子も出て、劇場は超満席の大盛況。
舞台には、取り壊し寸前、灰黒色の薄汚れた、かつての劇場が晒されている。
何処からともなく、取り壊し工事のドリルの音などが、微かに通低音のように響いている。
やがて、カメラマンが登場。
床に置かれたマットレスに、ピンクの布を敷くとともに、ドラマが始まった。

カメラマンは、アダルトビデオの撮影を始めたのだ。
鮮やかな赤色のビキニの水着姿のスレンダーな女性が、ポーズを取る。
そこに、工事のヘルメットを被った現場監督が現れ、ここから立ち退くように催促をした。

すると、元劇団員で、今はビルの管理人の阿武隅三平役の熊倉さんが、舞台袖に現れた。
そして、女性3人を、客席へ誘導していた。
どうやら、開演に、間に合わなかったお客様のようだった。
お客様は少し申し訳なさそうに、客席へ。

熊倉さん、さすが、傘寿を越したユーモアいっぱい人間。
劇場を埋め尽くしたお客様へ、感謝の言葉に添え、
冗談一発、滋味あふれる笑顔で、
「携帯電話は、幾らでも鳴らしてください」とやったのだから、場内は爆笑の渦。
さすが、熊倉一雄、何をやっても決まる!
(だが、どうやら、これは台本に書かれた、やらせだったようだ)

ドラマは、現在と過去が交錯する。
かつて、30年前、劇場「シアターラディッシュ」は誕生した。
都会の喧噪の中、雑居ビルの中に、産声をあげた。
そして、劇場オーナーと、劇団創立メンバーが友人だったことから、
劇団「声」のホームグランドになる。

やがて、劇場は閉鎖され、劇団「声」はスタジオ・ボイスと改称された。
その後、今から10年前に、スタジオ・ボイスは解散したのだ。
そして、今、その夢の跡、残骸が晒された劇場「シアターラディッシュ」は、数時間後に、跡形もなくなる。
その時、かつての劇団仲間が、三々五々、かつての、耀いていた時代を、懐かしみながら集まって来た。
それぞれの思い出を辿るように、確認するかのようにドラマは展開する。

ドラマの縦糸は、かつて、演出家を目指した佐久間の挫折と劇団の消滅。
それは同時に、多くの劇団が、当時抱えていた問題だった。
過去に固執する劇団幹部と、若き演出家佐久間(小宮孝泰)の対立。
そんな軋轢の中、劇団幹部の圧力を押し切り、佐久間の作演出は実現した。

それは、思いもよらぬ大成功を記録した。
しかし、次作、3作目は予想を裏切り、公演前日にさえ、ごたごた続き。
劇団員の不注意により、火事騒ぎまで起こしてしまった。
ドラマの中心人物、立野直樹(落合弘治)は、火災事故で死亡した。
やがて、劇団は解散し消滅した。

その佐久間も、今日、当時のメンバー、神酒(後藤敦)の手引きで、偶然にも登場した。
暗い過去を背負い、今は佐久間は、アダルトビデオの監督をしていた。
彼は、過去の自分の人生に、背を向けて生きていた。
だから、この場所に、遭遇したくはなかった。
ドラマは時折、過去の夢の時代に、フラッシュバックしながら、かつての劇団の姿が照射される。

今はすでに、劇団の創立メンバーたちは亡く、管理人の阿武隅三平も、すでにこの世にはいない。
そして、刻一刻、ビルの解体が迫っていた。
様々な人生の荒波を、それぞれに潜り、今ここに集まった仲間たち。
やがて、劇団の制作をしていた保利喜子(小宮和枝)がやってきた。

婚期を逃し、結婚するはずもなかった彼女が、実は玉の輿に乗って、ビルのオーナーになっていた。
そのビルの中に、劇場を造り、かつての仲間たちを中心にして、演劇活動をしようと提案する。
一度は演劇を離れた仲間たち、もう一度、かつての夢を実現することを誓う。
しかし、佐久間は躊躇し断る。
自分には、そんな才能もないし、かつての様に、演出する資格もないと。

そこに、阿武隈と麻鳥波江(太田淑子)のにこやかな霊が登場する。
阿武隈は、諭すように佐久間に話しかける。
「人生は何時も夢の続きなのだ」
まさに、このシーンは、熊倉さんならではの、秀逸で説得力がある。
だが、他の登場人物には、誰にも見えない。
その言葉を聞いて、佐久間はもう一度、昔の仲間と、演劇活動を再開することを決心する。

そこへ、車椅子に乗って、すでに、この世いいないと思わていた、田所寛司(安西正弘)が現れた。
かつて、自殺を図った時に、足をやられ、その時から車椅子人生が始まったのだ。
だが、今でも、地方劇団で、元気に演劇活動をしていた。
実は、安西正弘さんと、ラサール石井さんは、養成所1期生の同期だった。
安西さんは、実際に車椅子生活を余儀なくされている。
だが、ぜひとも、希望を捨てずに、役者として舞台で復活してもらいたい。
そんなかつての同期への、熱い友情が、今回の芝居を書く大きな動機にもなっていたようだ。

やがて、舞台の背景一面に鏡が現れ、客席はぱっと明るくなった。
我々の姿が、反射して、鏡一面に映し出された。
阿武隅が鏡の向こうで語る。
「ここにいるお客様が、すべて我々の守り神なのだと」
そして、阿武隅の一声で、お手を拝借。
舞台と客席が一体となっての三本締め、「お手を拝借」は目出度く終わった。

過去と現在が織りなすジグソーの悲喜劇。
舞台に仕掛けられた様々な仕掛けも愉しく、登場人物のコミカルな動きが、舞台にリズムを刻む。
ドラマの縦糸を、森川びん(山下啓介)のペーソス触れるしなやかな演技が紡いでいく。
テアトル・エコーの男性陣、熊倉さん、沢りつおさん、山下さんは勿論、
落合弘治さん、後藤敦さんのの演技に、光るものを感じる。

約2時間半にもなる芝居は、笑の渦の中で終わった。
私の隣のお客様などは、泣くほどに、抱腹絶倒していた。
惜しむらくは、過去の若き頃の夢の時代が、もう少し整理されると良いだろう。
さらに、立野直樹(落合弘治)が、かつての劇団仲間だった浅倉みどり(きっかわ佳代)との間に出来た娘、
松嶋あんりを、今は霊となって見送り、やがて、松嶋あんりの守霊となって去るシーンに、
一工夫があれば、さらに涙を誘ったであろう。