久留里城を訪ねて
2009年2月8日

立春も過ぎ、三寒四温、快晴に恵まれる。
まだまだ寒さは厳しい。
この時期、小さな旅といっても、北のほうは遠慮したい。
そこで、のんびりと暖かい千葉県へ向かった。
千葉といっても広い。
内房と外房では、景色も大きく違い、波音さえ大きく異なる。

山も標高はたいしたこともないのだが、君津から内陸部へ入れば養老渓谷もある。、
早暁や夜中は、たぶん路面は凍結するほどに厳寒。
温暖な房総のイメージとはほど遠い。
そして、今回の第一の目的地は久留里。
千葉、蘇我、市原と抜け、房総半島の臍の位置に当たるだろうか、久留里城へ到着した。
時間は正午。
快晴で日差しは暖かだ。

駐車場を下りて外へ出る。
外気は冷たいが、陽光が降り注ぎ、日陰に入りさえしなければ暖かだ。
戦国時代後期、里見家六代、里見義堯氏が築城。
城が完成したあと、三日に一度、計二十一回雨が降ったと伝えられ、
小田原の北条氏に対し、上杉謙信と同盟を結ぶ程に力があった。

城は堅牢にして、難攻不落。
標高145mの峰々に護られた自然の要害。
やがて、徳川の治世になり、要衝の地に立つ久留里城。
別名「雨城」とも言われている。
大須賀・土屋・酒井氏などが相次いで入封。
やがて、黒田氏の代になり、廃藩置県を迎えた。

さすがに、難攻不落の城。
城郭への道は、舗装されてるとはいえ、かなりの急こう配。
先を行く人たちも、途中途中に立つ案内板の説明を読みながら休憩している。
私たちも、同じような按配で、坂道をなんとか上り切る。
すると、久留里城資料館があった。
館内には、入口で名前を書けば、無料で入れた。
学芸員の人が、私たちと同年くらいの六人の男女に説明をしていた。

館内には、様々な縄文時代の発掘された土器や、武将の甲冑や武具などが展示されていた。
鎧甲は何体も、堂々とした風情の座り姿。
飾られた刀の波紋が、不気味な妖気さえ漂わせながら、鈍く冷たく光っていた。
意外にも、館内を訪れる入館客が多いのに驚かされた。
館内をぐるりと巡り、外へ出た。
玄関の前に、何の変哲もない水道水。
飲み水と書いてあった。

蛇口をひねり口へ含む。
水は柔らかく、口の中で広がり膨らむ。
ごくりと飲み込むと、とても甘く感じた。
ここの水は、「日本の名水百選」に選ばれた水。
久留里の水は、水道水でも美味しかった。
昨日の酒の渇きを水で湿らせ、元気復活。
再建された天守閣への上り道を進む。

決して欝蒼としてとは言えないが、それとて疎林でもない木漏れ日の坂。
彼方遠くを見渡せば、青空が広がり、畑に抱かれた集落広がる。
やがて、天守閣が遠くに見える。
明治時代に、いったんは取り壊された天守閣、昭和54年君津市により再建されたものだ。
さらに進めば、真っ青な空に、くっきりと天守閣が秀麗な姿を広げていた。
靴を脱いでスリッパに履き替え、階段を登り最上階へ。

新井白石も久留里に二年滞在した
かつて里見氏たちが収めた久留里の郷が遠くに広がる。
微かに流れる風は冷たく、遠く渡り来る風は美味しいい。
真っ青な抜けるほどに青い空。
天守閣の欄干に立ち、春来たる久留里は平和で長閑だ。
我々が上り来た階段を、老若男女が三々五々、日を愉しむように上って来る。

上総掘りの発祥の地
天守閣を降り、来た道を下り、資料館前に。
近くの展望台で一休みの後、駐車場へ。
帰り道は、舗装されえていない、昔ながらの曲輪もある旧道を歩く。
木々の根は張り出し、ごつごつでこぼこ、懐旧に浸りながら歩む。
木々が蔽いかぶる道は、日陰になり寒い。
時折の日だまりが、一瞬の安息を与えてくれる。

旧道の土の道の階段を下りて、もと来た舗装道へ来れば、そこはもう駐車場だった。
駐車場には、土地のお婆ちゃん達が、特産品を売っていた。
私たちも、お婆ちゃん手造りのイチゴジャム、トウガラシ、茄子の漬物、
そして久留里特産の黒楊枝を買った。
久留里城址を後にして、車に戻り、名水の里、久留里の市街地に向かった。

国道410号を戻りながら、市街地に出た。
戦国時代からの城下町、古人の歴史が薫る。
やがて、吉崎酒造があった。
車を止めて中へ。
昔ながらの造りの酒蔵があり、手造りが伝わる風情を醸していた。

蔵元直営の店舗に入り、店主からお勧めの日本酒を購入した。
しぼりてて純米吟醸無ろ過「夢かえる」であった。
この時期だけ飲める期間限定。
四合瓶の口を切り、グラスにそろりと滑らすように注ぐ。
グラスから漂う香りは、ふくよかに広がる。
ゆらゆらグラスを揺らすと、ほんのりと黄金色に色づいた新酒の渦。

寛永元年(1624年)、久留里で創業、県下で一番の老舗
さらに、立ちのぼる洋梨や杏にも似た芳香。
口に含むと、その時、磨き抜かれたお米の粒が、囁くように呟く。
少し噛むように舐めるように遊ぶうちに、口の中に甘く芳醇な香りが充満する。
ごくりと飲み込むめば、舌には吟醸の蜜が残り、残り香りが優しく鼻孔から漂い抜ける。
時分のあらばしり、新酒の若さと華やぎがあった。
これから、さらに小さな旅は続き、本州の最東端、銚子に向かった。