小さな旅&日記「湯西川・平家の里、そして鬼怒川」
2008年8月24日


お盆も過ぎた日曜日、湯西川と鬼怒川へ出かけた。
生憎の空模様。
小雨が降り続く。
東北道の宇都宮インターで降り、
有料道路・日光宇都宮道を今市まで進む。

そして、121号を進み、鬼怒川から川治へ。
途中、「道の駅」へ寄るが、まだ店開きしていなかった。
お店の前に切られた、足湯で一休みした。

東京からの旅。
微かに硫黄の臭いが漂う、透き通った温泉に足を入れる。
浅い足湯の底は、少し、ぬるリつるりと滑る。
足裏から、じわりじわりと湯あたり優しく、旅の疲れを癒してくれる。
やがて、お店の人たちや屋台の人たちが、お店のスタンバイを始めた。

雨は一向に降り止む気配もない。
30分くらい休んだろうか。
気分一新、車に戻り、
今日の第一の目的地、湯西川へ向かう。
雨足はさらに強まってきた。

なだらかな、清流沿いの上り道。
深い山の木々の緑が、雨に濡れ、旅情を膨らましてくれる。
清流の水かさは増し、岩場をぬうように、流れ下る。
人里はなれた深い谷の奥に、
平家の落ち武者の里、湯西川温泉はある。

平家でなければ、人であらず。
権力のすべてを握り、
権勢をほしいままに、栄耀栄華を誇った平家の没落。
奢れるものの哀しき末路。

治承・寿永の乱(源平合戦)の戦いに敗れ、
源氏の追討から逃れる平氏。
山は厚く険しく、深い渓谷に身を潜め、
平家の再興を願い、隠遁生活を余儀なくされた。

この地は標高800メートル。
鬱蒼と繁る木々で、昼さえ暗い、秘境の地。
一族郎党、女子供を従える逃避行は、
想像を絶する凄惨なものだっただろう。

さらにさらに、鬱蒼と生い茂る山道を進むと、
忽然と湯西川温泉郷に出た。
鄙びた温泉郷の風情の湯西川。
旅館やホテルの立ち並ぶ、狭い街道をさらに進むと、
古風な民家が点在する。
きっと、先祖は名のある平家の武将の末裔なのだろう。

どの家も歴史の重さが漂う。
やがて、上屋敷「平らの高房」の前に。
日帰り温泉と庭園旅館。
堅牢で、風格のある木造の門。
門の奥には豪壮な造りの玄関が見える。

2万坪の庭と源泉掛け流しの大露天風呂。
日帰り露天風呂で、一汗流したいところだが、
まだまだ、これから先がある。
来た道を下り、途中、右に街道を折れて進むと、
「平家の里」があった。

雨はかなり弱く小糠雨のようにそぼ降る。
駐車場に車を停め、階段を上がると、
木の門「冠木門<かぶきもん>」があった。
潜り進むと、旧家の建物を移築した建物。
入場券を2枚、〆て1000円を払い中へ。
古い茅葺屋根の古民家が立ちち並ぶ。

かつての日本の農村風景が、目の前に広がる。
平家の落人伝説をもとに、落人の山村生活を再構築したもだ。
昔の日本の生活。
子供の頃育った世田谷の農家の生活風景も、ほとんどかわらない。
日本の農家の50年位前の生活は、落人の里と殆ど同じだ。

世界的にみても、これほどまでに、
生活様式が変貌した国も珍しいだろう。
古きものが、がらくたのように破壊され消滅させられた。
連綿と続いた伝統的構造物が、
無価値な存在として投げ捨てられた。

かつて、日本の至るところに存在した、日本の風景。
移築されたものとはいえ、
その原風景に触れると、日本人の心が蘇る。
私達は原風景を、現実に体験した世代だ。
体験したことのない世代にとって、
この風景は何を伝えるのだろうか。

体験した世代と、体験したことのない世代を繋ぐものが、
歴史教育なのだろう。
建物の中には、
現実に使われていた、様々な生活道具が展示してあった。
剥き出しの太い柱。
天井の梁はもちろん、天井は煤で黒光りしている。

土間の部屋に座る、職員のお婆ちゃん。
この建物は、350年以上経ちますと、
にこやかに、誇らしげに説明してくれた。
相変わらず、雨はしとしと降り続いている。
肌寒いほどの湯西川の平家の里。

峻烈極めた源氏の追討。
荒れ狂う歴史の激流に翻弄されながら、
人も通わぬ辺境の地。
隠れ住む落人の悲しさを今に伝える。
雨に濡れそぼる園内を進むと、
朱色の鳥居があり、その奥に、赤城神社があった。

平家を祀るこじんまりした朱色の神社の鈴を鳴らし、
神妙に手を合わせる。
緑深い杉木立ちの繁る道を抜けけ、
古民家を改造した土産物屋に立ち寄る。
子供づれの家族や若い男女の二人連れが、店内で土産物を探している。

何を買うあてがあるわけではないが、
物見遊山気分の土産物探しも楽しいもの。
店を出て、雨に濡れ、情趣溢れる木立ちの道を戻り、出口に着いた。
早いもので、時間は12時頃だった。
そして、車に戻り、鬼怒川に向かった。

来た道を戻るのだが、行きと帰りでは景色が違うのが楽しい。
増水して流れの速い湯西川を眼下に見下ろしながら、
細い山道を、蛇行しながら進む。
行き交う車も余りなく、
微かに開けた車窓から、雨に濡れた樹木の香りが流れ込む。

湯西川の清流は心地よく、耳に響く。
時おり、蝉の鳴く声。
だが、どうしたことか、山鳥が啼く声が聞こえないのが寂しい。
道路は狭い道から、広い整備された道に出た。
そして、先ほどの足湯の川治じから鬼怒川へ到着した。

すでに時間は1時過ぎ。
どこかで、軽く食事をしようとお店を探すが、
なかなか思うようなところがない。
時間もないので、鬼怒川温泉郷の入り口近くのお店に入った。
駐車場にも、車が停車していたし、そこそこいけそうな雰囲気。

車を停めて中へ。
玄関を開けた瞬間、しまったという予感。
案の定、悪い予感は当たってしまった。
年老いたお婆ちゃんが、
笑顔もいらっしゃいませもなく、出迎えてくれた。

もともと、私は少食。
ホテルへ着けば、6時には夕食が待っている。
注文したい料理もなく、餃子を摘まみに生ビールを注文。
ママはざる蕎麦を注文した。

しばらくして、生ビールが運ばれてきた。
ジョッキに泡が溢れるどころか、
泡がジョッキから、1センチほど沈んでいた。
やがて、餃子とざる蕎麦が運ばれてきた。

どうせ高いだけで、味は駄目だろうと思いきや、
不味くはなくて、変に嬉しくなる。
期待が薄いほど、そこそこの味でも、ありがたくなるから不思議だ。
最近の観光地は、
何処へ行っても、料理の水準は高く、値段もリーズナブルだ。

久しぶりに、観光地で、
昔ながらの商売に出くわし、懐かしい体験をした。
私は商売柄、滅多に店を外さないのだが、
今回でその自信は撤回することにした。
ここから、目的のホテルまでは数分。

温泉郷の狭く入り組んだ道を進むと、ホテルの玄関に到着した。
ホテルの人に車を預け、チェックインする。
受付を済ませ、ロビーで、30分ほど時間待ち。
ロビーの前面に、鬼怒川の優美な渓谷が広がる。

雨はいまだやむ気配もなく、
鬼怒川にかかる歩行者専用の橋を、渡る人の傘が行き交う。
霧雨に煙る鬼怒川の慕情。
日本的な旅情を愉しませてくれる。

3時になり、部屋に案内された。
13階の部屋からの見晴らしは、
さらに素晴らしいパノラマが広がる。
部屋でに物を置いて、予約しておいた貸切露天風呂へ出かけた。

浴衣に着替えて、玄関で下駄に履き替え、
小糠雨の中、傘を指して、とぼとぼと300メートルくらい歩く。
小高い雑木林の中に庵があった。
バスタオルを借りて、渡り廊下を案内されて行くと、
そこに貸切風呂があった。

鍵をあけ、中から鍵を閉め、
畳敷き4畳半の部屋で衣服を脱ぎ、檜の露天風呂へ。
少し熱めの風呂から、檜の匂いが立ち上る。
前庭の木々は、雨にうたれ命が脈動している。

今日一日、無事に鬼怒川に辿り着いた。
風呂を出れば、夕食が待っている。
個室の中での、網焼き鉄板コース。
酒を飲みながら、二人だけの宴を愉しむ。