三遊亭歌橘師匠の真打披露宴

15日は敬老の日にして大安。
13年ほどの付き合いになる、三遊亭あし歌さんが、
今日は晴れての真打披露パーティー。
昨日は美味しいお酒を飲み、ぐっすりと眠る。
パーティーの会場は、水天宮隣「ロイヤルパーク・ホテル」
開演は6時半。

ゆっくりと家を出る。
ママの運転で会場へ。
高速に乗らなくても、下道も空いていた。
中仙道を上ればお江戸日本橋。
コレド日本橋デパート前を抜けて、さらに進めば水天宮。

かつて、私達も戌の日にお札を戴きに来た。
ホテルの駐車場へ車を停め、水天宮へ出かけた。
5時を過ぎ、正門の扉は閉まっていた。
裏手にまわれば、午後7時まで開いてる、小さな門があった。
この門の前には、
かつて、私が支配人をしていた料理屋の顧問弁護士の事務所があった。
だが、今は看板も見えない。

お宮さまの階段を上り境内へ。
さすがに、境内に人影はなかった。
手水舎で手を清め、口をすすぐ。
権現造りの拝殿で、お賽銭をあげて、
鈴をがらーんがらーんとならす。
すでに、境内の灯明には明かりが灯り、
社務所が煌々ととても明るかった。
裏道を抜ければ、すぐそこはホテル。
ホテルの裏門から入ると、エスカレーターがあった。

3階の会場へ行けば、ずらりと受付の人たちが横一列に並んでいた。
ご祝儀を置いて記帳する。
何時ものことだが、この記帳が私は苦手だ。
自分の字の汚さに呆れてしまう。
隣の人が、筆ペンでさらさらとやられたひには、
なおさら緊張、さらなる悪字になること必定。
その時ばかりは、もっと真面目にお習字をすれば良かったと後悔する。

ママとはここで別れ、私は会場の前の待合席へ。
だが、今回に限っては、誰も知ってる人がいない。
待合席に座っていても落ち着かない。
こういう時は、玄関辺りで、来場者の様子でも見ているに限る。
やがて、披露宴へ入場時間がやってきた。

金屏風の前には、三遊亭あし歌改め、三代目歌橘さんと、
その右隣に、三遊亭圓歌師匠が並んでいた。
お祝いに駆けつけた沢山の来賓の方に、晴れやかな笑顔でお出迎え。
これから、一世一代の晴れ舞台が、華やかに繰り広げられる。
披露宴に駆けつけた大勢の列席者と、
にこやかに、数え切れないほどの挨拶をしている。
私も歌橘さんと圓歌師匠に挨拶をして、披露宴会場に入る。

広い会場はすでに大勢の列席者で華やいでいた。
正面には、長くて大きな垂れ幕の下、
豪華な金屏風を飾った舞台がしつらえてあった。
その左となりの特設舞台では、
佐藤雅彦トリオがジャズの演奏をしていた。
やがて、広い会場の円卓テーブルは、すべてふさがった。
開演時間とともに、
歌橘師匠の兄弟子の司会で、真打披露宴の幕は上がった。

会場の照明が落ち、入場門にスポットライトが当たる。
扉が開き、圓歌師匠に先導されて、歌橘さんが登場した。
列席者の祝福の暖かい拍手が、会場いっぱいに鳴り響く。
そして、舞台中央のひな壇に、晴れやかに、厳かに登る。
やがて、拍手も収まり、圓歌師匠の挨拶が始まった。

今日までの歌橘さんの真打に至る系譜やら、
長い修行の道のりなどを、ユーモアを交え、含蓄のある言葉が続く。
圓歌師匠の歌橘さんにたいする思いは、格別なものがあるのだろうか。
愛弟子に対するあつい思いが伝わる。
さらに、何人かの祝辞の後、真打披露宴お決まりの鏡割りが始まった。
舞台右手の金屏風の前に、圓歌師匠、歌橘さんを真ん中にして、
よいしょー!の掛け声で、鏡割りの槌は振り落とされた。

そして、ここで中締めの3本締め。
途中で退席する列席者のためへの心配り。
景気よく、しゃしゃしゃん、しゃしゃしゃん、
しゃしゃしゃんと手締めが終わった。
鏡割の日本酒が持ちまわられ、全員起立。
映像作家の音頭で乾杯をした。
テーブルには、
フランス料理のオードブルがサービスされ、宴席は賑わい始めた。

私の隣には、武蔵川部屋の力士、越の龍関が座り、
ちょんまげの鬢付け脂が心地よく匂う。
武蔵川部屋とは何かと縁がある。
私の店には、武蔵丸が横綱になった時、
関係者に贈られた焼酎「横綱の涙」が、まだ少し残っている。

テーブルには、次々とフランス料理が運ばれ、ワインもサービスされる。
中央の舞台では、様々に余興が繰り広げられる。
やがて、懐かしい、太田黒元九郎社中による、
津軽三味線の連弾が始まった。
切なく、哀しくも、激しく鳴り響く情念の叫び。
会場全体は津軽三味線の音に包まれる。
元九郎さんに会うのも、柳家獅堂さんの真打披露宴以来だ。

やがて、会場の照明が落ち、舞台にスポットライトが当たる。
そして、司会者の紹介に誘われて、尾藤イサオさんが登場した。
懐かしのロカビリアンが、昔のままに出現した。
尾藤イサオさんと圓歌師匠とは、40年近くの付き合いらしい。
軽く自己紹介のあと、尾藤イサオ・ワールドが、華々しく繰り広げられた。

舞台に鮮やかに、くっきりと浮かび立つ。
軽やかなステップと切れ味のある身振り。
少ししゃがれた声には艶があり、
溢れるほどに伸びる声が会場に迸る。
やはり、往年のスター、華がある。
次々に繰り広げられるヒットメロディー。
舞台から降りて、照明の落ちた披露宴会場を、
スポットライトの明かりを頼りに歌い続ける。

激しいリズムに乗って踊りだす女性達。
披露宴会場は一気にヒートアップした。
ライトに照らされた尾藤イサオさんの額には、玉の汗が滲んでいる。
心からの、歌橘師匠の披露宴への熱唱の賛歌だ。
いったい何曲歌ってくれたのだろうか。
たった一人の歌手による、見事な祝宴の演出。
舞台に戻って、歌い終わった尾藤イサオさんに、
圓歌師匠が感謝の金一封を贈った。
そして、尾藤イサオさんも嬉しそうに受け取った。
大役を果たした満足感が身体に漲っていた。

いよいよ、真打披露も終宴を迎えた。
が、ここで粋なはからい。
今年、結婚した歌橘さん、まだ結婚式は済ましていない。
そこで、この場を借りて、結婚祝のケーキ入刀の演出。
運び込まれた大きなデコレーションケーキに、
歌橘師匠とおかみさんが手を取り合って目出度く入刀。
いっせいに焚かれたカメラのフラッシュ。
そして、おめでとー!の声とともに、大きな拍手が沸き起こった。

こんどこそ、真打披露宴も終演。
圓歌師匠と歌橘師匠のお礼の挨拶。
そして、今日の主役、歌橘師匠の挨拶が始まった。
忙しい中、ご列席してくれた人たちへの感謝の気持ちと、
芸の道へ飽くなき精進を、列席者の前で誓った。

しかし、歌橘師匠が泣いている。
苦しかった日々、
歌橘師匠を何時も暖かく見守り、励まし、支えてくれた恩人が、
44歳の若さで、昨日亡くなったのだと、涙ながらに語った。
その通夜の日に、
披露宴の会場に、故人のお母さんが駆けつけてくれている。

きっと、これからの、長い落語人生、色々なこともあるだろう。
どんな辛い時でも、
人間の道だけは、大切にしなければならないという託宣なのだろう。
人の道と芸の道には、合い通ずるものがある。
品格の低い人間には、品格のない芸しか出来ない。
情愛のない人間には、人を感動させる芸は不可能だろう。
きっと、歌橘師匠は、
人の心に残る素晴らしい芸を、創造してくれるだろう。